[寄稿] 『比較経営研究』第42号、2018年5月 | 書評 『21世紀ICT企業の経営戦略――変貌する世界の大企業体制』夏目啓二編著、文眞堂、2017年、273ページ

日本比較経営学会編『比較経営研究』第42号に「書評 『21世紀ICT企業の経営戦略――変貌する世界の大企業体制』夏目啓二編著、文眞堂、2017年、273ページ」を寄稿しました。

その一部を転載します。

 現代の大企業体制の中核をなす経済主体が多国籍企業であることはいうまでもない。おおむね1960年代にアメリカの巨大企業を中心に始まった多国籍化は、1970年代に入ると欧州の巨大企業にも広がった。1980年代には、日米経済摩擦をきっかけとして日本企業も海外進出を拡大させた。1990年代以降は韓国・台湾をはじめとした東アジアの新興国企業のいくつかが積極的に海外進出を開始し、2000年代以降は中国企業が急速に存在感を増している。
 本書はこうした国境を越えた巨大企業の活動を、ICT(情報通信技術)産業に注目しながら検討したものである。上の整理のように、現代のグローバルな企業活動は日米欧を中心とした先進国の巨大企業だけで語ることはできず、韓国、台湾、中国あるいはインドといった新興国企業にも視野を広げる必要がある。本書はこうした状況を踏まえて、先進国(主としてアメリカと日本)、新興国(中国、インド、韓国)、先進国企業と新興国企業の交錯という3つの視点から世界の大企業体制を分析しようとするものである。
 本書の構成と執筆者は以下のとおりである。序章 21世紀ICT企業の経営戦略(夏目啓二)
第1部 先進国大企業の経営戦略
 第1章 21世紀の世界とアメリカ多国籍企業(夏目啓二)
 第2章 「電子立国・日本」の衰退と日本企業システムの変容(宮崎信二)
第3章 日本半導体製造装置産業の持続的競争優位性に関する考察(上田智久)
 第4章 日本企業の「グローバル採用」と人事制度改革(羽渕貴司)
第2部 新興国大企業の台頭と経営戦略
第5章 中国の多国籍企業化の現状と発展途上国多国籍企業論への意味(中川涼司)
第6章 インド地方都市におけるICTサービス産業立地と成長機会(鍬塚賢太郎)
第7章 モバイル時代におけるレノボ社のクロスボーダーM&A(陸云江)
第3部 新興国と先進国とのグローバル企業間競争
 第8章 韓国モバイル産業における部品の調達戦略(宋娘沃)
 第9章 ICT時代におけるサムスン電子のスマートフォン戦略(李美善)
 第10章 鴻海とシャープの経営の相違および買収後の展望(中原裕美子)
結章 タックスヘイブンと変貌する世界の大企業体制(林尚毅)

 以上のように、本書は、現代のICT産業を多角的に整理しているという点できわめて重要な成果である。以下では、こうした本書の成果に立ったうえで、今後さらに検討が必要であると思われる課題を整理したい。
 第一に、国境を越えた企業活動の結びつきを支えている「企業間工程間分業」(関下稔)の編成と統治にかかわる論点である。1990年代に入るまで、多国籍企業がうみだす国際分業は、もっぱら「企業内国際分業」すなわちグリーンフィールド投資やM&Aによって生み出された資本関係に規定されていた。周知のように、これによって生み出された国際分業は伝統的な「農工間分業」に代わって「新国際分業 NIDL」と呼ばれたが、1990年代以降はかならずしも直接投資をともなわない国境を越えた企業間の結びつきが目立つようになった。
 本書では、スマートフォン市場における大企業の部品調達戦略にかかわって触れられている論点であるが(第8章)、アップルは(資本関係のない)サプライヤーに対してコストや納期について細かい制約を課している。そればかりか、サプライヤーの設備投資を一部肩代わりするなど、資金面での支援も行っている。つまり、2000年代に入って「グローバル価値連鎖(GVC: Global Value Chains)」と呼ばれるようになった国境を越えた企業間分業を、先進国の「旗艦企業 flagships」が中心となって編成している側面があるのである(Pavitt [2003]; Rugman and D’Cruz [2000])。旗艦企業はこうした企業間分業をいかにして編成し「統治」しているのか。この論点は、現代の「国際事業活動」(イエットギリエス)の特殊性を検討するうえで避けて通れない課題だろう。
 第二は、先述の論点ともかかわるが、東アジアの新興国企業が成長するうえで、先進国(ICT産業においては、とくにアメリカの)巨大企業の役割がどの程度のものであったかを検討することである。1990年代に台湾のマザーボード・メーカーが成長するにあたって、インテルがバス・アーキテクチャを標準化したことは決定的だった(立本[2007])。いま、アップルがサプライヤーにたいして資金提供もふくめたさまざまな支援をおこなっていることはこのことの再演であるのかどうか。この点の具体的な検討が必要である。
 同時に、「創造性資産」(第6章)あるいは「戦略的資産」(第7章)の追求の結果としてアップグレードし、多国籍化した新興国の巨大企業が、先進国の旗艦企業の編成するGVCをどの程度再編することができるのか。この点も重要な課題であると思われる。
 第三に、グローバル競争の進展が先進国の大企業体制にどのような影響を与えているかという論点である。日本の電機メーカーは「技術至上主義」とリストラによって競争力を喪失し(第2章)、一部のメーカーは新興国企業に買収されるに至ったが(第10章)、生き残った大企業はグローバル市場に適応するために従来の企業統治のあり方の変更を余儀なくされている。第4章の羽渕貴司論文が的確に指摘するように、「グローバル採用」の導入は従来の「職能資格制度」に影響を与えざるをえない。これは「メンバーシップ型雇用」を基礎とした日本型企業社会の「フレキシビリティ」と衝突する可能性がある。
 1990年代のアメリカの大企業体制は、「ニューエコノミー・ビジネスモデル」(高付加価値事業へのシフト、ネットワーク的な企業間の協業、株主価値を重視した経営様式、終身雇用(lifelong employment)慣行の終焉と雇用の流動化の4点によって特徴づけられる)によって復活したといわれるが(Lazonick [2009] )、日本の企業社会はかならずしもその移行に成功しているわけではないにように思われる。かつて「フジツー主義 fujitsuism」(Kenny and Florida [1988])と称賛された日本企業の「競争力」は1990年代以降動揺してきたが、日本の企業社会はいまだに解決策を見いだせていないのではないか。
 以上のように、本書は現代のグローバルな企業・産業の現実をみるにあたって豊かな論点を提起する貴重な研究成果である。これらの論点の検討もふくめ、本書の続編を強く期待したい。参考文献
立本博文[2007]「PCのバス・アーキテクチャの変遷と競争優位――なぜIntelは、プラットフォーム・リーダーシップを獲得できたか」MMRC Discussion Paper、No. 171、7月。
Kenny, M. and R. Florida [1988], “Beyond Mass Production: Production and the Labor Process in Japan,” Politics & Society, 16 (1), March. (小笠原欣幸訳「大量生産を超えて――日本における生産と労働過程」加藤哲郎/ロブ・スティーブン編『国際論争――日本型経営はポスト・フォーデイズムか?』窓社、1993年、所収。)
Lazonick, W. [2009] Sustainable Prosperity in the New Economy?: Business Organization and High-Tech Employment in the United States, Kalamazoo, Michigan: W.E. Upjohn Institute for Employment Research.
Pavitt, K., [2003], “What Are Advances in Knowledge Doing to the Large Industrial Firm in the ‘New Economy’?,” in J. F. Christensen and P. Maskell (eds.), The Industrial Dynamics of the New Digital Economy, Cheltenham: Edward Elgar.
Rugman, A. M. and J. R. D’Cruz, [2000], Multinationals as Flagship Firms: Regional Business Networks, New York: Oxford University Press.



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