見出し画像

近刊『磁性の量子論(第3版)』訳者序文公開

2021年8月中旬発行予定の新刊書籍、『磁性の量子論(第3版)』のご紹介です。
同書の「訳者序」を、発行に先駆けて公開します。

画像1

***

訳者序

磁性研究あるいは磁性材料の開発に携わる場合、基礎物理学の上にどれだけの知識を積み重ねる必要があるだろうか。この問いに答える書の1つが、このホワイトの「磁性の量子論(第3版)」である。磁性研究は20世紀にほぼ基本的な枠組みが完成し、現在はそれらを活用して、さらに進んだ基礎研究ばかりでなく、応用研究が活発な展開を見せている。本書は、「磁性体が磁場によって励起されたときにどのように応答するか」という「線形応答」の観点から統一的に磁性体を説明する。最初に、磁性体の研究に必要不可欠な量子論、および基礎概念を省略することなく簡潔に解説し、次にそれらを使って、考えうるすべての磁場(時間・空間に依存する静的・動的な磁場)に対する応答を系統的に取り扱っている。さらに、磁性研究に不可欠な実験手法である中性子回折や核磁気共鳴(NMR)に関しても、基本的なことから論文を理解する水準まで、省略することなく簡潔に述べられている。また、最近の磁性の発展として、スピントロニクスや巨大磁気抵抗効果なども簡潔に解説している。

訳者がこの書に出会ったのは、大学院の修士課程に入ったばかりのころ、先輩に教えてもらったことがきっかけである。そのときは第2版改訂版であった。博士課程に入ってから、研究室の学生との自主ゼミのテキストとして使用した。また、20世紀後半に磁性研究のメッカといわれた東北大学の糟谷研究室に、試料作りを教えていただくため1ヶ月ほど滞在したときに、少しの間であるが仲間に入れていただいた東北大学大学院のセミナーのテキストとして使われていた。その後、高知大学で大学院の「磁性物理学」の講義において、この書を参考書あるいは教科書として10年以上使用しながら、少しずつ翻訳を進めてきた。

ファンリューウェンの定理が示すように、磁性は、古典力学から生じることはなく、量子力学で初めて生じるものである。したがって、量子力学がその基礎にあるため、磁性の本格的な教科書は、一般にやさしくはない。普通の磁性の教科書は、磁性現象を軸として、量子力学の説明を与えている。このような本で勉強していると、磁性を初めて学ぶ者にとっては、どの程度の基礎知識が必要であるかわからなくなる。一方、ホワイトのこの書の優れているところは、磁場に対する磁性体の応答という観点から磁性現象を一貫した視点で説明しているところである。とくに私が感心したのは、磁性に必要な基礎概念と出発となるハミルトニアンを、第1章と第2章できわめてエレガントに、ほぼ完全に説明している点である。とくに、磁性の起源であるスピンの発生について、ディラック方程式まで言及している磁性体についての書は、少なくとも日本にはない。第3章から第8章までは、さまざまな磁場に対する磁化の応答、すなわち磁化率を記述することで、磁性の量子力学的な基礎を見事に与えている。第9章は、21世紀になってから進展している薄膜系に関するトピックの基礎を解説したものであり、著者の序文にあるように、第3版で初めて取り入れられたものであるが、これは第8章までの内容で理解できる。また、磁性がここまで理解されてきたのは中性子回折実験による寄与が多大であるが、その基礎を理解するのは容易ではない。ホワイトは、第10章できわめて簡潔に中性子回折についても説明している。

原著は、このように優れた特徴をもつ名著であるが、著者の序文に書かれているように、第3版でそれまでのタイプセットによるアナログ原稿からLATEXのデジタル原稿への組み直しを行っており、その際のタイプミスと思われる誤植がかなり多数に及び、内容の理解に困難を及ぼすものも少なくなかった。これでは、原著者の意図した優れた内容が伝わらない可能性があり、訳者は第2版を参照しながら、本文はもちろんのこと、すべての式や図についても検証を行い、間違いを可能なかぎり修正することを試みた。これにより、原著者の意図する内容が伝わる翻訳書が出来上がったと思われる。

原著:Robert M.White   訳:西岡孝

磁性研究の名著「Quantum Theory of Magnetism: Magnetic Properties of Materials 3rd ed.」待望の翻訳。

基礎物理学を学んだ人であれば、本書を通して最先端の磁性研究まで理解することができるだろう。

これから磁性研究に取り組もうとしている学生・大学院生、研究者におすすめの一冊である。

【目次】
第1章 磁化率
 1.1 磁気モーメント
 1.2 磁化
 1.3 一般化磁化率
 1.4 第2量子化
 章末問題

第2章 磁気ハミルトニアン
 2.1 ディラック方程式
 2.2 磁場の起源
 2.3 スピンハミルトニアン
 章末問題

第3章 相互作用しない系の静的磁化率
 3.1 局在モーメント
 3.2 金属
 3.3 磁化率測定
 3.4 金属中の局在モーメント
 章末問題

第4章 相互作用する系の静的磁化率:局在モーメント
 4.1 高温
 4.2 低温
 4.3 Tc近傍の温度
 4.4 2次相転移のランダウ理論
 4.5 臨界現象
 4.6 ストーナー–ウォルファスモデル
 4.7 動的保磁力
 4.8 磁気粘性
 章末問題

第5章 相互作用する系の静的磁化率:金属
 5.1 フェルミ液体論
 5.2 重い電子系
 5.3 遍歴磁性
 章末問題

第6章 弱く相互作用する系の動的磁化率:局在モーメント
 6.1 運動方程式
 6.2 ブロッホ方程式
 6.3 共鳴線の形
 6.4 スピンエコー
 章末問題

第7章 弱く相互作用する系の動的磁化率:金属
 7.1 パラマグノン
 7.2 フェルミ液体論
 7.3 伝導電子スピン共鳴
 7.4 スピン波
 7.5 金属中の局在モーメント
 7.6 ファラデー効果
 章末問題

第8章 強く相互作用する系の動的磁化率
 8.1 対称性の破れ
 8.2 絶縁体
 8.3 高温
 8.4 マイクロマグネティックス
 8.5 金属
 章末問題

第9章 薄膜系
 9.1 界面
 9.2 3層膜
 章末問題

第10章 中性子回折
 10.1 中性子散乱断面積
 10.2 核散乱
 10.3 磁気散乱
 10.4 例:マンガン酸化物
 10.5 例:量子相転移

参考文献
索引

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?