待望の本格専門書!――近刊『モデル理論』はじめに公開
2023年2月中旬発行予定の新刊書籍、『モデル理論』のご紹介です。
同書の「はじめに」を、発行に先駆けて公開します。
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はじめに
モデル理論は、レーベンハイムの1915年の論文“Über Möglichkeiten im Rela-tivkalkül”により誕生したとされる。この論文において彼は、1階述語論理の文の集合がモデルをもてば、可算モデルをもつことを証明した。「下方レーベンハイム-スコーレムの定理」とよばれる定理である。
1階述語論理の文(自由変数をもたない論理式)の集合を理論とよび、理論に属す文がすべて成り立っている数学的構造をその理論のモデルとよぶ。1930年にゲーデルが「完全性定理」を証明した。それは、1階述語論理の文の集合が無矛盾ならばモデルをもつという定理である。そのような理論とモデルの関係を研究する数学的分野として、モデル理論が、1930年代以降次第に形成されていく。
一方、A. Robinsonは、「モデル完全性」という概念を用いて、「ヒルベルト第17問題」の別証明を与えた。これはE. Artinが1920年代に解いた問題であるが、Robinsonはモデル理論を用いて別証明を与えたことを、1950年の「国際数学者会議」で発表した。彼はその後「超準解析学」を創始し、「無限小、無限大」という概念の扱いを厳密化した。1950年代には、有限体のモデル理論(Ax)や付値体のモデル理論(Ax-Kochen,Ershov)において目覚ましい結果が得られている。
無限モデルしかもたない可算理論$${T}$$を考える。また$${κ}$$を非可算基数とする。同型を除いて$${T}$$が濃度$${κ}$$のモデルを1個しかもたないならば、すべての非可算濃度$${\lambda}$$に対して、$${T}$$は濃度$${\lambda}$$のモデルを1個しかもたないということが、1960年代はじめに証明された。「Morleyの非可算範疇性定理」とよばれるこの定理が、現代モデル理論の出発点である。
有理数体Q上の超越次元によって、非可算濃度の代数的閉体(標数0)の構造は一意的に定まってしまうというSteinitzの定理がある。この定理を雛形としながら、「独立性」、「基底」、「次元」という概念を抽象的に定義しつつ、モデルの構造定理が構築されていく。
Morleyの定理が現れた頃、Shelahは、1階理論全体を分類するという壮大なプロジェクトを立ち上げる。「分岐する」という概念を用いて独立性を定義し、この独立性という概念を用いて、1階理論を安定理論、非安定理論に分類することが安定理論研究の始まりであった。安定理論はさらに超安定理論、$${ω}$$-安定理論へと細分化されるが、その過程で「強極小集合」という概念の重要性が明らかになっていく。
Robinsonの流れにある研究姿勢は、実数体や複素数体あるいは$${p}$$進体などの各数学的構造を1階述語論理の枠組みで記述し、定義可能集合の性質をモデル理論的に分析する。本書では、Robinson流モデル理論を「応用モデル理論」とよぶことにする。
一方、Shelah流モデル理論は1階理論全体の分類が目標であるから、その研究対象は理論であり、各理論が記述しようとしている構造(モデル)の性質を無限組合せ論的観点から分析する。本書では、Shelah流モデル理論を「純粋モデル理論」とよぶことにする。
1980年代は安定理論研究の全盛期であり、多くの結果が得られている。1990年代半ばにはZilberのザリスキー幾何の研究が現れる。ザリスキー幾何の定義と基本定理を発表したHrushovski-Zilberの論文の冒頭は以下のとおりであり、問題意識が簡潔に説明されている。
代数的閉体のモデル理論、強極小集合とその幾何的性質の研究からザリスキー幾何へと発展するのであるが、当時最新のザリスキー幾何の成果を駆使して、Hrushovskiは、数論幾何における重要な関数体モーデル・ラング予想を1996年に完全に解決した。
純粋モデル理論の文脈では、1990年代半ばには安定理論をさらに一般化した「単純理論」の研究が始まり、「分岐」および「独立性」の概念がより広い文脈で議論できるようになった。
実数体Rをモデル理論的に研究する中からは、「順序極小」という概念が生まれ、順序極小構造に関するモデル理論は実代数幾何あるいは実解析幾何へと応用されている。中でもHrushovskiの上述の衝撃的な結果が発表された同じ雑誌において、Wilkieは、実数体Rに指数関数exp(x)を付け加えた構造R_exp=(R,+,・,<,exp(x),0,1)が順序極小構造であることを1996年に証明した。その後も、Rに解析的関数を付け加えた多くの構造の順序極小性が証明されることになる。それらの結果が得られる中で、2006年にPilaとWilkieは、定義可能集合の超越点に関する「数え上げ定理」を発表した。2011年には、この数え上げ定理を用いて、Pilaが数論幾何の重要な予想の一つである「André-Oort予想」の重要な部分解を与えた。その後2021年に、Pila、Shankar、Tsimermanが完全解を与えた。数論幾何への応用はPilaの結果以後もますます盛んになり、2018年にはHodge理論の未解決問題の一つである「Griffiths予想」の解決に至っている。
本書について
モデル理論は現在も急速に発展しており、全貌を解説することは容易ではない。本書では、これまでに述べた歴史的経緯を念頭に、純粋モデル理論と応用モデル理論双方の結果を意識しつつ、基本事項から始めて比較的最近の結果までを解説する。
命題論理や述語論理の基礎を学び、ゲーデルの完全性定理についてはある程度知っているが、それから先の「モデル理論」について知りたい学部生や大学院生、近年モデル理論的手法を応用した結果が数論幾何学などで多く得られているので「モデル理論」についてより深く知りたい研究者などを読者として想定している。
読者によっては知らない可能性の高い用語・概念の説明や、本筋から離れる補足などは脚注で行った。より基礎から、あるいはより深く学びたい読者は、各章末の「文献ノート」に挙げた文献などを参照してみてほしい。
本書を通じて、「モデル理論」の研究手法や結果をより多くの人に紹介できれば幸いである。
(以下略)
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「純粋モデル理論」と「応用モデル理論」双方の結果を意識しつつ、基本事項から始めて最近の結果までを解説した、待望の本格専門書!
純粋モデル理論については、言語やモデルの説明から始め、素モデル、体の理論、独立性や可算範疇性、強極小理論など、構造(モデル)を無限組合せ論的に分析するための基礎を丁寧に解説する。
応用モデル理論については、定義可能集合を分析するためなどに、いかにモデル理論的手法を用いるか、そしてどのような結果が得られるかを具体的に見ていく。
たとえば、Fraïssé構成法、付値体のモデル理論的扱い、ヒルベルト第5問題の一般化など、重要で歴史的に注目された応用や最近の研究結果を解説する。
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