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【内容一部公開】ベーシックな物理知識に基づき、網羅的に理解する――近刊『格子振動と構造相転移』

2023年9月下旬発行予定の新刊書籍、『格子振動と構造相転移』のご紹介です。
同書の一部を、発行に先駆けて公開します。


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まえがき

本書執筆の動機ともいうべき、格子振動や結晶構造相転移について著者が日頃思っていることを、事柄の重要性に関係なく順不同で列挙することからはじめたい(現段階で意味不明の術語については本書内で明らかにするつもりである)。

①格子振動の問題は、相互作用(物理学者はしばしばそれをバネで表す)のネットワークの問題である。

②格子振動の問題でとくに重要なのは、ブリュアン帯の特別な位置での縮退とその解け方である。縮退には、回転対称性に基づくものと、並進対称性に基づくものとがあり、前者は分子振動論の著書で詳しく解説されているが、後者についてのまとまった解説は少ないようである。

③近年話題になっているグラフェンにおける、いわゆるDirac点での縮退およびその近傍での分散関係(錐状点交差)自体は、格子振動論の初歩的知識さえあれば、ある程度の理解は可能である。そして、そのような錐状点交差は六方相に限ったことではなく、相転移によって六方相から派生した斜方相(直方相)や単斜相でも起こりうる(格子振動は相互作用のネットワークの問題なのだから)。

④結晶における2次相転移を禁止する条件の1つに「リフシッツ条件」がある。この条件は、当然のこととして群論用語を用いて提示されているが、その意味するところは格子振動論の入門講義で取り扱われる簡単な1次元2原子モデルによって明らかにすることができる。

⑤結晶における2次相転移を禁止する条件には「リフシッツ条件」のほかに「ランダウ条件」があるが、この条件が適用されるのはほとんど強弾性相転移である。したがって、強弾性相転移の具体例を示すことが「ランダウ条件」を理解する助けになるだろう。

⑥結晶における2次相転移を禁止する条件として「リフシッツ条件」、「ランダウ条件」のほかに、「異方性条件」ともいうべき第3の条件がありそうだ。

強誘電体結晶では双極子・双極子相互作用の異方性が強いので、通常は1軸性結晶として取り扱われている。それはそれでよいのだが、強誘電体応用の観点からは、異方性が弱い(より等方的な)場合も同様に重要であり、忘れてはならない。

⑧⑦のような観点から、多軸性強誘電体において、自発分極に対して垂直方向の物性の解析が必要である。

⑨間接型強誘電体の相転移論を扱うには空間群論の知識が必要であるが、それについて具体例とからめて論じた著作は国内にあるのだろうか?

⑩同様に、不整合相転移を取り上げた著作はあるのだろうか?

これらの項目は互いに関連し合っている。したがって、各項目についての基礎的知識が得られたとしても、全体は決して一本道で理解できるような代物ではない。しかし、これらについて部分的であれ、ある程度の理解が得られれば、結晶構造相転移研究の視野が大いに広がるはずである。そこで、以上のような事柄をできるだけわかりやすく解説し、理解の手伝いができないものかと、浅才を顧みず執筆を思い立った次第である。

本書は第1部(第1~6章)と第2部(第7~9章)に大別される。第1部では、群論の知識があれば読みやすいが、なくても直感的に理解可能と思われる事項を取り扱った。その前半では、格子振動論入門に相当する1次元、2次元モデルの解析法、とくに並進対称性に由来する縮退とその解け方の問題に重点をおいた。後半では、離散的な格子振動の問題と連続体の弾性論の関係を明らかにし、さらにそれらの結晶構造相転移への応用例として強弾性相転移、強誘電性相転移を取り扱った。

第2部では、ある程度の空間群論の知識が必要な事項を取り扱った。そのため、第7章で基礎的事項(空間群の対称操作の記法、算法など)を紹介し、第8章では具体的に既約表現と基底関数を求める方法、およびそれに基づく間接型構造相転移の解析法を解説した。第9章では、「リフシッツ条件」の意味と不整合相転移との関係を解説し、さらにいくつかの代表的な不整合相転移について論じた。

補遺で取り上げた課題は、第1部、第2部の内容から見て、どうしても竹に木を接いだとの印象がぬぐえないだろう。著者としては、ランダウ型の相転移論では若干手こずるような場合でも、結晶の対称性の考察に基づいて少し工夫すれば、比較的簡単な統計力学的なモデルで話が済む例を示したかったのである。

執筆にあたっては、できるだけ多くの具体例を取り上げるように努めた。これは、一般論はなかなか理解できないが、多数の例題をこなすことによって次第に理解できるようになることがある、という著者の経験に基づくものである。

最後に、本書執筆にあたって利用した参考書を挙げておきたい。「古い!」という批判が聞こえそうだが、いずれも著者が長年心のよりどころにした書籍である。

[1]L.Brillouin:Wave Propagationin Periodic Structures,2nd Edition(Dover Publications,Inc.,1946).
[2]J.F.Nye:Physical Properties of Crystals(The Clarendon Press,1957).
[3]ランダウ,リフシッツ著,小林秋男他訳:統計物理学(下)(岩波書店,1980).
[4]高橋秀俊:線形分布定数系論(岩波書店,1975).
[5]高橋秀俊:線形集中定数系論IV(岩波書店,1971).

(後略)

***

名古屋大学 名誉教授 石橋善弘(著)

【目次】
第1部 格子振動と強弾性・強誘電性

 第1章 1次元格子の格子振動
  1.1 1原子格子鎖
   1.1.1 標準モデル
   1.1.2 長距離相互作用の効果
   Comment1 群速度
  1.2 2原子格子鎖
   1.2.1 標準モデル
   1.2.2 一般モデル
   1.2.3 ゾーン境界における2重縮退
   1.2.4 分子振動と格子振動の結合
  1.3 3原子格子鎖
   1.3.1 分散関係
   1.3.2 並進由来縮退
   1.3.3分 子振動と格子振動の結合
 1.4 4原子格子鎖
   1.4.1 並進由来縮退I
   1.4.2 並進由来縮退II

 第2章 2次元結晶格子
  2.1 2次元ブラヴェー格子
  2.2 2次元逆格子
  2.3 ブリュアン帯
  2.4 第1ブリュアン帯と第2ブリュアン帯
   2.4.1 面心長方格子と単純長方格子
   2.4.2 単純六方格子と単純長方格子
  2.5 2次元結晶の点群と空間群

 第3章 2次元格子の格子振動
  3.1 長方格子I
  3.2 長方格子II(面心長方格子)
  3.3 長方格子III
  3.4 六方格子
  3.5 長方格子IV(六方格子由来)
  3.6 単斜晶格子(六方格子由来)

 第4章 格子振動と弾性的性質
  4.1 結晶弾性論の基礎
   4.1.1 歪み
   4.1.2 応力
   4.1.3 弾性スティフネス定数cと弾性コンプライアンス定数s
   4.1.4 弾性エネルギー
   4.1.5 テンソル表記と行列表記
   4.1.6 弾性コンプライアンス定数の行列表記
   4.1.7 結晶の弾性的安定性
  4.2 弾性スティフネス定数と超音波速度
   4.2.1 波動方程式
   4.2.2 超音波速度(立方晶の場合)
  4.3 格子振動から弾性論へ
   4.3.1 正方格子
   4.3.2 六方格子(三角格子)
  4.4 弾性的不安定化
   4.4.1 六方晶
   4.4.2 正方晶I
   4.4.3 正方晶II

 第5章 強弾性相転移
  5.1 強弾性相転移とは
  5.2 斜方相から単斜相への相転移
  5.3 正方相からの強弾性相転移I
   5.3.1 斜方相への相転移(c66のソフト化)
   5.3.2 単斜相への相転移(c44=c55のソフト化)
  5.4 正方相からの強弾性相転移II
   Comment2 ドメイン・ウォールの方位
  5.5 六方相からの相転移

 第6章 格子振動と強誘電性相転移
  6.1 ソフト・モード
   6.1.1 赤外活性モード
   6.1.2 赤外不活性モード
   6.1.3 音響モードのソフト化
   6.1.4 広義のソフト・モード
   6.1.5 結晶構造相転移とラマン活性モード
  6.2 強誘電体の2次相転移理論
   6.2.1 熱力学ポテンシャル
   6.2.2 自発分極,歪み,熱力学ポテンシャルの温度依存性
   6.2.3 静的応答関数の温度依存性
   6.2.4 エントロピーと比熱
   6.2.5 履歴曲線
  6.3 強誘電体の1次相転移理論
   6.3.1 熱力学ポテンシャルと平衡状態
   6.3.2 電気感受率
   6.3.3 履歴曲線
   6.3.4 温度–電場相図
   6.3.5 臨界終点と超臨界領域
   6.3.6 3重臨界点
   Comment3 臨界終点近傍における物性異常
  6.4 強誘電性相転移の個別現象論
   6.4.1 硫酸グリシン((NH₂CH₂COOH)₃・H₂SO₄, TGS)
   6.4.2 リン酸2水素カリ(KH₂PO₄,KDP)
   6.4.3 チタン酸バリウム(BaTiO₃)
   6.4.4 チタン酸ビスマス(Bi₄Ti₃O₁₂)
   6.4.5 六方晶チタン酸バリウム(Γ点間接型強弾性体)
  6.5 モルフォトロピック相境界
   6.5.1 PbTiO₃–PbZrO₃混晶(PZT)
   6.5.2 フッ素系高分子強誘電体

第2部 結晶構造相転移
 第7章 結晶の対称性と相転移
  7.1 結晶系
  7.2 結晶点群
   7.2.1 空間群と点群
   7.2.2 対称操作の表し方
   7.2.3 対称操作の類別
   7.2.4 既約表現
  7.3 既約表現と相転移
   7.3.1 恒等表現A₁
   7.3.2 相転移と対称要素の消失
  7.4 並進群
  7.5 空間群
   7.5.1 対称操作の記法と算法
   7.5.2 空間群
   7.5.3 基底関数と既約表現

 第8章 構造相転移の現象論
  8.1 チタン酸ストロンチウム(SrTiO₃)
   Comment4 点群m\overline{3}\m(Oh)の対称操作
  8.2 アンモニウム・ロッシェル塩
   8.2.1 X点の既約表現と基底関数
   8.2.2 熱力学ポテンシャルと相転移
   8.2.3 空間群P2₁2₁2のM点の既約表現と基底関数
  8.3 モリブデン酸カドリニウム(Gd₂MoO₄)
  8.4 間接型強誘電体のモデル

 第9章 不整合相転移
  9.1 リフシッツ条件
  9.2 不整合相概論
   9.2.1 不整合相の定義
   9.2.2 不整合相転移のソフト・モード
   9.2.3 不整合相の特性
   9.2.4 不整合相の分類
  9.3 亜硝酸ナトリウム(NaNO₂)型不整合相
   9.3.1 熱力学ポテンシャルと相転移
   9.3.2 電気感受率
   9.3.3 高調波成分の効果
   9.3.4 電場–温度相図
   9.3.5 不整合相における格子振動
  9.4 リフシッツ型不整合相I
   9.4.1 リフシッツ不変項
   9.4.2 熱力学ポテンシャル
   9.4.3 高調波成分の効果
   9.4.4 不整合変調構造の2次元表示
   9.4.5 不整合相における電気感受率
   9.4.6 格子振動
  9.5 リフシッツ型不整合相II(アンモニウム・ロッシェル塩型)
  9.6 リフシッツ型不整合相III(K₂SeO₄型)
   9.6.1 熱力学ポテンシャル
   9.6.2 位相変調解と逐次相転移
   9.6.3 格子振動
  9.7 双鞍点型不整合相
   9.7.1 熱力学ポテンシャル
   9.7.2 不整合相とその特徴
   9.7.3 不整合–整合相転移
   9.7.4 逐次相転移
   Comment5 Ba₂NaNb₅O₁₅における不整合相転移
  9.8 錐状点交差
   9.8.1 錐状点交差と基底関数
   9.8.2 熱力学ポテンシャル
   9.8.3 不整合相転移の問題点

 補遺 ロッシェル塩型強誘電体の統計力学的相転移理論
  付録 2次相転移に関するチェックリスト
  あとがき
  索引


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