ペーシング(と頑張れという言葉)

久しぶりの投稿です。
去年の秋頃から今年の春先にかけて体調を崩していました。季節の変わり目や日照が短くなるのはつらいですね。ここ最近は体調はよくなってきています。

さて、いつも拝見しているnoteで最近ペーシングという言葉を知りました。

これを読んで思い出したのは少し前に書いた自分のTwitterでした。

自分の過去のnoteでも何回か頑張ることについて書いていますが、どうも自分は頑張れと言われることが苦手というか好きではないような気がします。
もしかしたらそれは、子供の頃に見捨てられないよう一生懸命頑張ってきたから、なのかもしれません。ただそうした幼い頃の自分はいつの間にか抑圧してしまったのでなかなか現れてきません(自分でもよく分かりません)。まぁ子供の頃は結構手を抜いていて遊んだりもしていたので単なるサボりなのかもしれませんがw
この感情の抑圧はなんかもう癖みたいなものになっていて、いつもブレーキをかけているような感じです。こういうところもASDらしさなのかなとも感じます。ただ抑圧していること自体には以前より気づけるようになった気がします。
頑張れという言葉は応援するという意味で使われる有難い言葉です。それをもらって頑張る、努力することができる人も多いと思いますが、自分の場合は(自発的に)努力をする(出す)のに躊躇というか時間がかかる感じがします。
頑張れという言葉よりも、気にかけてくれる、そばで見守ってくれる、一緒に歩んでくれることが何よりの応援になる気がします。
なので自分は、頑張れという言葉は使いやすい言葉ですが安直には使いたくはないと思っています。それに代わる何かいい言葉があればいいのですが。

ありがとうございます。

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