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夏になると思い出すエビフライの物語 #フードエッセイ

夏になると思い出す物語がある。
それは、三浦哲郎の著書「盆土産」だ。

小学校の国語の教科書に収録されていたこのお話を授業で習ったあの夏からもう20年以上経過しているが、夏になると必ず思い出す。

このお話は「出稼ぎに行った父がエビフライをお土産に買って帰って来る」というもので、このお土産のエビフライを食べる時の描写がまあ素晴らしく当時の私を虜にした。

この話、エビフライが堪らなく美味しそうなのだ。

読むだけで食べてないのに脳内で想像されるエビと油の香り、歯ごたえ、アツアツのあの感じ…
書いている今も食べたくなってきた。

ちなみにだけど、私は別に特段エビフライが好きな訳では無い。
どちらかと言うと、普段は優先順位が低いメニューに当たる。

だがしかし、この盆土産を思い出し読んだその日だけはエビフライは私の中の上位メニューへ一気にランクアップする。

それほどに、この話のエビフライは美味しそうなのだ。

ここで、ここまで私を虜にしたフレーズあるので紹介したい。

それは、
「えびフライは、口のなかに入れると、しゃおっ、というような音を立てた」
というフレーズだ。

この1文にエビフライの良さがぎゅっと濃縮されているような気がして、私はとても気に入っている。

最近になってこの盆土産が紹介される際この文書がよく使われているのを知ったので、やはりここは代表的な箇所なのだろう。

このフレーズに心を奪われた私は、当時小学校から帰宅後すぐ親にエビフライが食べたいとリクエストした。
私のあまりの熱量に母は急いでスーパーへ車を走らせ、エビフライを買いに連れて行ってくれたのだが…
どうやらそれは我が家だけの話ではなかったようで、スーパーではクラスメイトやその親に次々と会い、親同士「国語の授業の…エビフライやんね…」と話していた。

それは子供ながらに凄いことだと感じたので、その光景はよく覚えている。

その日そのスーパーは異様な程に、エビフライ関連の商品が売れたに違いない。
本当に品薄だった記憶がある。
そりゃ一気に1クラス分の家庭が買いに来たらそうもなるだろう。

我が家は今から仕込むのは難しい、と揚げるだけの冷凍エビフライを買ってくれたのだがそれももうギリギリで危なかった。

さぞスーパーの店長さんは不思議だっただろう。
そのつもりでも仕入れていなかっただろうし、ヒヤヒヤしたに違いない。

次の日はクラス中で昨晩食べたエビフライの話でもちきりだったから、出会った友達以外も食べていた事を確認済みだ。

そんな当時軽くわが町に経済効果さえもたらした「盆土産」は、このエピソード込で私の中で大切な作品の一つとなっている。

今、また夏がやってきた。

そろそろ食べたくなる時期なので、話を読み返しその後母が買ってくれたような冷凍エビフライを買って母がしてくれたように揚げて食べたいと思う。

ちなみに余談だが主婦になって、揚げ物というものが調理中からその後まで大変面倒くさい調理工程だと知った。
それもあり私は揚げ物は時間のある時にしかやりたくないし、かなり気合いがいる。
そんな揚げ物を夕方突然作って欲しいと言われたら、ちょっと心が折れそうになる。
だが母は作ってくれた、その日のメニューを辞めてまで作ってくれた。
それはすごい愛だ。

大人になって、これに限らずあの時のあのアレは愛がなければ出来ない、と知ることが多い。

そんなことで小学校の頃に習ったお話は、大人になり30を超えた私にまだ新しい事を教えてくれた。
それもまた、エモい。なんて感覚をもってしてこの作品を輝かせてくれるのだ。

毎年この時期に思い出す、そんな思い出込の物語盆土産。

ぜひ読んで欲しい。
そしてエビフライが食べたくなってくれたら嬉しい。

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