出港の前夜 少年が、森の奥にあるBarを訪れるのはいつぶりだろうか？
数年前は、何度も足を運び、
闊達に意見を交わした記憶がある。
最後に訪れたときは、バーテンダーの優しい笑顔に見送られたように思う。
それも、遠い昔のように感じる。

しばらく森から離れ、
小さな村に住んでいた少年は、
三人の仲間を集め、
粛々と出港の計画を立てていた。
どうやら、海をわたって大都会に出向き、
新しく事業立ち上げるらしい。

航海の前日、少年は、ふと、
森の奥のBarを思い出した。
「ちょっとBarに寄ってみない？」
そうして、いつも開けっ放しになっているBarのドアをすり抜け、入店した。

少年は入店するやいなや、
おもむろに航海図と事業概要書を取り出し、
バーテンダーに計画のすべてを話し始めた。
仲間たちは、「今まで大人たちには秘密にしていたのになんで？？亅という目で少年を見ていたが、その後は一言も話さずじっくりとバーテンダーの話に聞き入った。

君たち、帆は張らないのかい？
今どき、オール片手に海を渡るのはよろしくないね。
この島の東の方に、素晴らしい帆を作る職人がいるから、紹介してあげよう。
それと、君たちの事業プランだけど、ちょっと物足りない。
もっと素晴らしいものを見聞きし、
その舌で味わったほうがいいね。
大都会から少し離れた場所だけど、
ここで出しているマフィンは絶品なんだ。
それから、西に10 kmほど離れた場所にあるお店も、海のもっと遠く、外国から来た人たちがやっているお店で、中々の人気店だ。
ここのエッグベネディクトを食べてみてほしい。

とにかく、君たちが行おうとしている事業に、
もう一つ素晴らしい商品を並べられるといいね。

中途半端なものではだめだよ。
とびきり美味しいものでなくては。

必要ならば、僕の友達も紹介してあげよう。

少年は、真剣な表情で話を受け止め、
その全てをメモに記した。

最後に、感謝の気持を述べると、
少年達はBarのドアに向かった。
心無しかその姿は、Barに入店したときよりも凛々しく感じられた。

店を去ろうとした少年たちに、
小さな声でほほえみながら、
「そういえば、君(少年) が
大切にしているフィアンセは、
村においてけぼりかい？亅 と、
バーテンダーは囁いた。

2024年2月　　海坊主より

10人目の旅人　「人間至る所に青山あり」

久しぶりに彼は訪ねてきた。
いつも来るたびに、明るい目を輝かして、
自分の夢を楽しそうに話をするのだ。

そんな彼をみていると
心がサワサワと嬉しくなる。
今日聞いた話は、
前回聞いた話とは全く変わっていた。
しかし、嬉しそうに話をする彼の話に聞き入る。
うまく行って欲しいと思う。

彼の心の中には、夢が溢れ、
挑戦していく気概がある。
失敗を恐れていない明るさがある。
そして、今回は、一人でなく仲間がいる。

僕も以前は、嵐の海へよく旅に出た。
そして、どうにか帰ってきたものだ。

出航の前夜は、未来の期待と嬉しさと不安に押し潰されそうな気持ちで眠れない。そんな時に「人間至る所に青山あり」と思い込んだ。
一歩、外に出たら至るところに墓場だらけということ。
そう、夢破れた死体が転がっているということだ。

だけど、それで良いじゃないか？と思う。
未来が分かっている人生は、
本当に生きる価値があるのか？
それより、顔を上げて胸を張り、
目を輝かして一歩を踏み出す方がいいじゃないか？

さて、彼も、無事に旅を続けてもらいたいものだ。
彼の母港に戻ってきて欲しいものだ。
そして、新しい夢を胸に抱えながら、
また、一杯飲みに寄ってもらいたいと祈りたい。

森の黒ひげBAR より