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第13話「嫌なこと辛いこと苦しいこと」

 還暦まで、後2週間を切った。今年の3月から、一日一日を大切に生きようとカウントダウンをしていたのだが、結局大したこともせずに、50代最後の時間を過ごしてしまった様に思える。

 普通に日々幸せだと思えることが幸せなのかも知れない。

 60年近く生きていると、当然の嫌な思いや辛くて苦しいことに数多く遭遇する。特に、不条理なことには、腹も立つから立ち向かうのであるが、その結果として目先の利を失うことになる。お金よりもプライドを優先してしまうのである。

 会社を辞めて屋久島に住んでいると、嫌なことや不条理なことに出会うことが少なくなるのであるが、それでも全く無くなるわけではない。つい最近も約束を守らない、期限を過ぎても連絡をしない、嘘の報告をする等が続き、半年間準備してきたプロジェクトのスタート目前ではあるが、これでは気持ちよく良い仕事はできないし、周りの人に迷惑をお掛けすると思い悩んだ末に辞退することにした。独立していていいのは、やるべき仕事ではないと思えば、自分の心と懐が痛むだけで、断ることができることだ。しかし断った後でも吹っ切れるまでの一定の期間は苦しんでしまうのである。

 一方で、会社生活の中では、そうもいかない。不条理と思えることでも逃げ道がない。不条理なことが続き、何度か押しつぶされそうになったことがあった。

 飛行機の中で映画を観ていて、涙が止まらなくなって、CAさんに相当心配をかけたことがあった。お客さんと食事中にも同様のことがあった。きっと、心が耐えきれず限界に来ていたのであろう。そんな時に、一人でも二人でも話せる人がいることで、どうにか救われてきた気がする。

 先輩に一杯行きませんか?と誘いをかける。きっと表情や声色で分かっていてくれたのであろう。忙しい中にも関わらず、飲みに付き合ってくれて、何となく話を聞いてくれた。

 よく言われたのは、サラリーマン失格と言う言葉である。「サラリーマンは、如何に責任を取らず、手を抜いて楽にお金をもらうかが王道であり、一所懸命真面目にバカになって働くお前は邪道だ。肩の力を抜いて楽にやれよ」であった。そんないい加減なことはできませんよと笑いながらも、その一言に助かったものである。そして、また、翌日から戦って打ちのめされる、もしくは、時には打ち勝って自我を通したのであるが、辛いことの連続の中の小さな成功や喜びは格別であったし、常に何らかの一縷の希望を持ち続けたので今がある様な気がする。

 僕が最も好きな本である「楽毅」の冒頭に、苦しい時に顔を上げて夢を見れるかが良く生きることだという様な内容のフレーズがあった。辛い時に何度も読み返し、その生き方に救われたものである。そして、行き着いたのは「人間万事塞翁が馬」と言うことである。良いことの後には、何か悪いことが起こり、悪いことが続いてもその結果として良いことが起こったりするのが、生きることの醍醐味だと思える様になった。楽しい事ばかりの人生はつまらない。人との繋がりの中で、様々な葛藤があり、良い時には心を引き締めて、悪い時には顔を上げて新たな夢や希望を見る。そして、見知らぬ世界を求めて、待ち受ける嵐の中にも関わらず、港から出て行く冒険家の様にワクワクドキドキしながら飛び出すのだ。人間到る処青山有り、一歩街を出たら死に場所だらけなのである。そんな覚悟を心のどこかに持って生きてきた様に思える。

さて、これからなのである。

少し疲れてきた心が、生まれ変わって、更なる旅に出かけるのか?それとも、今いるところが青山なのか?
結局、分かったことは、悟りにはまだ程遠いと言うことであろう。


森の黒ひげ塾
塾長 早川 典重


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