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Reflection Journal 2019年5月30日 朝

昨日、Sさんの個人セッションを受けた。これを文章にして公開するか悩んだが、一応文章にしてみる。60分のセッションであるが、4回ぐらいに分けて書く必要がありそうだ。


①心ここにあらず。
②全体社会・人間をバカにしている。それを出さないように生きている。それを隠しながら生きているが、それが周囲に醸し出される。
③耐えるに耐えられなくなり、その自分すら斜に構えている。その自分に対して(このままではいけない。本来の自分ではない)、本気に関わっていない。
④本当の自分を模索していきているが、模索することで、偽ろうとしている自分を作っている。
⑤本来の魂の本来の意図としては、裏でフィクサーとして動かして、本当に全体の貢献として返す。前に立つと「嫌なことをやらされている」になる。
⑥結局、自分よりそうそうできる人がいないと自分で認識しているから、裏にいることができず、押し出ることしかない。というのが全部カルマである。
⑦その相関性の中で縛りあっている。結果として、本質を生きていない。
⑧どうせこの世界は変わらないと思っている。人は高々知れているという絶対的な不信頼がある。しかし、生きているうえで、自分に可能な限りの変えていこうと生きてきた。致命的にやってきたことと本質が異なっている。
⑨そこに気づいても、諦めている自分がある。社会に対する・人に対する・自分に対する諦めがある。誰も本当のところに行かないだろうという諦めがある。
⑩その世界観の中で、うまくやって来られたと分かっている自分もいる。

①本当にシフトするためには、純粋なところにフォーカスする必要がある。
②純粋な姿とは、裏に立って動かして全体を動かすこと。自分は先頭には立たないタイプ。先頭に並走するのがよい。本質的な才能を発揮するのは、そこから全体が見える位置にいること。先頭に立つと、全体が見えない、その自分が嫌だ。先頭に立つと、損なわれる。
③純粋な本質とは、「本当は信じている」。本当に力が入るところはそこである。
④現実レベルでは、色々やってきたが、結局違うな。どこにもいかないな。という感覚が詰まっている部分である。
⑤もりおさんが信じている部分は、「人」を信じるのではなく、「全体の調和」である。しかし、「人」「組織」に頑張りすぎて、そこで絶望している。経験として絶望を味わっている。
⑥現実世界の成功は、もりおさんによって何でもない。「全体の調和」がないのであれば失敗。
⑦これ以上やることがない・これ以上やれることがない。という認識がある。どんなに頑張っても力が入らない。それに対して、やろうとする姿勢を外に示そうとするので、どんどん本質から離れる。自分に「嘘」をつくことになる。その気はない。
⑧不信感・絶望全てカルマであり、それを受け入れることがスタート。絶望するために、色々なことをやってきていた。そして、実はそれを知っていたよね。知っていたことに対して、別の可能性をかけていた。
⑨本当の本質は、現実世界では「全体の調和」が起きないと体験しながら、「信じないといけない」に囚われてきた。でも「信じていない」。
⑩魂的には、この現実体験はやりつくした。次のフェーズに移ろうとしたとき、ちょっと違った視点の同じようなものを見つけてくる。声も抱える。でも、その可能性はないことが見えてくる。

①本当のところから、動き出す時期に来ている。肚にフォーカスして、見えてくる選択をしていく必要がある。
②肚にフォーカスすると、今来ている引き合いは、違うことに気づけるはず。
③自分の存在として取り組む「全体の調和」に気づいているのに気づいていないふりをするので、嘘だし・苦しい。すなわち既に現実世界で体験することは終わっている。
④「全体の調和」の純粋性に帰っていく。「全体の調和」うっすら表れているが、今世は人間社会をやり過ぎて、人間にどっぷりはまっている。意識を、「全体の調和」に移していく。
⑤いかに「全体の調和」の経験を増やしていくかがカギになる。
⑥2年ぐらいは「完全に遊び」に入る必要がある。2年は別のことをする必要がある。現実世界は気にならない程度にやることはOKだが、完全にシフトするフェーズに入っている。動き出せば、半年ぐらいで変容がスタートする。


【ここまで書いて感じたこと】
①カルマの複雑に自分を偽る構造は、自分で見つけられない。本当に良い機会であった。
②過去、変容のために色々なワークショップ・セッションを受けてきたことで、話がつながること・理解できることがある(点が線でつながった感じである)。
③セッションを受けて、過去の自分を否定する感じは全くなく、ただこの時期に気づき、今後の変容ために体験してきたという感覚はある。
④人生は「可能性」にしか過ぎないという意味がよく分かった。
⑤後半にもつながるが、現実世界で全うすべき体験が終わると「死(というよりお迎え)」がくることが分かった。今回、「死」もテーマとして出てきたが、自分の死を聞いても全く怖い感じがないというか、「何かしらの確信(変容の確信)」を感じた。
⑥これまで、そして現在も、色々な人から変容のサポートを受けているが、それらを含めて感謝と、人生に面白さ・ワクワク感・遊び感を与えてくれている関りが嬉しい。

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もりお

組織・人事コンサルティング会社の経営をしています。数年前から成人発達理論を学び、理論の理解と変容の実践について経験を積んでいます。ここでは、加藤洋平氏の指導のもと始めたリフレクション・ジャーナルを共有することを目的に開設したものです。どうぞ、よろしくお願いいたします。
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