Reflection Journal 2019年2月13日 朝

昨日は、郡上に1泊した。Tさんが、「ふるさと定住機構」で創業+定住支援をしているので、街並みを見たり、ワークショップ開催の可能性を確認にいった。

シェアオフィスに創業したての会社や、サテライトオフィスとして活用している会社があって、環境的には抜群であると感じた。

見えない鎧
夜は、Tさんと、酒蔵の立ち飲みで知り合った女性、酒蔵の主人で飲むことになった。結局自分が話したいことを抑えて、皆さんの話を聞くことに多くの時間を割いた。
今日は、そのときに感じたことを深掘りして書きたいと思う。
(この部分は余り深掘りしないが、余り意味がない時間だと思って、2次会のカラオケは断って宿に戻った)

昔から感じていることであるが、
「人見知り」
「人に本音を見せない」
「自分の感情を抑圧している」
というような感覚があった。
大分、内省しているお陰で、上記のような感覚は薄くなったが、初対面の人になると顕著にでる感覚がある。

多分、他人からは
「何となく、見えない壁がある」
「何となく、近寄りがたい」
感覚があると思う。

今日はそれを「見えない鎧」という表現にして深掘りしてみよう。
ここ数日見つめているのが同じ場所のような気がしている。
根底にある「外界に対する恐怖」みたいなものがあるような
親から「しっかり生きなさい」「独立して生きなさい」みたいなメッセージを投げかけら思い込みみたいなものがあるのかもしれない。
本当は自分を分かって欲しいのだが、分かってもらえない恐怖なのかもしれない。

「見えない鎧」が取れたらいいな~と強く欲求がある。
それほど、心に刻み込まれてないが、修羅場の体験の積みかさねが、防御作用をしているかもしれない。ただ、学生のころから認識しているので、かなり昔の体験なんだろう。


【振り返って感じたこと】

見えない鎧の存在はどうなったのだろう?余り気にならなくなったが、かといってメンタルモデルが外れたという感覚もない。
ワークショップでメンタルモデルをどう取り扱うかが難しい。必要なのか?必要ではないのか?

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もりお

組織・人事コンサルティング会社の経営をしています。数年前から成人発達理論を学び、理論の理解と変容の実践について経験を積んでいます。ここでは、加藤洋平氏の指導のもと始めたリフレクション・ジャーナルを共有することを目的に開設したものです。どうぞ、よろしくお願いいたします。
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