見出し画像

Reflection Journal 2019年6月16日 朝

昨日、LIFESHIFT休暇の件をfacebookに上げたところ、色々メッセージをいただいた。LIFESHIFT休暇の宣言をして、「いいね!」を沢山もらえることに、時代の変化を感じた。それと、いくつか気づいたことがあった。

1.Facebookが嫌いだった1つの理由
実は、誕生日が嫌だった。皆さん「誕生日おめでとう」コメントをくれるのが実は嫌だった。毎年一人ひとりに返信していたのだが、心の中では面倒だな~と感じていた。
今日は、コメントくださった方に感謝の気持ちで書けたが、今までは「忙しい」が優先して、面倒だなという気持ちを隠しきれなかった。皆さんの愛を受け入れられないほど、「忙しい」想いをしていたことに今更ながら気づく。

一方で、このような人生の節目に色々お声がけをいただけるのは、これまでのご縁に感謝である。皆さんのコメントを見ながら、ご縁のある人は分かるようになってきた感じがある。


2.夢日記
最近さぼっているが、忙しくなると夢も騒がしくなるのか余り見なくなった(正確には覚えていない)。今日の夢は、本当に話の展開がぐちゃぐちゃで文章にできるか分からない。

場面は、電車のホーム(学生の頃使っていた大泉学園駅のイメージ)と家で妻とテーブルを囲むのが錯そうする夢である。

家が火事になった理由で、おばあちゃんが家を出るのが遅れる(火事が大ごとというより、カギを忘れたぐらいの感覚)。おばあちゃんが遅れたおかげで、電車に乗るまでの時間が余り(夢ではおばあちゃんが遅れるので電車が遅れた設定)、その間にコーヒーが飲める時間ができた。

その間に妻とコーヒーを飲んだ(なぜかコーヒーができるのも遅れた)。そんな時間を妻とゆっくり過ごした。

【夢をひも解く】
昨日、LIFESHIFT休暇の宣言ができたのは、昨日妻と今後の話を少しできたからだ。そんな安心が夢になったのだろうか。
あちこちで「遅れ」が生じる夢だったが、「遅れ」は何のメッセージだろう。思いあたることがないので、そのまま放置。


3.加藤さんとのセッション(6月10日)
「LIFESHIFT休暇」の意思決定をしたことについて、取り扱った。
50歳すぎたら、自分の強み・好きなことを活かして、自由に生きていこうと考えていた。
それを決断したときに、成人発達理論を広める使命に関しても「それほど胸躍らない自分」がいることに気づいた。

「ついにこちらの方向に来られた。普通とはちょっと違う人生を歩む選択をした」ことについて、加藤さんがちょっと嬉しそうだったのが、こちらも嬉しかった。

Q:今この瞬間に感じているご自身の使命は?
今まで思い込んでいた使命に関しては、やり切った感じがある。次のステップとしては、「自分が本当に胸躍ること」をやってみたい。そこに素直に生きる。

【振り返り】
再度、加藤さんとのセッションを聞いて、「自分が本当に胸躍ること」に本当の使命が隠されていると感じた。今更ながら当たり前のことに気づき、「自分が胸躍ること=自分の本当の使命」である。それを散々色々やりつくした自分が、その道を選択し、その道を言葉にしていくことが使命そのものかもしれない。


Q:「胸躍る瞬間」はいつですか?それはどれくらいの度合いですか?
①成人発達理論を実務に展開するところを考えること:60%
②ワークショップを開催しているとき:(敢えて)0%
③心通じると対話している瞬間:80%

自分でも言葉にしているが、②についてワークショップを実施しているときは、完全に思考に支配されており、自分の中でワクワクなどにはつながっていない感じがある。もしかしたら、「胸躍る瞬間」なのかもしれないが、自分が自分につながっていないので、それを感じることができない。


Q:「心通じる人」はどのような方ですか?どのような人を信頼する傾向がありますか?
お互いに信頼している関係もあるが、自分が相手を信頼しているかがカギになる。その人と、ゆっくりとした時間を過ごしている。
どのようなときも裏切らない。いつもそばにいてくれる。空間的そばより、感覚的な近さ。無域的な防御をしなくても済む人(あるがままの自分をさらけ出しても良い存在ですか?はい)。

【振り返り】
再度、加藤さんとのセッションを聞いて、全く異なることを考えており、自分の中でやりたいことは「社会の創造」というキーワードが出てきた。社会システムの再設計・法人システムの再設計のようなものである。仕組みというか?組織風土に近いものの変革サポートである。やはり造り上げるのが好きである。「造る」という感じがぴったりくる。


Q:「胸躍度」が100%以上ないと、本当のLIFESHIFTは生まれない。100%を超えるようなものを一緒に見つけていきたい。仕事的な観点を取り払って、今までの人生で100%に近いものは何ですか?幼少期の没入体験は?(1つの方法です)
幼少期は、ブロックを作ったり、機械を分解したりに没頭していた。中学校ぐらいから人間関係の中で生きてきた。その人間関係も上手にやってきたが、その後胸躍る度100%を超える体験はなかったかもしれない。

【振り返り】
加藤さんは、リフレクションが上手である。相手の話をそのまま復唱しているだけなのだが、それが聞いてもらっている感覚を生み、そのまま復唱されている時間に、新しくこたえたいことが生まれる。これは本当に素晴らしい。面談演習で今度紹介したいと思った。

Q:「一人遊び」がキーワードだとすると、現在の生活の中で一人遊びをしていることは?
色々なインプットをしながら、テキスト開発などのアウトプットすることが楽しみ。でも、胸躍るとは60%程度である。

Q:仏教とギリシャ哲学は非常に親和性があり、プラトンは仏教思想とも関連性がある。プラトンは、「魂の成長は自己に帰る道である」と言っている。もりおさんが、幼少時代に没入体験を経験したことを取り戻すことが「自己に帰る道」だとすると、幼少時代の100%と現在の60%の差異はどこにあるのでしょうか?
「時間の概念」が入ると胸躍り度が下がる。仕事はどうしても納期が発生するので、時間と質の両面を見ながらやっている。また、色々なことが気になり(メール・切符の予約など)気持ちが散乱している。

【振り返り】
「時間の概念」というところで更に深い気づきがあり、やはり納期や時間があるため、この時間で最大限の成果を出すことばかり考えている気がする。「時間の概念」がなければもっと良いものを、時間を忘れて作れると思う。メルマガを書くときも急ぎ、テキスト書くときも急ぎ、もしかするとこのリフレクションジャーナルも急いで書いているときがある。「時間の概念」が胸躍り度合いを下げている確信が持てた。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

もりお

組織・人事コンサルティング会社の経営をしています。数年前から成人発達理論を学び、理論の理解と変容の実践について経験を積んでいます。ここでは、加藤洋平氏の指導のもと始めたリフレクション・ジャーナルを共有することを目的に開設したものです。どうぞ、よろしくお願いいたします。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。