「へたも絵のうち」

 1977年に97歳で亡くなった画家の熊谷守一さんが、91歳のときに自分の人生について記者に語り、日経新聞の「私の履歴書」として連載された内容を本にしたものです。
 小さいときから絵をかくことが好きで東京美術学校卒業後も亡くなるまで油絵以外に日本画や書も発表し続けた熊谷さんだが、芸術一筋というわけではなく、樺太調査隊に参加したり、岐阜の山中で2年間材木を川に浮かべて山出しする仕事をしたりもしている。
 4歳のときに生母から引き離されたり、売るような絵が描けない厳しい生活の中で5人のお子さんのうち3人を病で亡くしたり、つらいことも多かったと思われるが、その語り口は終始飄々としている。
 二科の研究所で書生に「どうしたらいい絵がかけるか」と聞かれ、「下品な人は下品な絵を、ばかな人はばかな絵を、下手な人は下手な絵を、自分を生かす自然な絵をかきなさい」と答えていたという。それが本の表題の由来かもしれない。