水樹奈々が主役『ではない』水樹奈々ライブの衝撃/ナナラボ感想


マジでどっちを見りゃいいんだ。

率直な感想である。  
僕は本日、水樹奈々ライブに参加してきた。

正確にいえば、無念のライブビューイング
タイトルはこちら。

「NANA MUSIC LABORATORY 2019 ~ナナラボ~」

えらい浮かれた写真だな……。

ファンではない人のために説明しておく。
今回のライブは、やや特殊なスタイルを採用していた。
ひと言でいおう。

タイマンライブ。

これである。
突然、ヤンキーマンガ的世界観に突入してすまない。
決して、水樹奈々がオタクと拳で語り合うライブではない。
ひょんなことから、週刊少年チャンピオンに異世界転生したわけではない。
僕は文化系なので、そんなことがあれば悪夢だ。ふつうに怖い。

前提から順を追って、説明しよう。

そもそも、水樹奈々のライブには決して欠かすことのできない人びとがいる。彼らの名前を紹介しよう。

チェリーボーイズ

またもや、正気の沙汰ではないネーミングセンスが爆誕してしまった。
要は、水樹奈々のバックバンドだ。
どういうセンスをしてるんだ。
メンバーほとんどおじさんだぞ。もはや、無礼だろ。

しかし、彼ら、死ぬほどふざけた名前に反して、ガチガチの実力派ミュージシャンが雁首をそろえている……らしい。

なぜ、「らしい」と書いたかといえば、僕はミュージシャンの実力を聴きわけられるほどの上等な耳を持ち合わせていないからだ。
だから、正直、その演奏技術のほどはわからない。

だが、バンドメンバーの平均年齢が余裕で50をぶち抜けているので、少なくともベテランミュージシャンであることはまちがいないようだ。

加えて、これまで個々のメンバーがサポートしてきたミュージシャンたちがそうそうたる顔ぶれだ。

尾崎豊、吉田拓郎、スガシカオ、ポルノグラフィティ、福山雅治、いきものがかり、などなど。
ぜんぶを挙げることはしないが、国産ポップスを代表するメンツと申し上げていいだろう。

そんな人たちの後ろで弾いてきたのだ。
チェリーボーイズの実力のほどは、折り紙つきというわけだ。

そんな彼らがひとりづつ登場して、楽器一本で水樹奈々と音を重ねる。

それが、タイマンライブだ。

もともとは、「LIVE ZIPANGU」という2017年のツアーのワンコーナーだった。

水樹奈々自身、それが忘れがたい経験になったのだろう。
今度は、タイマンライブだけでひとつの公演を構成しようとたくらんだ。
ぶっちゃけ、常軌を逸した発想である。

金曜日の夜がいちばん楽しいから1週間を金金金金金土日にするみたいな発想だ。どうかしている。

そんなどうかしたイベントが、本日行われたナナラボというわけだ。
こうして、ほとんどが一対一という極めて特異なライブが完成した。
チェリーボーイズはいくら追加手当をもらえば適切なのか、想像もつかない。

ギター、ベース、ドラム、パーカッション、キーボード、サックス、ヴァイオリン、声(ゲスト歌手)などなど、さまざまな奏者が水樹奈々とタイマンを張った。

そのどれもが大変にすばらしかった。
原曲と大きく異なるアプローチで新たな魅力を提示してくれたアレンジもあったし、原曲のイメージを損なわない正統派のアレンジもあった。

会場は水樹奈々の地元・愛媛。
僕は新宿ピカデリーのライブビューイングに参加した。

僕自身、水樹奈々のライブビューイングは2度目である。
かつて台湾での初の海外公演をライブビューイングで鑑賞した。
現地ライブほどではないが、そこそこの臨場感とタイムリー感を楽しんだ記憶がある。

しかし、今回はひとつ大きなちがいがあった。

結論からいこう。
水樹奈々に寄るカメラのカットの割合が、通常よりはるかに少なかったのである。
前回のライブビューイングよりも、ライブブルーレイよりも、だ。

撮影技術に明るくないので、正しい表現かはわからないが、水樹奈々ソロのショットが少なかったといえば伝わるだろうか。

なんで、そんなことになったのだろうか?

くり返すように、今回のライブはタイマン勝負である。
つまり、水樹奈々と演奏者の一対一である。

ここが僕の伝えたいことの確信だ。
だから、ていねいにいい変えよう。

一体一とは、つまり、水樹奈々と演奏者の重要度が半分半分なのである。
50:50なのだ。

もちろん、僕たちは水樹奈々目当てで、ライブに参加している。
しかし、ライブのコンセプトに忠実になるならば、水樹奈々とタイマン相手は原則平等である。
どちらが上とか下とか、どちらが主とか従とかの違いは存在しない。メインもサポートもない。

シマを代表する番長同士がタイマンを張るときに、どちらかにハンディキャップをつけることはないだろう。

正々堂々、真っ向勝負が原則である。
ナナラボもおなじだ。

となると、カメラが切り取る割合はできるかぎり平等へと近づく。
水樹奈々を3秒写せば、演奏者を3秒写す。
そういうことになるはずだ。

とはいえ、実際にはおなじ時間配分というわけではなかった。
しかしながら、いつものライブ映像より、はるかに演奏者に寄るカットが多かったはずだ。
というか、それぞれの手もとに寄りに寄りまくっていた。

顕著な例として、キーボードの大平勉の斜め後ろから手もとを映すアングルが登場した。
ただでさえ、ステージ後方にいるのに、そのさらに後ろから映す。
そんな例は、少なくとも僕の知るかぎりでは、ほかになかった。

話をまとめよう。
ライブビューイングにおける撮影アングルがいつもとはかなりちがっていた。
僕たちは現場にいるオタクとちがい、己の視界と視線を制御できない。
スタッフが見せたいアングルで、見せたいカット割りでライブを鑑賞することになる。

つまり、演者の想定どおり――あけすけに表現すれば、演者の欲望どおり、ライブを鑑賞することを強制されるのだ。

強制という過激な表現を使ったが、しかし、それは一概にわるいことでもない。
なぜなら、いい変えると、それはもっとも楽しむに適したカット割りでライブを観ることができるからだ。

そして、結果的には、
①水樹奈々と演奏者のふたりを映すカット
②水樹奈々を映すカット
③演奏者を映すカット

この三点がぐるぐると切り替わるカット構成であった。
①は水樹奈々を映すというスタンダードなオタク的欲望に従いつつ、コンセプトを重視しようとする映像チームの工夫であろう。

水樹奈々の映像チームか、ライブビューイングジャパンの撮影チームなのかは知らないが、とてもいい仕事をしていたように思う。

そして、これは非常に革命的なことでもある。

すなわち。

水樹奈々のライブでありながら、水樹奈々が主役『ではない』ライブということになるからだ。

ぴんと来ないか?
そうか。ライブの流れに沿って説明しよう。

水樹奈々が主役ではないことは、冒頭の構成にすでに暗示されている。
曲名は割愛するが、1〜4曲目までの構成は以下のとおりだ。

①水樹奈々+ベース・坂本竜太
②水樹奈々+ギター・北島健二
③水樹奈々+ヴァイオリン・門脇大輔
④水樹奈々+ギター・渡辺格

このタイマン勝負4連発が、MCなしで一気に披露される。
ステージの水樹奈々が、プレイヤーを迎え撃つ形である。

客側も個性豊かなアレンジに振りまわされつつ、なんとかついていく。
坂本竜太の演奏なんて、最初聴いたとき、ドリーム・シアターのライブでもはじまったのかと思ったわ。


ひーひーいいながら演奏についていくうち、自然に僕たちはこう思う。

つぎの演奏者は、果たして誰だろう?

お気づきだろうか?
興味が、水樹奈々ではなく、演奏者に向いていることに。

その事実に気づいたとき、というか、自然にそうなるよう誘導されていることに気づいたとき、僕は震えた。

そうか、今回の主役はチェリーボーイズなのか、と。
その意図があるがゆえに、カメラのカット配分もいままでとちがったのだ。

そして、ここで僕たちはライブタイトルに思い至る。

「NANA MUSIC LABORATORY 2019 ~ナナラボ~」

「LABORATORY」とは、直訳すれば、「実験室」である。

そう、音楽の実験室。

となると、水樹奈々はどういう役割を果たすのだろうか?
ここは思い切って、断言しよう。

触媒、である。

言葉の定義を手短に確認する。

【触媒】
それ自身は変化をしないが、他の物質の化学反応のなかだちとなって、反応の速度を速めたり遅らせたりする物質。

小学校の理科実験のとき、二酸化マンガンを使った覚えはないだろうか。それが触媒だ。
覚えていない人は、たぶん理科が苦手だったのだろう。忘れてくれ。

つまり。

それ自体で変化することはなく、ほかの物質の化学変化を助ける物質。

そう主役ではない物質。
主役の補助に徹する物質。
主ではなく、従なる物質。

だんだんと答えが見えてきた。
すなわち、水樹奈々は今回、バイプレイヤーを目指そうとしたのではないか?

もちろん、どこまでいってもは水樹奈々は水樹奈々であり、主役でありヒロインでしかない。
こんなものはすべて僕の妄想である。

ならば、妄想ついでに、もうひとつ憶測を開陳しよう。

すなわち、水樹奈々はひとりのカリスマ歌手ではなく、あくまでサウンドに寄り添うような歌い手を目指しているのではないか?

そういえば、水樹奈々は近年、ほかの歌手とのコラボレーションが格段に上手くなったように思う。
以前は、コラボ相手の歌声を潰してしまいかねない歌唱も目立っていた。

人これを、「稲垣潤一の受難」と呼ぶ。

しかし、今日、ゲスト出演した声優・早見沙織とのコラボレーションでは、そんなことはなかった。

どちらかといえば、細い声質の早見沙織を潰してしまうのでは。
そう危惧したが、杞憂に終わった。

綺麗なハーモニーを奏でていたように思う。
なんなら、水樹奈々さんがちょこちょこ寄り添うように歌っている。
そう見えたのは、これまた僕の妄想だろうか?

いろいろと発見のあったライブでした。

(終わり)

(追記)
テキストにも書いたように、今回はライブビューイングだったので、視界が固定されていた。
それがかえって、目の前の映像に集中することに繋がっていたように思う。このあたり、現場ならどう感じたのか気になるところである。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートありがとうございます! 励みになります!! ツイッターにて更新のお知らせもしております。 フォローいただけますと幸いです。 @crystal7letter

書いてよかった。
25

ななし

オタク長文

水樹奈々やオタク全般についてのまとめです。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。