2020覚書

2020年があと、2週間で終わってしまうんですね。変な年でした。私は生まれてこの方、社会的に良いことがなかった世代なのですが、やっぱりとびぬけて変な年でした。2020。この年の覚書を残さなければいけないな、という思いです。

まず、2月。山に登りました。ヤマノススメに勧められました。そのヤマノススメを勧めた友人と登ったのです。まあそんな大した山ではないんですが。雨女の私でも運良く晴れたのです。長野県なのですが、富士山がくっきり見えて、空は宇宙のように青かったのです。すごくよかった。

3月、志村けんさんが亡くなりました。まさか亡くなると思いませんでしたね、っていうのが言っていいかわからないのですが。この方の死からコロナウイルスというのがどうやら本当に恐ろしいものなのではないかとみんな思い始めたりして。寂しい。特別志村さんに思い入れはなかったのですが、猛烈に寂しさがあったのです。

4月、県外に異動しました。異動が決まっていてですね。せざるを得なかったんです。海がすぐ近く。それでね。こんなご時世に異動したものですから、遊びにも行けず、遊ぶ友達もおらず猛烈に独りぼっちでした。Wi-Fiも無かったから、娯楽がスマホプランのyoutube見放題しかなくてですね。ずっとyoutube見てました。
それで偶然creepy nutsからのおすすめで出たと思われる、ラップバトルにドはまりして延々と見ていたんです。ラッパー同士の因縁とか、それにまつわるビートとか、知り始めるときりがなくて。関係性オタクにはおススメです。
日本語ラップも聴き始めまして。越冬/ICE BARN ずっと聞いてました。 https://www.youtube.com/watch?v=Hi_7ix67GFI

5月、「うちで踊ろう」の曲をずっと打ちこみしていました。
〈寸劇タイム〉「ね、シカはどうしてうちで踊ろうを打ち込むのに一か月も費やしたの?」「面白そうな人だなぁと思って僕から近づいたんだ…それで逃げ出した、恐ろしい人だった…」
いや、逃げてはないです。ちゃんと作りました。
https://www.youtube.com/watch?v=3BxgIdrMv1o

なんせ、星野さんのおしゃれなリズム感がですね。打ち込み殺しでした。本当。打ち込みって「簡単なんでしょ」って思われるかもしれないんですけど、そうじゃないんですよ。変化するテンポを手入力で調節するんですね。そしてね。この曲、1小節の中でもテンポが変化するの。もうね。これを打ち込みでちゃんとテンポキープした職人には頭があがりません。でもね、楽しかった。こんなにアレンジしていてアイデアが湧なんせ、星野さんのおしゃれなリズム感がですね。打ち込み殺しでした。本当。打ち込みって「簡単なんでしょ」って思われるかもしれないんですけど、そうじゃないんですよ。変化するテンポを手入力で調節するんですね。そしてね。この曲、1小節の中でもテンポが変化するの。もうね。これを打ち込みでちゃんとテンポキープした職人には頭があがりません。でもね、楽しかった。こんなにアレンジしていてアイデアが湧いてきて楽しかった曲は初めてでした。「おげんさんと(ほぼ)いっしょ」もありましたね。LUCKYTAPESのうちで踊ろうが取り上げられていて「ウオー!!」と叫びました。「おげんさんと(ほぼ)いっしょ」もありましたね。LUCKYTAPESのうちで踊ろうが取り上げられていて「ウオー!!」と叫びました。 よい。
よい。

6月、全く記憶がないです。creepynutsの配信ライブを見た気がします。あと、お店でパンケーキを食べたのですが、フルーツの付け合わせを頼むとき「パインはいっていますか??(アレルギーなんで)」「入ってないです」というやり取りの後パインが入ったフルーツ盛り合わせが来ました。ちょっと面白かった。
コロナ禍でも、私はエッセンシャルワーカーだったので食うに困ることはありませんでした。むしろボーナスが出ました。感染してもおかしくない状況下で毎日毎日働いていました。本来慌てて買わなくてもいいはずのものも、SNSやテレビに踊らされた人たちがあせって買いに来ていました。それを接客するのがすごく堪えました。そうして金をもらっていたのです。ごめんなさい。すごく自分が卑しい人間のようでした。でも仕事ですし。申し訳ございませんって言ってばっかりでしたね。今年。同業者の皆様。

7月、配信ライブ『Gen Hoshino’s 10th Anniversary Concert “Gratitude”』がありました。このライブで人生観が変わりました。なんていうか「音楽って楽しいんだ!」っていうのを生まれて初めて思ったのです。リアルタイムで音楽が作られているような感じがして。この時から音楽を作るのが本当に楽しくなって狂ったように作ってました。あと、遅れに遅れてMIU404を観ました。これもまた、人生観が変わりました。もうMIU404に関して言えばこっから12月までハマっているので恐ろしい話です。この二つが私の2020の主題でした。何かを作り出すって何だろう、面白いってどういうことだろう、楽しいってどうしてだろう。そういうことをひたすら考えました。今、多少答えが出ました。答えをだすのに金が猛烈に消えました。

8月、お盆がきました。繁忙期です。忙しくて、つらくて、そんな中でも狂ったように曲を作っていました。朝の出勤前まで曲を作って、深夜に帰って曲を作っていました。お盆が明けて、4連休を頂いて、2日目。事故をしました。自損です。救急で運ばれました。そこから1か月入院したのですがまんま「地獄でなぜ悪い」でした。それ以上でもそれ以下でもないのですが、休めるときにほんとに休んでほしい。洗濯機を回して、その間だけ寝てほしい。そういう気持ちです。希死念慮がついて回った人生でしたが、この時本当に死なんて何の脈略もなく突然訪れるんだなと、おもいました。「よく死ななかったね」「よく誰も殺さなかったね」とよく言われました。その通りです。私はあの一瞬で自分や誰かの命を殺す可能性があったのです。その可能性は、人間に等しくあります。病院食が本当においしくて。よかった。看護師さんもリハビリの先生も優しくて。

9月、入院。MIUがおわりましたね......。とんでもないラストでした。すごくないですか、もう。暇を理由に逃げ恥とかも見返しました。逃げ恥、高校生の時に見て「いいですよ、平匡さんとなら」が全然意味わからなくてですね。なんで、平匡が逃げるのかもみくりが追っかけないかもわからなくてですね。本当にバカです。これ2016に放送していた。すごくない?野木先生love

10月、退院。シャバに出ました。実家に帰りました。もう仕事復帰できないかもしれないし、まともな職に就けないかもしれないという焦りから、曲を作り続けてました。狂ったように作っていました。そして猛烈に具合が悪く。病院だと調子よかったんですけどね。家で過ごすとダメでした。

11月、音楽作ってたのですか、生音がほしくてギターを始めました。何年かかるんだって感じですが。絵とか文とかも作るのが楽しくて。

12月、復職しました。本当に職場の人に申し訳ない気持ちでのたうち回っています。

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