傘立てロマンス未遂

傘立てにすごくかわいい傘が刺さっている。白地にピンクの蝶の模様が散りばめられ、さらにピンクのレースで縁取られている。おばさんか美少女か、どちらが持っていてもおかしくないが、私は美少女説を推したい。

他にも二本の傘があるけど、いたって普通。紺と深緑の紳士用の傘。そこから持ち主を想像することは難しい。まあ、きっと素敵なジェントルマンか、哀愁漂う渋いおじ様に違いない。

しかし私が物申したいのは、その傘立てだ。

何この傘立て。全然ときめかない。傘を刺す部分なんて、ただの目の荒い側溝の金網ですよ。骨組みだけの質素な傘立て。受け皿の部分には材質のよくわからないゴムっぽいシートが敷かれています。

傘立てって言わば、傘のお家じゃないですか。こういう公共の場にあるものは、つまりホテル。アンブレラホテルですよ。なのにこの適当さはどういうことですか。ちゃんともてなす気があるのですか。

うらぶれた宿。従業員には覇気がなく、隙間風が冷たい。ロビーで雨の窓を眺める紳士たちはふと、舞い降りるように現れた美女に気づく。

彼女は雨に濡れそぼり、前髪から滴る水滴を拭おうともしない。

紳士たちは何も言わず、雨の窓に視線を戻す。

みんな誰かを待っている。こんな日にこそ必要なその誰かは、どこかで雨宿りをしているのか、屋根の下で別の誰かと温もりを分けあっているのか、彼女と同じように雨に濡れて彷徨っているのか。

いずれにせよ、彼らが忘れ去られた存在であることに変わりはない。

「お父さん」

その声に三人は同時に振り返ったが、立ち上がったのは深緑の外套の男だけ。そして駆け出したのも、二本の傘を抱えた娘を抱きしめたのも、その男だけだった。

残された紳士と美女は視線を交わし、一瞬よぎった親密さを確かめ合うと、また雨の窓を眺めはじめた。来るあてもない誰かを待ちながら。

この宿が、いや、傘立てがもっとちゃんとしていれば、ロマンスが生まれたかもしれないのに。

悔やむ私の目の前で、ゼブラ柄のコートを着た厚化粧のご婦人が、ピンクの傘を抜き取って去っていった。

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