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赤信号のつどい

 火が小さくなってきた。これだけあれば充分だろうとかき集めてきた枝も、そろそろ尽きようとしている。塩田は中央の焚き火に向かって、手元の枝を放り投げた。狙いが定まらず、コンクリートの闇に落ちる。火のはぜる音が、パチパチと恨めしげに鳴る。

 後藤が這い出て手を伸ばし、拾い上げた枝を焚き火に突っ込んだ。片手には缶ビールを持っている。赤くなった顔が炎に照らし出される。

 塩田は空の缶を膝の間で揺らしながら、天を仰いだ。ちょっと街を離れただけで、こんなにも星の数が違うものかと、改めて感嘆する。立ち上る火の粉が星になろうとして届かず、宙に揺らめいて消えてゆく。

「海に行きたいな」

 木村がふとつぶやいた。

「ほら、砂浜を車で走れるところあるじゃん。なんて言ったっけ」

「千里浜なぎさドライブウェイだろ」

 佐藤が即答する。

「ここからだと結構遠い。直通の電車はないから、乗り継いでいかないと」

「いいさ、これからはどこまでも自由にいける」

「そうか、そうだったな」

 佐藤が中指で眼鏡をあげた。木村は遠藤と肩を組んで、星空を見上げている。ここで出会い、恋に落ち、そしていつか砂浜をマイカーでドライブすることを夢見る二人。まだ高校を卒業したばかりの二人の目には、この空はどう映るのだろう。期待か、不安か、瞬いてる星の数はきっと、塩田が見上げるそれよりも多いに違いない。

「縦列駐車ー」

 後藤が四つん這いのまま、ケツを向けて迫ってきた。塩田のつま先を踏むギリギリのところで方向転換して、隣におさまる。

「おーい、それじゃただのバック駐車だろ。お前らそこに直れ」

 直れという大島の一言だけで、塩田と後藤は示し合わせたように、四つん這いで一人分のスペースを空けて並んだ。

 大島が「ピー、ピー」と口ずさみながらはいはいで寄ってくる。目の前に照らされていた後藤のケツが、大島のケツに遮られる。大型車のわりに、見事な縦列駐車だった。

「お前ら二人とも飲酒運転だからな」

 塩田が目の前のケツたちに指摘した。

 夜空に笑い声が弾ける。教習所の実技訓練コース上に照らし出された顔は、どれも笑顔だった。明日からはもう見ることのない顔たち。

「いよいよ明日だな」

「色々あったよな」

「二週間って、長いと思ってたけどあっという間だな」

「合宿免許最短期間だもん、そりゃあっという間でしょ」

「でも、色々あった」

 しんみりとした空気が流れる。各々この二週間に思いを馳せているのだろう。

 沈黙を破ったのは、やはり大島だった。

「ま、明日からもう矢野教官にしごかれなくて済むと思うと、せいせいするわ」

「教官、すぐ怒るからな」

「細かいし、厳しいし、すぐブレーキ踏むし」

「注意一秒、怪我一生って、何度聞いたことか」

 笑いながら焚き火に枝をくべようとした後藤が、あちっと声を上げる。ぱっぱっと腕を払って、ふーふーと息を吹きかけて、飲み残しの缶を患部に押し当てる。

「注意一秒、怪我一生だぞ、後藤」

「さーせん」

 その様子だと火傷は大したことなさそうだ。一生どころか、一晩で完治するだろう。

 一般車の通ることのないコース上で、信号機が黄色く点滅している。月は黄色だと思っていたが、こうして見比べてみると青信号だ。注意しろよ、ちゃんと確認してから進めよ、心配性の二つの月明かりが、赤信号を囲んで戯れる塩田たちを照らしている。いつまでもこうしていたいけど、明日が青空でも曇り空でも、みんなそれぞれの道へ進んでゆく。

 ほとんどかすしか残っていないさきいかをつまみ、塩田はじっくりと噛みしめた。

「こら、お前らそこでなにしてる」

 一斉に声のしたほうを振り返る。

 明かりの消えた教習所を背に、矢野教官が後ろ手を組んで仁王立ちしている。

 さすがにコース上での焚き火はまずかったか。

 矢野教官は一同を見渡すと、後ろに回していた腕を解き、隠していたギターを掲げた。

「俺も混ぜろ」

 わっと歓声が沸く。どうやらまだ夜は終わらないらしい。塩田は手元に残った枝を数え、消えかけた火を勢いよくうちわで扇いだ。

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