17 詐病

(二〇〇六年六月号)

 前回に書いたシンポジウムから二カ月が過ぎた二〇〇六年一月二十二日、麻原裁判弁護団が主催するシンポジウムの第二回が行われた。このときの登壇者は、精神科医の野田正彰、ジャーナリストの大谷昭宏、作家の宮崎学、社会学者の宮台真司、そして(映画監督なのか作家なのかよくわからない)森達也だ。それぞれの発言は『「麻原死刑」でOKか?』(ユビキタ・スタジオ)のタイトルで刊行された。
 五人の発言者のうち、実際に麻原に弁護団の依頼で面会した野田正彰のコメントを以下に引用する。

「私はまず『松本さん』と呼びかけたのですけれど、その前から身体を動かしておりましたから、私の言葉に対してはっきりと反応したとは思えませんけれど、呼びかけの後少し、動作がやや多くなったような印象を持ちました。右肩を一瞬ぴくっと動かして、それから額を搔いたり、右へ首を傾けたり、鼻下を触ったり、それから側頭部を搔いたり、そういった小刻みな動作が続くわけです。それで、腕を組んで、にたっと笑いを浮かべて、そして口をもぐもぐさせて、時に、「うぅ、うぅ、うぅ」などと声を出しています。(中略)意味のある反応ではありません。こちらが何も言わなくともずっとやっていますから。(中略)二十分くらい経過して、私は、まあそれも最初から考えてあったのですが、みんな言葉で麻原を刺激しているから意表を突こうと思っていまして、アクリル板の下をパンパンと叩きました。その時にはですね、ぴくっと左眉を上方に動かしました。それ以外の反応はなく、二十五分を経過した頃には眠っているかのような様子になっていたわけです。(中略)まあ昏迷状態と言っていいだろうと考えました」

 まずは面会時の麻原の様子をこのように描写してから野田は、このままでは死刑判決が確定しかねない状況について、以下のように述べている。

「もちろんそんなことが許されるとは私は思いません。拘禁反応を起こしているわけですから、これまでの臨床経験から言えば、三カ月から長くとも半年のあいだ治療をすれば良くなると思われます。(中略)わかりやすく言えばですね、訴訟中に胃潰瘍が見つかったと。そうしたときに放っておくかということですね。当然内視鏡を入れて出血を止めないといけないですね。そういうことをするべきであるのにもかかわらず、どうも裁判官が意味不明なことを言って頑張っている。そういう状態ではないかと思います」

 このシンポジウムからさらにまた二カ月近くが過ぎた三月十九日、TBS系列で放送された、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝の日本―韓国戦の瞬間最高視聴率が、関東地区で五〇・三%を記録した。まさに日本中が熱狂した一日だった。
 翌三月二十日の読売新聞一面は、「日本、韓国破り決勝へ」との見出しの横に、試合終了の瞬間にハイタッチで喜ぶ日本人選手たちの写真をカラーで大きく紹介している。社会面にも「宿敵・韓国に雪辱」の見出しの下で、サンディエゴのスタンドで頰に日の丸を描いて歓喜するファンたちが紹介されていて、ほぼ同じ大きさの見出しで、「春の嵐 東京で風速33メートル」が横に並んでいる。
 この日からちょうど十一年前である一九九五年の三月二十日、地下鉄サリン事件が勃発した。でも紙面のどこにもその記述はない。読売だけではない。他紙も同じようなものだ。テレビのニュースでもオウムについては、ほとんどの局が触れなかった。
 ある意味で当たり前だ。事件は風化する。記憶は薄くなる。十一年前だ。忘れないほうがどうかしている。周年的な催しや記事は、逆に風化の常態を示している。ならばむしろ、さっぱりとないほうがいい。
 でも同時に思う。WBCの日本―韓国戦のおそらくは百分の一すらも、もう誰もオウムについては興味や関心を持っていない。関心を失うことは当然だとしても、十一年前のあの熱狂や狂騒を思い出せば、この風化の速度はあまりにも激し過ぎる。

 この連載の締め切りは毎月二十日。そして毎月この二十日前後を狙いすましたかのように麻原がらみで何かが起きると、僕は以前に書いた。
 今回もそれは起きた。二月二十日、つまり先月号の原稿をメール添付で編集部に送った直後、麻原彰晃被告には訴訟能力があると結論づけた精神鑑定書を、裁判所に依頼された西山詮精神科医が提出した。その内容や医師の名前について裁判所は非公開にする方針だったが、翌二十一日に二審弁護団が、その鑑定書を公開した。共同通信の配信を以下に引用する。

 20日、東京高裁(須田賢裁判長)に提出されたオウム真理教松本智津夫被告(50)=1審死刑、教祖名麻原彰晃=の鑑定書は「被告は拘禁反応状態にあるが、精神障害の水準にはなく、偽痴呆性の無言状態にある。訴訟を続ける能力は失っていない」と判断した。
 鑑定書は約90ページ。司法精神鑑定の権威の一人とされ、東京都内のクリニックに勤務する西山詮医師が作成した。高裁は今後、この鑑定書を詳しく検討、必要に応じ弁護側と検察側の双方から意見を聴き、1―2カ月以内に松本被告の訴訟能力について判断するとみられる。(後略)

 他の報道によれば、鑑定医が渡した鉛筆を握った麻原はこれをプロペラのように回し、鑑定医が取り戻そうとしても握りしめて離さなかったことなどが、訴訟能力があるとの判断の決め手になったという。
 今回僕は、その西山鑑定書を入手した。その内容を吟味する前に、鑑定をめぐるこれまでの事実関係を、おさらいのつもりで以下に列挙する。

 二〇〇四年二月、一審で死刑判決を受けた麻原被告の控訴審弁護を引き受けた二審弁護団(松井と松下)は、被告とどうしてもコミュニケーションがとれないとして控訴趣意書の提出を断念する。同時に弁護団は、精神鑑定を実施するために公判停止申立書を裁判所に提出するが、これを却下されたため、この年の十月から漸次、独自に精神科医に依頼して鑑定を実施した。ただし正式な鑑定ではないため法的効力はない。
 まずは元北里大学医学部精神科助教授の中島節夫医師。「器質性脳疾患の疑いが濃厚」との見解を示しながら中島は、「詐病の可能性も否定できないが、詐病と判断するにも正式な精神鑑定が必要だ」と主張した。
 二人目の医師の名前や所属は公表されていないが、彼もまた、「拘禁反応によって昏迷状態にある」として、「訴訟能力はない」と結論づけた。
 三人目は筑波大学大学院人間総合科学研究科の中谷陽二教授。彼もやはり、「拘禁反応が慢性化・固定化している」可能性が高いとして、「訴訟能力は欠如している」状態との意見書を提出した。
 四人目は関西学院大学の野田正彰教授。「公判当初は訴訟能力に問題はなかったものの、現在、意志能力があるとは考えられず、一時的ではあろうが訴訟能力はないとみなすべきである」として、「半年内の治療で軽快ないし治癒する可能性が高い」と野田は主張した。
 五人目は金沢大学名誉教授でかつては東京都立松沢病院院長だった秋元波留夫。来年には百歳を迎える現役最長老の精神科医である秋元もまた、被告の訴訟能力については明確にこれを否定した。
 六人目は、かつて東京拘置所の医務部精神科医として勤務し、その後東京医科歯科大学犯罪心理学助教授や上智大学心理学科教授などを務めた小木貞孝(加賀乙彦)。彼もまた、被告は「原始反応性の昏迷状態にあり、はっきりとした拘禁反応の状態を示していて、言語による意思の疎通は不可能であり、訴訟能力はない」とした。
 麻原の現在の精神状態についての見立ては、六人それぞれで微妙に違う。しかし訴訟能力については、全員が明確に「失われている」と結論づけた。
 これが現在までの経緯だ。昨年(二〇〇五年)九月五日に高裁から鑑定を依頼された西山医師は、九月二十六日、十月五日、十二月十二日の三回にわたり、東京拘置所で被告の問診、行動観察、理学的検査を行った。鑑定書には、家族歴と本人歴、現病歴がまずは記述されている。ここまでは資料編だ。その後に現在の症状、説明と考察、鑑定主文が続く。つまり西山自身による接見時の被告の様子と、これについての考察だ。
 A4判用紙で全八十八ページ。膨大な量だ。当然ながら内容はとても専門的だ。一読のうえで気になった箇所を引用する。
 まずは資料編。一九九七年四月二十四日の第三四回公判において、麻原は次のように発言した。

「地下鉄サリン事件は、弟子たちが起こしたものであるとしても、あくまでも、一袋200グラムのなかの10グラムぐらいのものが、10キロに散布されたものであり、本質的には傷害であるということがポイントであると言えます。(中略)で、これは、ディプロマット、検察庁では、これは無罪として認定しています。そして裁判長も無罪として認定しています」

 法廷における麻原のこの発言を引用した後に西山は、

「検察庁も裁判長も無罪を認めているなどという空想作話ないし空想虚言を持ち出して、自説の権威付けをしている。陳述自体がいい加減で、説明全般に真面目さ、真摯さ、深刻さがおよそ欠けている。出鱈目を臆面もなく述べているが、病的思考は認められない」

 と記している。「出鱈目を臆面もなく述べている」と「病的思考は認められない」との連関がまずは不明だ。反転の接続詞「が」の使われる理由が、どこにも記述されていない。話が破綻することは病的思考の症状のひとつだ。これを一刀両断にするならば鑑定の意味はない。
 このときの麻原は、「日本のマスコミはこれ(自分や弟子たちは微罪であるということ=引用者註)を既に放送していたのです。しかし、もう日本がないというのは非常に残念です。これは、したがって十七事件についての麻原彰晃の論証であり、話です。これをエンタープライズのような原子力空母の上で行うということは、非常にうれしいというか、悲しいというか、特別な気持ちで今あります」とも発言している。ハナゾノヨウイチ特別陪審員なる実在しない人物が、発言に登場するのもこのときだ。
 これらのすべてを引用しながら西山は、

「以上は作話、空想作話、空想虚言を取り混ぜた長い話であるが、これらの他に格別思考障害は認められない。被告人の話が時々脈絡を欠いていると見えるのは、空想作話や空想虚言が自在に挿入されているからである」

 と解説している。また別のページでも、この日の証言を取り上げて、

「たわいない理屈をつけて犯罪行為を矮小化する(例‥地下鉄サリン事件の殺人等を傷害に)、弟子に責任があるとして自己の共同謀議を否定する、無罪及び釈放を検察庁や裁判所が認めているというような空想作話ないし空想虚言を事々しく持ち出して、自己の無罪を主張し、補強しようとする。説明は全体に真面目さ、真摯さ、深刻さを欠いており、論理的に破綻しているばかりか、倫理的にも破綻している。最後には、第三次世界大戦が起きて、日本はなく、従って裁判もなく、自由であり、普通に生活できると言うのである。主任弁護人から今日は何日かと聞かれて、1997年1月5日か6日であると答えているが(実際は4月24日=引用者註)、これも時間的見当識障害ではなく作話である」

 と断じている。「倫理的にも破綻している」の指摘は、精神鑑定においては何の意味もないし、そもそも倫理的な考察など求められてもいない。この逸脱は随所にある。例えば「もしも裁判からこうして拘禁反応状態にある人を治癒させるとすれば」と書きながら西山医師は、「被告人を治癒させるだけの実力と時間を持った精神科医がどこにいるかも心配である」などと結んでいる。明らかに余計なお世話だ。他の精神科医たちが指摘するように、環境を変えるだけで拘禁障害は劇的に改善されることが多い。実例は数多くある。治癒させるだけの精神科医がいないなどと書く理由も必要もないし、そもそも事実に反している。
 空想作話、空想虚言なる用語の正確な意味を僕は知らない。文脈からは「自らの免罪を主張するためにありもしない話をでっちあげている」ということを意味しているのだろうが、他の六人の精神科医たちの意見書にはこの用語は使われていない。「空想作話ないし空想虚言を持ち出して、自説の権威付けをしている」と西山は何度も強調するが、「裁判長や検察庁が無罪の認定をすでにしている」と明らかに事実無根の主張をしたり、あるいは(実在しない)ハナゾノヨウイチ特別陪審員の証言を引用することが、「自らが無罪であることの権威付けになるのだ」と本気で被告が思っていると仮定するならば、その極端な飛躍と稚拙さが、すでに普通の意識状態ではないと考えることが当たり前ではないだろうか。

「車椅子に乗ったまま、『ばか』と言葉を発したことや本月16日に弁護人面会後、職員がスリッパを脱がせようとしゃがんだところ、声を出して笑ったこと(職員の動作を見て笑ったものと思料される。)があげられる」

 これらの伝聞を西山は、「日常生活において異常な言動の発現は認められない」とする事例として挙げている。しかしそもそも普通の精神状態にある男が、誰かが目の前でしゃがんだくらいで声を出して笑うだろうか。もしもそんな男が身のまわりにいたならば、それこそ精神科医を訪ねたほうがいいと忠告するほうが普通だろう。また失禁について西山は、

「なお、『失禁』という言葉には既に病的評価が付着している。起こったことを虚心に見れば、それは大小便の垂れ流しである。この行為は必ずしも脳疾患の症状ではなく、又、必ずしも重い心因反応の症状でなければならないものでもない。それはいざとなれば健康な人の誰もができることである」

 などと述べている。「虚心に見れば大小便の垂れ流しである」とはどういうことだろう。虚心の意味がわかっているのだろうか。「いざとなれば健康な人の誰もができること」の記述も含めて、失禁は病的だが垂れ流しは意識的に行えるから病的ではない、という意味なのだろうか。ならば西山医師自身は時おり、失禁はしないが垂れ流しはしているのだろうか。「いざとなればできること」ではあっても、その「いざとなれば」のハードルが際立って低いときに、人は正常な意識状態ではないとみなされるのだ。垂れ流しや失禁の定義など、どうでもいい。この論理を使えば、精神の病など存在しなくなる。
 百歩譲ってこれまでの西山の論に唯一の整合性を見出すのならば、麻原が精神障害を装っている(すなわち詐病である)との認定がなされた場合だろう。つまり恣意的に垂れ流しをしていると西山は言いたいのだ。でも恣意的かどうかの判断は他者にはできない。ならば西山は何をもって、麻原が精神障害を装っていると証明するのだろうか。多くの報道でも紹介された「鉛筆をプロペラのように指で回した」とのエピソードは、鑑定書本文では以下のように記述されている。

「被告人が車椅子に戻って座り、右手を軽く丸める形にして右膝の上に置いていたので、その拇指と人差し指の間に鑑定人が鉛筆を黙って置いたところ、3本の指が微妙に動いて鉛筆を把持し、更には鉛筆の中ほどを3本の指で持って、くるくるとプロペラ様に振ってみせた。(中略)鉛筆を取り戻そうとすると、被告人は右手で強く握って離さない。鑑定人が引っ張ると、被告人はいよいよ硬く握り締める。鑑定人が更に力一杯鉛筆を上方に引くと、被告人は握った右手の上に左手を当て、両手で摑んで離さない。(中略)以上の検査から判明したことは、意志発動が可能で、鉛筆を握って離さないことも、これを離すこともできるということである。逆に言えば、握る能力はあるのに握らないことがあるということである」

 このときの体験を、西山はさらに他のページでこう分析する。

「言いたくないから言わないというのは無言であり、権利の自由な行使であって、疾病でも障害でもない。言いたいのに、疾病のために言うことができないので言わないというのが無言症で、言うことを妨げているのが疾病の症状である。結果現象は同じ『言わない』であるから、これだけからは見分けがつかない。ここで我々の握力検査を想起してみよう。被告人の左右の掌に鑑定人の左右の手指を2本ずつ置き、『力一杯握ってごらん。』と命じても、被告人の手は握らない。これは握りたくないから握らないのか、握れないから握らないのか、このテストだけでは分からない。後で分かったように、被告人は握ることができたのである。つまり、被告人は握力検査の時は、握れるのに握らないでいたのである。意志発動が行われないために外界の刺激に反応しない状態を昏迷と呼ぶのであるが、そのような昏迷は被告人には存在しなかった。つまり、意志と行為との間の転轍障害は存在しないのである」

 この後、平成十六(二〇〇四)年十月二十日、拘置所内での運動の時間に麻原が「大リーグボール3号だ」と口走り、さらに還室を促すために刑務官が彼の手をとったとき「ちょっと離して」と言ったとの記録を引用しながら西山は、

「すなわち平生はものを言わないけれど、ものを言う能力はあり、実際にものを言うことがあるのである。(中略)このような状態は昏迷ではない」

 と断じている。

「食事や入浴は拒否することのない被告人が、弁護団との接見を含む、裁判に関連する事柄に対して、著しく無関心であるように見えることは、関心の対象に明らかな選択性があることを示している。この選択性は首尾一貫しており、このような使い分けは、自由な意思の現れに他ならない。(中略)被告人の精神状態は、詐病の疑いが否定できない」

 最後に鑑定主文として西山は、

1 被告人は、現在、拘禁反応の状態にあるが、拘禁精神病の水準にはなく、偽痴呆症の無言状態にある。
2 被告人はものを言わないが、ものを言う能力が失われたことを示唆する証拠はない。実際にコミュニケーションする能力があることは、さまざまな方法で証明されている。発病直前及び発病初期からあった強力な無罪願望が継続していると考えられ、被告人は訴訟を進めることを望んではいないが、訴訟をする能力を失ってはいない。

 との結論を導き出している。全文を読んだけれど、西山が指摘する「実際にコミュニケーションする能力があることを証明したさまざまな方法」がどこに記述されているのか、僕にはまったくわからない。主文1に使われた「偽痴呆」とは、質問に対して的外れな応答をする場合などが該当する症状だ。つまり(偽ではあっても)言語的な交流ができる状態を示している。ところが西山による三回にわたる鑑定のあいだ、麻原が発した言葉は「痛い」などの四つしかない。これでは言語的な交流などありえない。だからこそ「偽痴呆症の無言状態」という苦し紛れのフレーズにしたのだろうか。でも「偽痴呆症の無言状態」は、「人工添加物入りの天然ジュース」や「三畳一間の広々した居住空間」に等しい。この用語を使う精神科医や学術書もなくはないが、その場合は拘禁神経症より重度の拘禁精神病に近い状態を表すことが一般的だ。ならば文脈はまったく変わる。
 少なくともこれだけは言える。「偽痴呆」という言葉のニュアンスは、精神医学に精通していない一般の人に、「やはり詐病だったのか」と思わせる効果がある。
 そもそも仮に麻原が精神異常を装っているならば、なぜよりによって自らの鑑定中に(鑑定前に西山は、自分が鑑定医であることを本人の前で宣言している)、西山が差し出した鉛筆を力一杯握り締めるという行為に及んだのだろう。さらに言えば、鉛筆を握り締めることが意志の発動を示し、訴訟の当事者となるだけの能力を意味するのならば、乳幼児やアライグマやオランウータンにも訴訟能力があることになる。もう一度引用する。

「食事や入浴は拒否することのない被告人が、弁護団との接見を含む、裁判に関連する事柄に対して、著しく無関心であるように見えることは、関心の対象に明らかな選択性があることを示している」

 この記述については矛盾の域を超えて、とても悪質な詭弁のレベルだ。「拒否することのない」と「無関心であるように見える」二つの状態を、あたかも相反する反応であるかのように西山は書いているが、この二つは相反していない。同じ意識状態の現れだ。「関心の対象に明らかな選択性がある」との断定は、食事の際に自ら箸を手にしたとか入浴の際にいそいそと服を脱いだとか、あるいは家族との面会のときには積極的にコミュニケーションしようとしたということが明らかなときに使うべきレトリックだ。入浴の際に現在の麻原は、刑務官に衣服を脱がされて棒タワシで洗われている。西山がこれを知らなかったとは思えない。

「平成17年4月、接見室で被告人は弁護人が入室する前から陰茎を露出して自慰行為を始めており、弁護人の見ている前で射精に至った。このような自慰行為はその後も接見室で繰り返され、東京拘置所でも5月以降主として房室において頻繁に観察されるようになった。同年8月には面会に来た若い娘達の面前でも行われている。被告人の自慰行為が何(例えば、偽痴呆症のデモンストレーションか、弁護人や家族との決別か、等)を意味するかを確定することは難しいであろう。しかし、意志発動に損傷のないことを示しているのである」

 弁護人の前で、あるいは精神科医の前で、そして面会に来た家族の前で、麻原彰晃が頻繁に自慰行為に及んでいたことは僕も知っていた。この連載十二回でも思わせぶりに書いている。入手したばかりのこの情報を、これ見よがしに書くべきかどうかについての逡巡があったからだ。でもこの鑑定書が公開されたのだから、逡巡する理由はなくなった。
 面会時における麻原の自慰行為は、多くの人が目撃している。演技ではない。射精もしている。このエピソードを引用しながら、「しかし、意志発動に損傷のないことを示しているのである」は、まったくもって意味不明だ。その根拠がどこにも記述されていない。文章として破綻している。「いざとなれば健康な人の誰もができること」だから、「意志発動に損傷はない」との理屈なのだろうか。確かに自慰行為は、健康な男子なら誰でもする。問題は、見知らぬ人や実の娘たちの面前で、これをできるかどうかだ。
 結論ありきの鑑定になるのではとの危惧はあった。でもこれほどに露骨で恣意的な鑑定になるとは予想していなかった。なぜ裁判所は西山に鑑定を依頼したのだろうか。『東奥日報』の社説である「断面」の記述を引用する。

 オウム真理教松本智津夫被告(50)=教祖名麻原彰晃=について、訴訟能力を認める精神鑑定書が二十日、東京高裁に提出された。弁護団の依頼を受けて面会した五人の精神科医はみな訴訟能力を疑問視し、治療を求めたが、鑑定はこれと真っ向から対立する。高裁は裁判継続の姿勢で一貫しており、弁護側関係者からは「結論ありきの鑑定だ」との声も漏れる。
「読んでみなければ何も言えないよ」。午後五時半、東京高裁の第十刑事部で鑑定書を受け取った松本被告の弁護人の一人は、エレベーター内で宙を見詰めたままつぶやいた。
 記者から「予想された結果では?」と問われると「まあねえ」。ため息をつきレインコートのフードをかぶると、冷たい雨の中を足早に裁判所を後にした。
 弁護団は夜になって声明を発表。「極めて非客観的にして恣意的」「結論は明らかに誤り」と鑑定を痛烈に批判した。(中略)
「強力な無罪願望が継続していると考えられる」。松本被告の鑑定書はこう述べ、偽痴呆症の無言状態にあると断じた。鑑定人は西山詮医師。
 西山医師は、一九八〇年代に仙台市で起きた強盗殺人事件で、一、二審死刑となった男の上告審でも鑑定人を務めた。男は上告審段階で、別の鑑定人に「訴訟能力が欠如している」と診断されたこともあったが、西山医師は問題がないと判断。昨年九月に上告棄却となった。
 この訴訟の弁護人を務めた舟木友比古弁護士は「強烈な無罪願望による詐病という鑑定だった。松本被告の鑑定と表現が似ている」と話す。
(二〇〇六年二月二十一日)

 いずれにせよ西山による鑑定書は、裁判所に提出されて正式に受理された。通常なら認められる弁護人の立ち会いも認められなかった。公開の場で西山医師に対しての尋問を弁護団は要求しているが、裁判所は必要ないとしてこれも一蹴している。
 つまり、麻原の現在の挙動は精神障害を装う演技であるとする見解が、裁判所によって正式に認定されたことになる。ならばこのままでは、戦後において最も狂暴凶悪と形容されたオウム事件の主犯とされる麻原の裁判は、ほとんど何も明かされないままに終了する。
 つまり死刑が確定する。

 拘置所に収容されている誰かに手紙を出すとき、部屋のナンバーまで記載する必要はない。拘置所の住所と当人の名前だけで普通は届く。そもそも拘置所は、それぞれの部屋のナンバーを絶対に明かさない。
 でもこの時期の麻原がいた部屋はわかっている。北三舎一階の四四号室。なぜわかっているかといえば、かつてこの北三舎を担当していた衛生夫(拘置されている被告の食事を出したり洗濯物を干したり私物の管理をしたりする受刑者)が、インタビューに応じたからだ。
 インタビューが収録された本のタイトルは『獄中で見た麻原彰晃』(インパクト出版会)。発行は二〇〇六年二月五日。鑑定をめぐって弁護側と裁判所とがいろいろとやりあっている時期の麻原の状態が、ここには克明に記されている。
 この衛生夫によれば、拘置所の部屋は原則的にすべて畳敷きだが、麻原の部屋の畳だけはビニール製で、布団はビニールパイプを中に詰めた特注品であるらしい。なぜなら糞尿がオムツから染み出すからだ。以下に要約しながら引用する。

 彼の布団や服、それから部屋も、とにかく物凄い臭いです。あれを嗅いで、私は「ああ、人間も動物なんだな」と思いましたよ。つまり排泄物で汚れた動物園の檻のような臭いなのです。部屋に便器があるのですが、それは絶対に使わず、垂れ流しです。(中略)布団にしても、服にしても、大便よりも小便の臭いが染みついていますね。上下とも、とにかくびしょびしょなんです。なぜ上も濡れてしまうのか、おそらく寝ている間に小便をして、それで濡れてしまうんだと思います。(中略)
 通常の被告は自分の部屋に自分の食器を置いて、これを食事のたびに外に出して衛生夫が盛り付けをし、それを再び中に入れます。しかし麻原の場合は違います。食事は全て銀色のお盆に食器を並べて供されます。献立はまず朝はアルマイト製の弁当箱に入れられた白米。それから「もっそう」と呼ばれるプラスチック製の小さめの丼に味噌汁、それから梅干、のり玉のふりかけ、納豆、味付け海苔、佃煮、タラコにふりかけなどから二品が組み合わされておかずとして付きます。(中略)おかずは本来皿に盛られるのですが、麻原の場合はそうではありません。皿は使わせず、汁物以外の全てのおかずをご飯の上に盛り付けます。エビフライだろうが、煮物だろうが、梅干だろうが、全てご飯の上です。時々プリンなどのデザートが出ることがありますが、甘いものだろうがお構いなしで全てご飯の上に盛り付けます。(中略)何度か、風邪薬のような、白い粉末状のものを、彼のお茶に混ぜるよう、先生(刑務官のこと=引用者註)に指示されたことがあります。先生は睡眠薬だとか言っていたように思います。(中略)何かの注射を打たれているという噂もありました。彼がたまにどこかに連れていかれることがあるので、その時に打たれているのでは、という話です。
 以前は朝起きるなり、「ショーコーショーコー!」などと叫んでいたこともあったそうですが、今や廃人のように動かず、何も言わず、といった状態で毎日ひっそりと暮らしています。
 彼が着ているのは大体スウェットの上下。黒や灰色、黄色などがあります。私物はありませんから、他の被告が廃棄したものを着ています。夏はTシャツに短パンのこともあります。これらはすべて四三号室に保管されています。冬でもスウェットだけで過ごしています。拘置所の冬というのは、暖房もありませんし、本当に寒いのです。そんななかあのような薄着でいられることも、正常とは思えない部分ですね。着替えは自分でできませんから、先生が服も引っ剝がします。脱がせた服と、使ったオムツは布団と同様に部屋の外に置かれます。(中略)入浴の際も二人の刑務官が彼の体を洗ってやります。トイレ掃除に使うような、棒タワシを使って彼の体を擦るのです。(中略)浴室の後始末をするのが我々の仕事です。その浴室の様子は本当にすごいですよ。タイルは糞だらけだし、棒タワシにも付いています。
 先生が布団を出している間、本来は衛生夫は後ろを向いて待機していなければならないのですが、そのまま見ていることも不可能ではなかった。その際彼は全く一言も発せず、壁に寄りかかって黙って項垂れながら座っているだけでした。二年間あの中にいて、彼が何かを喋っているのを聞いたことは、ただの一度もありませんでした。
 とにかく彼は被告が本来持つべき権利をほとんど有していないのです。午後、衛生夫は、それぞれの被告に持ち込まれたお菓子や本などの差し入れが集められたところに行き、そこから房に配りに行きます。その際、麻原には一切差し入れは入りません。それは差し入れる人が全くいないのではなく、拘置所が止めているからです。
 私も刑務官に、「やっぱりいかれてるんですかねえ? どうなんすか、本当のところは」なんて聞いたことがあります。先生は「もういかれてんだろ。人間諦めるとああなっちゃうんだよな」と言っていました。「もう終わってるから。どうせ死ぬんだからいいだろ」とか。

 二〇〇六年三月二日、埼玉県の春日部共栄中学が、試験に合格した麻原彰晃の次男の入学を拒絶したことが報道された。学校側は代理人の弁護士に対し、「払い込まれた入学金を返却するから口座番号を知らせるように」との通知と合わせて、「学校敷地内への次男の立ち入りを禁ずる」とも通告してきたという。
 今のところ、春日部共栄中学のこの措置に対して、問題視する世論はほとんどない。そして教育機関に義務教育すら拒絶される彼らの父親である男は、精神が崩壊したまま、門外漢のこの僕にすら不備や破綻をいくらでも指摘できる鑑定書を根拠に、今まさに死刑が確定しようとしている。
 西山医師が高裁に鑑定書を提出してから十九日後の三月十一日、千代田区内の弘済会館で行われた三回目のシンポジウムに、弁護団の依頼で麻原に面会した秋元波留夫精神科医が登壇し、西山鑑定を「科学者のとるべき態度ではない」として強く批判した。
 日本における精神医学会の最長老である秋元波留夫にとって西山は、かつての教え子でもある。だからこそ秋元は大きな衝撃を受けたらしく、傍目にも明らかなくらいに悲嘆していたという。二〇〇七年四月、秋元は逝去した。享年一〇一。彼にとっては最後の心残りだろう。

「もしも裁判所が西山鑑定を追認して一審の死刑判決が確定した場合、コメントをいただけますか」
 つい三日前、共同通信社会部の澤康臣から、そんな電話があった。「それはもちろんコメントするけれど……」そう答えながら僕は訊いた。
「裁判所はあの鑑定を追認する可能性が高いのですか」
 僕のこの質問に、澤は少しだけ間を置いてから、吐息混じりに小声で答える。
「……その可能性が高いようです」
「時期は?」
「早ければ今月末」

 二〇〇四年の二月二十七日、東京地裁一〇四号大法廷で、僕は麻原彰晃の一審判決公判を傍聴した。そのときに傍聴の抽選券を取ってくれたのが澤康臣だ。傍聴を終えた僕は、その足で汐留にある共同通信社に移動して、同社から各メディアに配信される短い原稿を書いた。いわばこの連載の原型だ。すべてはここから始まった。以下にそのときの原稿を引用する。

 空疎で奇妙な時間だった。東京地方裁判所104号法廷。傍聴人やメディア、弁護団や検察官、裁判官や廷吏も含め、被告席に座る男が普通の判断能力を保っていると信じている人は、おそらく半分もいないだろう。
 でも裁判は粛々と進む。最後に屈強な男たちに無理やりに立たせられた男は、判決主文の朗読のあいだも、まったく反応を示さない。
 彼の実体はここにはない。ならばこの裁判の意味は何だろう? でも誰もそれには触れない。口にすることは暗黙のタブーに触れるかのように。
 精神鑑定という当たり前の手続きさえできないこの状況は、何を表しているのだろう。自作の映画『A』や『A2』を観た人のほとんどは、信者たちが普通であることに驚いたと口を揃える。ならば次に、これほど普通な彼らが、なぜあれほどに凶悪な事件を起こしたのかを考えてほしい。
 狂暴な集団だから凶悪な事件を起こしたと考えるほうが確かに楽だ。でも現実は違う。世界を豊かにするのが人の善意や優しさなら、世界を壊すのもまた、人の善意や優しさなのだ。人の営みはそのくりかえしであることを、最近僕はつくづく実感する。
 地下鉄サリン事件をきっかけに増殖した危機管理意識を背景に、日本社会は正義と悪の二元論に埋没した。この姿はそのまま、正義に陶酔し報復感情に煽られる9・11後のアメリカに重複する。でもアメリカを批判できても、日本社会は自分たちが同じ構造に囚われていることに気づかない。
 究極の危機管理は仮想敵への先制攻撃だ。過剰な免疫システムは、異物を排除する過程で、いつかは自らも破壊する。
 つまり僕たちは、オウムを憎むことで少しずつオウム化しつつある。被害妄想と正義の幻想に囚われた共同体は、内部結束を強めながら自分たちにとっての「悪」を攻撃する。でも危機意識は決して充足しない。エスカレートするばかりだ。
 麻原の法廷は、この悪循環を断ち切ることができる大きな機会だった。でもそれも、何の成果も残さないまま、今日終わった。
 善良なオウムがなぜ地下鉄にサリンを撒いたのか、僕はある程度の仮説に辿りついた。でも伝えたり伝えられたりすることじゃない。一人ひとりが考えることだ。決して難しい理屈じゃない。誰もが想像できるはずだ。
 なぜならこの理由は、僕たち一人ひとりの胸のうちにあるのだから。

 あらためて読み返すと、「麻原の法廷は、(中略)何の成果も残さないまま、今日終わった」式の記述をはじめとして、相当にメランコリックで感傷過多の文章だ。でもこのときはこう書かずにはいられなかった。ほぼ廃人のような麻原彰晃を目撃すると同時に、そんな彼を被告席に座らせながら法廷がこれまで続いてきたことを知った直後であるこのとき、共同通信社の小さな会議室でパソコンのキーボードを打ちながら、僕は激しく混乱していたし虚脱もしていた。整理ができなかった。無理やりに原稿を書いていた。このときは「被告席に座る男が普通の判断能力を保っていると信じている人は、おそらく半分もいないだろう」と書いたけれど、それがとても楽観的な事態認識であったことは後で知る。
 締め切りの時間ぎりぎりに、ようやく書き終えた原稿を渡しながら、「澤さんはどう思う?」と僕は訊いた。
「どうって言いますと?」
「本当にそう思っているかどうかはともかくとして、ほとんどの人は彼の今の状態を詐病だと見なしているようだけど、澤さんの意見は?」
 少し間が空いた。時間にすれば数秒。それから澤はつぶやいた。
「……僕にはそうは思えません」
 視線は足元の床に据えられていた。とても辛そうな表情だった。

A3 目次

『A3』無料公開にあたって
プロローグ
1 傍聴
2 封印
3 面会
4 弁明
5 弁護
6 故郷
7 真宗
8 記憶
9 拒否
10 手紙
11 暴走
12 鑑定
13 信仰
14 鏡像
15 集会
16 父親
17 詐病
18 棄却
19 姉妹
20 船橋
21 刑事
22 迷路
23 孤立
24 死刑
25 視力
26 抗議
27 試練
28 生殺
29 統制
30 独房
31 受容
32 特異
エピローグ
文庫のための新章 残像
参考文献・年譜・オウム真理教組織図
解説

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森達也(映画監督・作家)

‘98年にドキュメンタリー映画『A』を公開。ベルリン国際映画祭などに正式招待される。2001年、『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年に『A3』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2016年、映画『Fake』を発表。

『A3』

2012年に集英社文庫から出版された『A3』(上・下)を全文公開します。
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