文庫のための新章 残像

(文庫版書き下ろし)

「『A3』について言えば、まったく売れなかったんです。話題にもならない」
 僕は言った。横に座る担当編集の高田功が、ちょっと困ったような表情で首を傾げながら、「いや、あの、決してそんなことはないです」とあわてて言う。
 テーブルを挟んで対面の椅子に座る早坂武禮と深山織枝も、やっぱり少しだけ困惑したような表情で微笑んでいる。どうやら冗談と思われたようだ。でも冗談のつもりはない。もっと売れるべき本だと思っていた。話題になると思っていた。だから刊行から現在に至るまで、ずっと(ある意味で)茫然としている。
 連載中に僕は、藤原新也が上梓したばかりの自著『黄泉の犬』について、「この本はあらゆるマスコミから無視されている」「歴史の闇に葬られて行くのであろう」などと自らブログに書いていたことに触れながら、藤原が提示したその理由について、全面的に同意はしないと書いた。決して避けられているのではなく、社会がオウムや麻原に対して積極的な関心を持たなくなっただけなのだとも書いた。
 でも刊行後しばらくが過ぎてから、その記述を撤回しなくてはならないと思い始めた。確かに避けられている。その実感は僕も持った。刊行から一年が過ぎる頃にノンフィクションの賞を受賞したけれど、その後も状況は変わらなかった。初めて会う人に「『A3』は読んでくれていますか」と、ほぼ必ず訊くようになったのはその頃だ。ほとんどの人は少しだけ困惑しながら、「ああ、まだ読んでいません」とか「『A2』で終わりじゃなかったのですか」などと答える。そのたびに僕は、あからさまに不満そうな顔をしていたはずだ。ずいぶん傲慢な男だと思われたかもしれない。たしなみがなさ過ぎると感じた人もいるかもしれない。それはわかっている。わかっているけれど「読んでください。最初の数ページだけでもいいから。きっと止まらなくなるはずです」と僕は言い続けた。
 連載が終わってから書籍の担当となった高田は、ずっと僕の愚痴を聞かされている。だからこそ刊行から二年という異例な早さで、文庫化することが決定した。「やっぱり僕も、少しでも多くの人にこの本を読んでほしいと思いますから」文庫化を決めたとの連絡をしてきたとき、電話口で高田は言った。「それに麻原が処刑されてしまったら、この本の意味は変わってしまうかもしれません。その前にできるかぎりのことはします」
 高田の言葉は素直にありがたい。でも補足するけれど、本が社会に大きな影響を与えることなど、実のところはほとんどないと僕は思っている。確かに時おり、社会に影響を与えるかのような現象が起きる。例えばハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストウが書いた『アンクル・トムの小屋』は、当時のアメリカで大きな話題になり、南北戦争のきっかけになったとされている。でもこの本そのものが、奴隷解放運動を牽引したわけではない。読み終えた誰かが本を膝の上に起き、このままではいけないと考えたのだ。こうして社会は変わる。つまり(当たり前のことだけど)、読んでもらえないことには意味がない。貴重な地球資源を浪費する紙の束だ。速やかに断裁して資源を再利用したほうがいい。
 念を押すけれど、『A3』は最終的に四回版を重ねた。今のノンフィクション市場を考えれば、決して「売れなかった」わけではない。僕の思いが強すぎるのだ。その自覚はある。その自覚はあるけれど、やはりどうしても悔しい。
 そんなことを悶々と考えていた二〇一二年五月、オウムをテーマにしたNHKスペシャル『未解決事件 File.02』が放送された。前編と後編で合わせて四時間近い特別枠の番組は、ドラマ・パートとドキュメンタリー・パートに分けられている。ドラマ・パートのストーリーは、NHK社会部の記者とオウムを脱会した二人の元信者が交流を続けながら、なぜオウムが暴走したかを、それぞれの立場から考察するという展開だ。いわゆる実録ドラマであり、麻原以下多くの幹部たちは実名で登場する。そして今僕の目の前に座る早坂と深山は、ドラマ・パートの主軸となる元信者のモデルとなった二人だ。
 元オウムの広報局長で自治省次官だった早坂武禮が書いた『オウムはなぜ暴走したか。』については、『A3』においても何度も言及した。その早川のパートナーである深山織枝(ドラマ化の際にNHKが彼女に与えた役名だが、彼女の希望でこのインタビューもこの名前で統一する)は、九〇年の衆院選挙の際には真理党から擁立された二十五人の候補者の一人として名を連ねた古参信者だ。
『未解決事件 File.02』のドキュメンタリー・パートのディレクターである小口拓朗とは、以前から付き合いがあった。ドキュメンタリー監督の佐藤真が自死してから数カ月後、彼のドキュメンタリーを作りたいと考えていると相談を受けた。でもなかなか企画が通らない。だから小口は悩んでいた。苦悶していた。結局、その企画は陽の目を見なかった。
 その小口から、『未解決事件 File.02』としてオウムを取りあげることが決定したとの連絡があったのは二〇一一年八月。その時点で彼は『A3』を読んでいる。麻原についての新しい視点を提示してくれるのだろうかと期待した。多少の助言はした。でもあくまでも多少だ。番組の放送直前、小口からメールが来た。やっぱり悩んでいた。苦悶していた。特に麻原については新しい視点を提示しようとする小口に対して、制作現場で相当の摩擦が働いていたようだ。
 小口が悩みながら番組を制作していたこの頃は、いよいよ麻原処刑が秒読みに入ったらしいとの噂を、メディア関係者から頻繁に聞くようになった時期でもある。死刑が確定した信者十三人を一気に処刑するとの噂もあった。でも二〇一一年十二月三十一日、特別手配犯の平田信が丸の内警察署に出頭し、さらに番組放送直後の二〇一二年六月三日には、神奈川県相模原市内の潜伏先で菊地直子が、そして六月十五日には最後の特別指名手配犯である高橋克也が、大田区西蒲田で逮捕された。特に高橋逮捕の際には、警察は一般市民へ情報提供を呼びかけながら防犯カメラの映像などを公開し、メディアは連日これをトップニュースで伝え、とても大きな騒動になった。
 ちょうどこの時期に、村井刺殺事件の実行犯として刑期を終えて出所していた徐裕行に、雑誌の座談会企画で会った。なぜ村井幹部を刺したのかと質問する僕に、「テレビを見ていて義憤に燃えて、こいつら許せないと思って現場へ行って、チャンスをうかがっているうちに村井が前に来たから刺しちゃったんです」と徐は説明した。もちろん、本人がそう説明したからそうだなどと短絡するつもりはない。でもこのときの徐の口調や態度には、ウソやごまかしの気配はなかったと思う。そもそも噓やごまかしの要素があるならば、こんな座談会にのこのこ現れないはずだ。座談会が終わってから、徐とは同じタクシーで新宿方面に向かった。僕はもう一度、裏には何もないのかと訊いた。何もありませんと徐は答えた。北朝鮮との関係も明確に否定した。事件後に報道で知って自分も驚いたという。自らのブログも頻繁に更新して、私生活や写真を積極的に公開している。少なくとも闇を抱えた男の行為ではない。完全に疑惑が払拭されたとは思っていないけれど、でも現状において村井刺殺事件の闇については、やはり謀略史観的な見方だったのだろうと考えている。

『未解決事件 File.02』が放送された翌月、NHK局内でたまたま会った小口に、ドラマ・パートのモデルとなった二人の元信者に会えないかと僕は相談し、小口は「お二人も会いたがっています」と返答した。ならば『A3』文庫本に収録することを前提としたインタビューの形で会えないかと僕はさらに提案し、二人はこれを承諾した。
 日時は九月二十四日。小口とともに現れた早坂と深山に、まずは集英社の会議室でインタビューを行い、そのあとに近くの中華料理店で夕食をとりながら、さらに二時間近く話を聞いた。
 それから二カ月近くが過ぎた。高田から送られてきた膨大なテープ起こしのデータを何度も読み返しながら、いろいろ考えたすえに、この追加章は座談会形式で書くことに決めた。そのほうが雰囲気を再現できる。好きな記号ではないが(笑)なども含めて、なるべくそのままを(もちろん書くまでもないが、修正や加工や取捨選択はしている)再現する。
 深山と早坂は九五年にオウムを脱会した。時期としては、麻原が逮捕されてから一カ月ほどが過ぎた頃だ。まずはその時代の話からインタビューは始まった。

深山 ホントは(オウムから)出るつもりはなくって、でも何となく戻りそこなって、そのまま教団とは音信不通になってしまっています。
早坂 僕も彼女も、この教団は絶対いやだっていう感じじゃなかったことは確かです。僕について言えば、教祖がいなくなってしまって、このままでは本当の暴走が始まってしまうと感じていました。麻原教祖を慕って、あの人をグルと認めて、その指導を受けたくて出家したわけです。オウム真理教という団体に対しての忠誠心とかはほとんどない。だから、教祖がいなくなったところに何で縛られなきゃならないんだろうなって。逮捕以前ならば、いろんな人がいろんな指示をする中で、あまりにもおかしいと思うときには麻原さんに直接電話をして、確認して修正してもらうってことが可能だったんです。でもいなくなったらどうやって修正したらいいんだろうっていう感じもあったし、例えば仲の悪い正大師が二人いて、それぞれ互いの通達を間違いだと通達で言い合ったりとか……。
 つまり、麻原がいるあいだであれば、指示に対して納得できないときは直接麻原に電話で確認できたけれども、逮捕されてしまえばそれもできないし、組織が暴走しかけているから一時退避しようという感じですか。
早坂 そんな感覚に近いですね。僕は一連の事件の頃はロシアにいました。その前は自治省次官。その前は東京本部で、肩書で言えば本部長でした。
 つまり青山本部のトップ?
早坂 表向きは。井上(嘉浩)さんが外れたので、その代わりにおまえがやれって。
 井上さんはなぜ外されたのですか?
早坂 諜報省に専念させるということだったと思います。彼は東京本部長っていう名前と権力にこだわっていたようなので、そこで多少のいじめがあったのかもしれない。
 いじめってつまり……。
早坂 井上さんへのマハームドラーです。その人の煩悩を引き出す技法です。

 ここで僕は、「単刀直入に訊きますけれど」と前置きしてから、「今の麻原への思いを教えてください」と言った。早坂と深山は顔を見合わせた。どこまでを言うべきなのだろうとの表情だ。

早坂 難しいですね。もう十数年会ってもいないから、判断ができないんです。まあたくさん教わってきたことは今でも役立っているので、そういう意味ではグルだと思ってますけれど。

 少し間が空いた。ならば彼は今もあなたのグルなのですかと確認したいところだけど、二人の硬い表情を見ながら、その質問はもう少し打ち解けてからのほうがいいだろうと僕は考えた。雑談のつもりで自分たちがモデルとなった番組の感想について訊ねれば、「心の中の葛藤なのに、それを全部(わかりやすい)アクションにされちゃって」と深山が言う。ドラマ・パートで深山が独房修行するとき、恐怖で狂ったように部屋の壁を叩くシーンへの指摘だった。

深山 (独房の)壁は石膏ボードなんです。実際にあんなふうに叩いたら簡単に割れます(笑)。そういえばあのときは麻原さんから(室内に)電話があって、壁を壊したくなるって言ったら、壊していいよって。でも右は杉浦実さん(幹部)で左は在家信徒さんだから、壊すなら杉浦さんのほうを壊しなさいねって。
 
 小口はじっと俯いている。おそらく彼はこのエピソードを、二人から何度も聞いているのだろう。想像だけど小口はこのシーンを、ドラマに入れたいと考えたはずだ。でも結局は採用されなかった。理由も想像がつく。悪の権化としての麻原のイメージが拡散するからだ(実際にドラマ・パートのこのあたりから、麻原は冷酷無情な男として描かれ始めていた)。
 そろそろ助走を終えなくては。僕は早坂に視線を向けた。

 麻原への思いについて、具体的なエピソードはありますか?
早坂 これは書くんですよね?
 書きます。
早坂 うーん。
 書かれて困ることであれば、そう言ってください。基本的には書くことを前提に質問しています。
早坂 ……麻原さんが海外に行くとき、そのほとんどに僕は同行しています。ずっと傍にいました。何かを僕に見せていたという気がします。たわいもない会話ですが、いろいろ声をかけてもらったと思っています。(彼は)相手に合わせて話します。僕に対しては、……何か匂わせるような話かなあ、やっぱり。
 何を匂わせるのですか?
早坂 これから自分がやろうとしていることを。
 これからやろうとしているサリン事件とか?
早坂 そう考えてもらっていいです。九四年くらい、あれは東京本部にいたときかな。キューバでは二百人くらいで革命が起きたみたいな話を、僕を呼んで耳もとでいきなり言う。ぼそぼそって。いきなり言うから、(前後が)まったく繫がらないんですよ。それと九三年の十一月くらいにも、第二サティアンの麻原さんの瞑想部屋に呼ばれて、こんな兵器を開発することを考えている、みたいな話を聞いています。
 具体的にどんな兵器ですか?
早坂 一瞬にして周りを凍らせるとか。
 村井さんと二人で作り上げた脳内妄想みたいな兵器ですね。
早坂 そんな話をしながら、最後には「グルの頭の中は真っ暗闇だろう?」って言うんです。
深山 それ、よく言ってました。私が出家したばかりの八七年くらいは、(世田谷区)上町の一軒家で、麻原さんと一緒にみんなでいつもたわいもない話をしていました。でも時おり、「みんなは純粋だからな」みたいな感じで言いながら、「暗いのは私の頭の中だけだ」って。そういうふうに言われても、みんなシーンとなっちゃうだけで……。
 その時代に兵器製造とかを考えていたということ?
深山 兵器製造というか、世の中を変えるということを考えていたのじゃないかな。これは今思うと、ですよ。私は前世ではステージが高かったのに、ある生で失敗したっていつも(麻原から)言われていました。だからあるとき、「私は前世で何を失敗したんですか?」って訊いたんです。しばらく言葉を探すような感じで、それから「人を殺す恐怖に耐えられなかったんだよ」って言われました。でもやっぱり何のことかわからないので、そこで会話は終わるんですけど。
 そこで黙り込んじゃうと、麻原もそれ以上は言ってこない?
深山 言わないです。おそらく早川さんや村井さんとかはそこで返すから、そこから話が始まったのかもしれないなと思います。
 もう一度訊きます。今の麻原に対する思いを教えてください。
早坂 ……どこかで封印しているところがあって、気持ちを表せなくなってるというか、あまり考えなくなっている感じですね。
 封印するからには理由があるんですよね。
早坂 もうずっと会ってないし。……その意味で『A3』は、できれば読みたくない内容だったかもしれない。
 人って普通、十年以上会ってない人のことを封印なんかしませんよ。何か理由があるから封印するわけですよね。
早坂 あんまり考えなくなったっていうことですよ(笑)。
 
 微笑みながらも早坂の表情は冴えない。やはり話したくはないようだ。この話題についてこれ以上は無理かなと思いかけたとき、じっとテーブルの一点を見つめていた深山が、少しだけ思いつめたような表情で、視線を僕に向けた。

深山 ……こう言うと不謹慎と思われることはわかっているけれど、やっぱりグルはグルですね。今も夢に出てくるし、夢の中でいろいろと教えてもらうというのはやっぱりあるので、それは変わっていないような気がします。

 そう言ってから深山は、二〇一一年三月の夜に夢に現れた麻原が、海岸沿いの日本地図を指でしきりに示していたと説明した。

深山 そのときはどこの地方かわからない、とにかく海岸線沿いの間際のところなんですけど、(麻原は)ものすごくしんみりっていうか深刻な表情で。そこで目が覚めて、すごく怖くて、ものすごく怖くてドキドキドキドキしていて。だから小菅に行ってくるって言ったら、(早坂が)「じゃあ送るよ」って。
早坂 一緒に行きました。
深山 面会はできないから(拘置所の)周りをぐるぐる回りながら、いったいどういうことだったんですかって何度も訊いて。でも回っているうちに気持ちが落ちついてきたから、その日はいったん家に帰って。
早坂 ……その翌日です。地震と津波が起きました。

 座は少し沈黙した。僕も言葉はない。もちろんこのエピソードをもって、実際に麻原が夢に現れて予言したとは僕は思わない。どう考えても偶然だ。あるいは深山自身に予知する力があって(その前提もまたオカルト的ではあるけれど)、それが麻原というシンボルで現れたとの解釈もできる。「他に夢に現れたというエピソードはありますか」と訊ねれば、「三、四年前だったかな。寝る前にマハームドラーの意味がわからなくなってきたんです」と深山は答える。

深山 考えれば考えるほどわからなくなってきて、いったいマハームドラーって何だったんだろうって思いながら眠りについて。そうしたら明け方くらいに、マハームドラーとは、って、くりかえし何回も何回も(麻原の声が)聞こえてくるんです。あんまり何回も聞こえてくるんで目が覚めて、無理やり体を動かして、とにかく言葉だけはメモして。そのまままた眠ってしまって、あとで起きてから見ると、ちゃんとした文章になっていました。

 何て書いてありました?
深山 今日はメモを持ってきていないので。要するにマハームドラーっていうのは、グルが弟子に対して空を悟らせるために信者に与えるものであって、空即是色・色即是空……あと何だったかな。とにかくちゃんと文章になっていたんです。
早坂 メモあるよ。メール送ってきたじゃない。

 そう言いながら早坂は、携帯の受信履歴に残された文章を、声に出して読みあげる。

早坂 マハームドラーとは空を悟るためにグルから弟子へと与えられていく技法。この世のすべては心の表れであり、実体がない。色即是空・空即是色。これらはすべて空のことである。
 
 うーんと僕は唸る。これはマハームドラーというよりも、色即是空・空即是色を説明するためのフレーズだ。それに決して目新しい解釈ではない。

 普通に解釈すれば、織枝さんの意識下にマハームドラーの定義の刷り込みがあって、表層意識の中でわからなくなっているときに、夢のなかで潜在意識が麻原の形を借りて現れたということになりますよ。
早坂 でもマハームドラーに関しては、彼女も僕もほとんど知識はないと思います。他の仏教的な教えならば用語の意味なども含めて教えてくれていたのだけど、こういうちょっとヴァジラヤーナ的でタントラ的なことについては、少なくともマハームドラーに関しては、はっきりとした説明を(麻原は)していなかったと思います。
深山 夢のあとにマハームドラーについては、私なりにですけど、弟子が持っている煩悩をわざわざ引き出して、それはいじめだけに限らずに、例えば(異性に執着が強い弟子に対しては)逆に異性をくっつけて、「それはおまえの煩悩だ」って罠を仕掛けるような感じだと理解できました。
 ならば一連の事件について、二人は今、どう思っているんですか?
深山 輪廻転生というものを本気で信じていたとするならば、死はただの通過点にしか過ぎなくなります。もちろんもしも輪廻転生がなければ、生命を奪うなんて本当にとんでもないことです。でもただの通過点であるならば、今よりもいい状態にしてくれるっていうのは、正当化される可能性が出てくるわけです。……でも私がそれをできるかって言ったら、絶対できないわけですけれど。
 要約します。つまり深山さんはあの事件については、麻原が社会に仕掛けたマハームドラーの可能性があると考えているということですか。

 二人は答えない。でも否定もしない。だから僕は言った。もちろん二人のこの仮説は、麻原の心の中の推測から始まっている。しかも輪廻転生を肯定することが大前提になっている。決して二人自身がそう思っているということではない。でもその帰結として、無差別大量殺人事件を認めることになってしまう。ならばそれには抗いたい。オウムについては多数派的な見方をしたくはないが、僕はまだこの社会の一員だ。この一線だけは譲るわけにはゆかない。

 でも僕から見ると、オウム以降にこの社会は、どんどん悪くなっていますよ。何ひとついいことないじゃないですか。
深山 もちろん企てが失敗した可能性も否定できないです。でもマハームドラーの最中って、ちょうどこんな混乱状態になるんですよね。……でもこんなことを一般の方に、それもマハームドラーを知らない人に対して言ったら、怒られて当たり前だとは思います。
 あくまでも麻原が何を考えていたかという仮説の話です。でも仮にマハームドラーだとしたら、社会がそのことに気づかないと意味がないですよね。試されていたと気づくことで、やっと違うステージに行けるわけですから。
深山 そうなんです。意味がないんです。
早坂 ……一連の事件が麻原彰晃という人がやったマハームドラーだと僕は思いたくないけれど、事件後に世の中の反応が非常にヒステリックになったことは確かですよね。法に則って粛々と裁判をやって、事実関係もできるかぎり明らかにして、そのうえで正常な状態の麻原に死刑判決を下すべきでした。でも結果として(この社会は)、まるで子供のような対応になってしまった。もしも社会が冷静に事件後のオウムに対応していれば、これは麻原彰晃の負けなんですよね、マハームドラーがマハームドラーにならないのだから。だけど世の中がヒステリックになればなるほど、マハームドラーになってしまう。オウム的な論理が成り立ってしまう……。

 語尾が不明瞭に溶ける。僕は質問の角度を変える。

 『A3』に関する感想だけど、一、つまんなかった、二、読むと吐き気すらした、三、おもしろかった、どれでしょう。
早坂 二と三の間かな。
 読むと吐き気がするほどおもしろかった?
早坂 読むと吐き気がするけど、興味深かった。見ようとしなかったものをえぐり出してくれて、それによってさっき言ったような気づきみたいなものもいっぱいあったし。そういう意味ではおもしろかったんじゃないかな。
 側近たちが何人も登場するけれど、彼らの印象についてはどうですか?
深山 私は林泰男さんとはほとんど話したことがなくて、……避けられてたのかもしれないけれど(笑)、でも彼の悪口を言う人はいませんね。
早坂 村井さんはね、しょうがないですよね。
深山 村井さんは、……朝の(NHKの)連ドラの『梅ちゃん先生』に出てくる、……松岡だったっけ? 留学したお医者さん。あの感じが一番近いと思う。
早坂 確かに。
 僕はそれ見てないけど……。
深山 すごく優秀な人で、ちょっと(梅ちゃん先生と)恋愛っぽくなるんです。でも世間の感覚からはかなりずれている人で、つい最近(の放送回)ではアメリカ留学から戻ってきて、雷おこしをお土産に持ってくるんですよね。普通はアメリカに行ったらアメリカのお土産を持ってくるじゃないですか。でも松岡さんは日本に着いてから雷おこしを買ってくる。恋愛という感覚も分析する。でもまったく悪気がない。そういうところは本当によく(村井さんと)似ています、すべて分析する。でも話しながら不快な感じはまったくなくて。
 具体的なエピソードはありますか。
深山 選挙のとき、麻原さんが髭を全部剃ったんです。ポスターの写真を撮るために。それで在家の信徒さんにアンケートをとったら、ムーミンみたいって意見がけっこう多かった(笑)。麻原さんはムーミンなんか知らないから「ムーミンってなんだ」って訊いたら岡崎さんが、「カバのオバケです」って一言(笑)。麻原さんはあとで「カバのオバケって五回言われた」って言ってましたけれど。それに対して村井さんが、失礼だって怒るのかと思ったら、冷静に「あれは二本足で立っているからカバではありません」って。
 でも、まず「カバのオバケです」って言った岡崎さんも、相当ずれてますよね。
深山 そうそう(笑)。そうなんですよ。
 井上嘉浩さんについては?

 僕は訊いた。井上には面会していない。でも彼についての二人の印象を聞きたかった。特に『A3』刊行後、ずっと思っていることがある。それを確かめたいと思っていた。

 法廷で彼の証言は二転三転しています。特に初期の頃は、自己保身の要素がとても強かった。だから面会した林さんも早川さんも新実さんも中川さんも、「どうしてあんなウソをつくのだろう」と思っていたようです。そのあたり、うなずける部分ありますか?
深山 それは私も同じように思っています。
早坂 うなずけます。彼が正直にしゃべったら、もう少し真相がわかるかもしれない。
 言ってないことがある?
早坂 言ってないし、人のせいにしていることもあるんじゃないかな。
深山 麻原さんは井上さんのことを、グルをも騙すアーナンダってよくおっしゃってましたね。
早坂 でも井上さんに対しては𠮟らない。誉めないとダメ。持ちあげることで頑張るタイプなんです。

 九六年九月、検察側証人として井上嘉浩は麻原法廷に出廷した。彼が証言したリムジン謀議について弁護団が反対尋問を行おうとしたとき、「井上証人は偉大な成就者で、彼に反対尋問など許されない」と被告席から発言して尋問への妨害を続け、最後には井上に「すまないが、飛んでみてくれ」と意味不明の呼びかけをした麻原は、これ以降はほぼ沈黙し、一審弁護団との意思の疎通も中断した。
 だからこそなぜ彼がサリンを撒けと指示したのか、その理由がわからない。でも動機が不明なままでは、さすがに裁判を終結できない。そこで裁判所は、間近に迫った強制捜査の目をくらますことがサリン散布の主要な目的だったと結論づけた。指示を下したのは麻原だ。その根拠とされたのが、事件当時は諜報や謀略活動の中心にいた井上嘉浩が、公判で証言したリムジン謀議だ。他にはない。言い換えれば、これを前提にしないことには、地下鉄サリン事件における麻原の共謀共同正犯は認定されないのだ。つまり麻原は、自分の共謀共同正犯を成立させる井上の証言に対しての反対尋問を、なぜか意味不明の言葉で妨害したということになる。
 NHKスペシャルのドキュメンタリー・パートの終盤、すでに死刑が確定した井上嘉浩から、番組ディレクター(つまり小口)に届いた手紙が紹介されている。見ながら僕は啞然とした。その文中で井上は、自身が法廷で証言したリムジン謀議を、自身で完全に否定しているのだ。番組で紹介された手書きの文章を、以下にそのまま引用する。

「実はリムジンでは、たとえサリンで攻めても強制捜査は避けられないという点で終わったのです」 

 短いセンテンスだが、麻原法廷だけではなく一連のオウム裁判を、根本からひっくり返すほどに重要な事実が明らかにされている。でも視聴者のほとんどは、井上のこの新たな証言の意味を、正確に理解できなかった(としか思えない)。今に至るまで、この手紙についての反響はまったくない。もしも当時の裁判官と検察官が番組を観ていたら蒼褪めていたかもしれないけれど、その後にまったく反響がないことで、やれやれと胸を撫で下ろしていることだろう(ただし実は法廷でも、リムジン謀議についての自身の証言を後から否定するような発言を、井上は何度かしている)。地下鉄サリン事件についての一審判決要旨の一部を、以下に引用する。

 被告人が車内で、間近に迫っている強制捜査にどのように対応すればいいかについて意見を求めると、村井が阪神大震災が起きたから強制捜査が来なかったと以前被告人が話していたことに言及し、これに相当するほどの事件を引き起こす必要があることを示唆した。被告人が、井上に何かないのかと聞いたところ、井上は、ボツリヌス菌ではなくてサリンであれば失敗しなかったということなんでしょうかという趣旨の意見を述べ、村井もこれに呼応して地下鉄にサリンをまけばいいんじゃないかと発言し、地下鉄電車内にサリンを散布することを提案した。
 被告人は、首都の地下を走る密閉空間である電車内にサリンを散布するという無差別テロを実行すれば阪神大震災に匹敵する大惨事となり、間近に迫った教団に対する強制捜査もなくなるであろうと考え「それはパニックになるかもしれないなあ」と言ってその提案をいれ、村井に、総指揮を執るよう命じた。(中略)被告人は、国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き、多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきた。被告人が最も恐れるのは、武装化が完成する前に教団施設に対する強制捜査が行われることであり、それを阻止することが教団を存続発展させ、被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認される。(中略)信用性の高い井上証言および遠藤証言その他関係証拠によれば、被告人は、上九一色村に向かうリムジン車内で、村井、遠藤および井上に対し、地下鉄電車内にサリンを散布する無差別大量殺戮を指示し、同人らとの間でその共謀を遂げたことは明らかである。
産経新聞(二〇〇四年二月二十八日)

 率直に書く。地下鉄サリン事件についての最大のキーパーソンは麻原でも村井でもなく、井上ではないかと僕は思っている。理由はまだ書けないことも含めれば、他にも多数ある。その多数の総和が、あまりに多すぎるのだ。
 ただしこれを書くことについては、相当に逡巡した。早坂と深山へのインタビューのときには「自己保身」と僕は口にしたけれど、死刑になるかどうかの瀬戸際であることを考えれば、必死になって当然だ。僕だって同じ立場なら必死になる。この期に及んでと思う人はいるかもしれない。ならばその人はとても強い人だ。僕は弱い。そして井上もきっと弱い。これ以上は書かない。いずれ麻原再審の際に明らかになって、少なくとも地下鉄サリン事件については、犯罪の全貌がもう少しだけ明らかになるかもしれない。もちろんそのためには、麻原がまだ処刑されていないことと、裁判所が再審を認めることが前提ではあるけれど(そしてその可能性はとても低いことを、ここまで読んだあなたは了解していると思う)。

深山 麻原さんの今の状態については、噂では聞いていたんですけれど、あまり真に受けてなかったんです。またマスコミが騒いでるだけだろうって。オウムの中にいたころから、マスコミの報道はいつも、現状とまったくかけ離れているということを知っていましたから。マスコミってウソしか書かないって思っていました。
早坂 これは実感です。
深山 でも『A3』読みながら、ああこれウソじゃなかったんだって。……正直ショックで、いつもよりも何倍も時間をかけて、やっと読み終わったって感じでした。
 かつての幹部たちは、『A3』に書いたように、あれは詐病じゃないかって考える人が多かった。二〇一一年の十二月三十一日に出頭した平田信は、「あれは演技だと思う」的なことを言ったと伝えられています。でも二人はそうは考えない?
早坂 詐病であそこまでできるなら、凄いなという感じはしますよ。糞尿を(壁に)塗りたくっているとか週刊誌などで読みましたが、そこまでやったら凄い。
 つまり「凄い」わけですよね。側近たちは麻原を過大に評価しているからこそ、そのくらいの演技は平気でやる人だと思っているんじゃないのかな。そんな生易しい男じゃないはずだって。
早坂 それはあるかもしれないですね。同時に彼らは、仮に詐病だとしても、ならば何のために異常な状態を装っているのかっていうことまでは、考えていないと思いますね。

 側近たちだけじゃない。裁判打ち切りの直前には、裁判所も含めて多くの人が、麻原の状態は裁判遅延や死刑逃れを目的とした詐病だと断言した。でも少し考えればわかることだけど、結果的には逃れるどころか死刑確定を大幅に早めている。しかもその事態は充分に予測できた。もしも詐病ならば、棄却決定のカウントダウンが始まった状況で、これはまずいと戦略を変えたはずだ。でも誰もその矛盾に気づかない。もしくは気づいても口にしない。
 もしもあなたが夜道で背中を刺されたとする。幸い傷は軽く、犯人も数日後に捕まった。でもなぜ犯人が自分を刺したのか、その理由がわからないまま裁判は終結した。ならば不安と恐怖はその後も続く。自分がなぜ刺されねばならなかったのか、犯人が誰かと自分を間違えたのか、あるいは自分でも知らないうちに犯人の恨みをかうようなことをしていたのか、それともまったく別の理由なのか、それがわからないうちは、怖くて夜道を歩けなくなる。
 それはまさしく、地下鉄サリン事件以降にこの社会が陥った状況だ。なぜオウムが不特定多数を殺戮しようとしたのか、その理由がどうしてもわからない。実感を持てない。だからこそ不安と恐怖が疼き続ける。善悪二分化が進行する。これに対抗するために集団化が進み、見えない悪の可視化を求め、過剰なセキュリティ社会が現出し(現在の日本の監視カメラ数はイギリスを抜いて世界一位と推測されている)、厳罰化が進行した。
 現状の麻原の様子はわからない。弁護士も家族も、もう何年も面会できていない。ただし二〇一一年、平岡秀夫法相(当時)が麻原に会っている。その情報を耳にした僕は、平岡本人に「会ったんですよね」と確認した。平岡は『A3』を読んでいる。だからこそ死刑執行命令書にサインする前に、麻原と面会することを法相の権限として要求したのだろうと考えた。平岡は僕から視線を逸らしてから、静かに小さくうなずいた。
「会った。というか、見た」
「どうでした」
「……筆舌に尽くしがたい。悪いがそれ以上は言えない」
 実際に平岡は、それ以降は口を噤んだ。だからそれ以上はわからない。「筆舌に尽くしがたい」の意味を、あれこれと想像するしかない。

 一九六一年のエルサレムの法廷にアドルフ・アイヒマンが現れたとき、傍聴する多くの人は、これが本当にホロコーストにおける重要なキーパーソンなのかと驚いた。度の強そうな眼鏡に禿げあがった前頭部。地味なスーツとネクタイ姿のアイヒマンは、ふてぶてしい悪の権化というよりも、ほとんど小市民的であり、中小企業か役所の中間管理職のような雰囲気だった。
 このときの法廷は、エルサレム市内の劇場に特設されていた。だから被告席はステージ上にあり、傍聴席は観客席でもあった。そこに座る多くの市民やメディア関係者たちは、裁判所の職員が間違って入ってきたのかもしれないと考えた。しかし周囲の警察官たちに誘導されながら、被告は法廷の隅に設置されたガラスの小箱に入れられた。だから誰もが思う。あれは演技なのだと。騙されるものか。邪悪で狂暴だからこそ、これほどにおぞましい計画を遂行できたのだ。
 傍聴席には、この時点ではアメリカに亡命していたハンナ・アーレントがいた。彼女もまた、残虐なホロコーストを管理運営したナチス幹部の一人であるアイヒマンの印象があまりに小市民的であることに衝撃を受けると同時に、ドイツ国民であったアイヒマンをイスラエルの法廷が裁くことや、アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを強引に拉致して国内まで秘密裡に連行したことなどの整合性についても、強い疑問を抱く。
 アーレントがその後に書いた『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)については、サブタイトルの「悪の陳腐さについての報告」が、とても的確に内容を物語っている(欲を言えば、陳腐よりも凡庸のほうが言葉としては適当だと思うが)。まさしくアイヒマンは、悪と呼ぶには陳腐(凡庸)すぎた。でも結果として、彼は数百万人の殺戮に加担した。ホロコーストを遂行するキーパーソンの一人だった。
 エルサレム市内の劇場に法廷が特設された理由は、少しでも多くの人に裁判を傍聴させるためだ。あらゆる手続きを無視しながらこの「世紀のショー」を政治的に利用しようとするイスラエル国家のプレゼンスに対しての違和感を抱きながらも、アーレントは以下のように主張する。

 殺人犯が訴追されるのは共同体の法を破ったからであって、スミスなり誰なりの家族から良人や父や稼ぎ手を奪ったからでないのとまったく同様に、これらの近代的な、国家に雇われた大量殺人者が訴追されねばならぬのも人類の秩序を破ったからであって、数百万の人々を殺したからではない。

 そのうえでアーレントは、たとえアイヒマンが組織の歯車であったとしても、それを理由に免罪されてはならないのだと主張する。

 そしてまさに、ユダヤ民族および他のいくつかの国の国民たちとともにこの地球上に生きることを拒む――あたかも君と君の上官がこの世界に誰が住み誰が住んではならないかを決定する権利を持っているかのように――政治を君が支持し実行したからこそ、何人からも、すなわち人類に属する何ものからも、君とともにこの地球上に生きたいと願うことは期待しえないとわれわれは思う。これが君が絞首されねばならぬ理由、しかもその唯一の理由である

 アーレントが「その唯一の理由」としたことは、「多くの人の殺害に関与したから」ではなく、ましてや(最近の日本の裁判官が判決理由で述べるような)「残虐このうえなく」とか「あまりに身勝手すぎ」とか「更生の可能性もなく」でもなく、ナチスという政治体系の指示に従ったことである。
 つまりアイヒマンの立場になれば誰もがアイヒマンになりえたことを認識しながら、そのうえで絞首されることを肯定すべきなのだと主張した。裁かれるべきはアイヒマンの特異性ではなく、優秀な中級官吏としてのアイヒマンの凡庸さなのだ。
 でもこの判決が意味を持つためには、アイヒマンと(おそらくはヒトラーも含めての)他のナチス幹部たちのほとんどが凡庸な存在であることを、多くの人が認識することが前提だ。彼らは悪ではない。行為が悪だったのだ。そして彼らは自分たちでもある。その認識を持ったうえで歯を食いしばりながら、有罪を宣告せねばならないのだ。
 アイヒマン裁判翌年に行われたミルグラム・テストが実証したように、人は権威に服従する。集団の動きに従う。あっさりと感覚を停止する。その帰結として惨劇が起きる。だからこそ検証が必要だ。暴走のメカニズムはどのように駆動して、どのように伝播し、最後にはどのように働いたのか。それは事件後の社会の責務のはずだ。
 ハンナ・アーレントは『イェルサレムのアイヒマン』刊行後、同胞である多くの亡命ユダヤ人から強く批判され、糾弾された。そして僕も、『A3』刊行後、一部の弁護士やジャーナリストや学者から、「たった一回の傍聴で何がわかる」とか「麻原無罪を主張している」などと激しく批判された。もちろんアーレントへの反発や批判とは、規模も意味もレベルもまったく違う。そもそも麻原無罪など主張していない。でも質としてこの批判は、アーレントへの攻撃ときわめて近いと感じている。
「人道に対する罪」や「ユダヤ人に対する犯罪」および「平和に対する罪」や「違法組織に所属していた犯罪」など十五の犯罪で起訴されたアイヒマンは(麻原は十四事件)、そのすべてにおいて有罪とされ、死刑判決が下された。戦犯以外への死刑制度を持たないイスラエルにとって、例外的な唯一の死刑判決だ。

 麻原の目が見えないがゆえに側近たちのメディア化が始まったとの仮説については、お二人の意見はどうですか。
早坂 全体像としては正しいと思います。ただし、そのメディア化を煽ったのが麻原彰晃本人であり、上がってくる情報がウソだとわかっていても、そっちの方向にあえて突っ走ったんじゃないかと、僕はそういう見方をしています。
 それは僕も感じます。でもならば、何のためにと考えますか?
早坂 だから壊すため。教団も壊す。世の中に対してそういう行為を仕掛ける。……そこまでしかわからないですね。何のためかはわからない。

 この後に場所を変えた。集英社の会議室から近くの中華料理店。二人とも今は信者ではない。だからビールを飲む(早坂は運転があるのでウーロン茶だったけれど)。よりリラックスした話を、いろいろ聞いた。そのときふと思い出した。このインタビューの数カ月前に、現在は「ひかりの輪」代表である上祐史浩から聞いた話を。
 波野村騒動の際に熊本地検のやり方に腹を立てた麻原彰晃が、トラックで地検に突っ込めと側近たちに指示をした。その後に上祐が麻原に対して「そんなことはやめてください。オウムがつぶれます」と覚悟を決めて言ったら、麻原はほっとしたように「そうだよな。おまえの言うとおりだ」とあっさりと指示を撤回したという。
「そのときは彼がお風呂に入っていて、自分はガラス戸越しでした。一対一だったから、あんなことを言えたのかもしれないですね」
 少しだけ苦笑しながらそう言ったあとに上祐は、「もしも他の幹部たちがいたら、制止はなかなかできません。より過激なことを提案するほうが修行になるかのような雰囲気がありました。麻原と(自分をも含む)側近たちとの相互作用によって、事件がエスカレートしたことは確かです」とつぶやいた。
 そんなエピソードを説明する僕に、深山が大きくうなずいた。

深山 昔から上祐さんは麻原さんに対して厚かましい。上町のときも麻原さんが来たらみんなピシっとするんですけど、上祐さんだけ寝っ転がったりしていて。麻原さんが「何が問題なんだ?」って訊くと「先生の顔ー」って言ったりとか。
 それに対して麻原は?
深山 もうニコニコって。
 その時代に麻原の視力はどうでしたか?
深山 壁伝いに歩いているのをよく見かけました。
 字は読めてましたか?
深山 その頃は読めていたとは思います。
早坂 でもこんな感じですよ。

 言いながら早坂は、手元のメモ用紙を、目から数センチの距離に近づける。

深山 私の写真を見たあとに、「きれいだなあ」って。ホントに見えてるのかなあって(笑)。でも選挙の頃は完全に失明していたと思います。ずっと修行のことしか頭にないという感じでした。四無量心のこともよく言っていた。でもエビやカニとかに対しては、どうしても憐れみが持てないなあって。
 どうしてエビとカニには憐れみを持てないのですか?
早坂 好物だったから(笑)。

 そんな雑談をしばらくしたあとに、やがて麻原が処刑されることについて、どのように考えているかを僕は訊いた。

深山 ある程度の覚悟はしています。ただ実感としては考えてない。
早坂 心情的にはできるだけ先になってほしいとは思うけれど。……自分が知ってる人が死刑になることを望む人って、あんまりいないんじゃないですか?

 じっと聞いていた小口が、ここで静かに顔を上げた。


小口 再審や治療については、可能性はどうでしょうか。番組では(収録したが)使わなかったけれど、加賀乙彦さんが、今でも治療さえすれば、(意識状態が回復する)可能性があるっておっしゃっていました。

 小口のこの質問に対して、答えるべきは僕なのだろう。でもテープ起こしのデータを読むかぎり、僕は答えていない。黙り込んでいたようだ。加賀の言葉にはすがりたい。でも同時に、それは無理なのだろうとも思っている。どこかであきらめかけている。
 二〇一一年末に平田が出頭したとき、多くの人は麻原処刑を引き延ばすための出頭であるとの見方をした。でも(たまたま年末まで処刑はなかったけれど)法務省はその年の秋の段階で、麻原処刑のために動き始めていた。いつ処刑されてもおかしくない状況だった。死刑廃止の思想を持つ平岡秀夫が法相の位置にいなければ、処刑されていた可能性が高い。もしも麻原処刑引き延ばしを目的にするのなら、平田はもっと早い段階で出頭していなければならないはずだ。
 冷静に考えればわかること。でも冷静な声は届かない。小さいからだ。そして少ないからだ。逆上した声は届く。広がる。大きいからだ。そして多いからだ。
 早坂と深山の話に、僕は全面的な同意はしない。麻原がそれほどに周到に計画していたとは思わない。でも事件の背景の相当に大きな領域で宗教的な要素が働いていたとの指摘については、ほぼ同意できる。信仰という要素を方程式に代入しないことには、この事件は絶対に解明できない。でも特定の信仰を持たない人が大多数である日本において、信仰の深淵に近づく話題は敬遠される。そして残されたのは、極悪で俗物詐欺師的なトップが信者たちを洗脳して凶悪な事件を起こした、との解釈だ。その目的やメカニズムについては誰も深く考えない。メディアと司法はその社会に従属する。
 ただし早坂と深山について、「まだ洗脳が解けていない」的な見方をする人はいると思う。ある意味で正しいし、ある意味で正しくない。そもそも強制的な圧力を伴う洗脳と意識を誘導するマインドコントロールは、まったく違う概念だ。マインドコントロールは文化やイズムと同義でもある。つねに相対的な概念だ。でもオウム以降、「彼ら」と「我々」を分別する用語として、この二つの言葉はとても大量に消費されるようになった。特定の個人や組織、ある対象に対して「彼らはマインドコントロール(洗脳)されている」と決めつけた瞬間に、自分が相対値ではなく絶対値(正義)になってしまう。つまり二分化だ。こうして社会は悪を探す。探してこれを駆逐しようとする。もしもいないのなら作りだす。自分たちが安心するために。
 早坂の運転する車のテールランプを見送りながら、もっと大きな声が欲しいと切実に思う。でも今の僕の声量では、それは無理な願いであることは知っている。ならばもっと多くの声が欲しい。でもきっとそれも無理だ。悔しいけれど状況は変わらない。それもわかっている。抗うことなどできない。
 戦後最大の事件と形容される地下鉄サリン事件の動機は、これからもわからない。だから社会の変化は加速し続ける。いずれにせよ麻原は、おそらく数年以内に処刑される。状況は何も変わっていない。
 だから連載の最終回で書いたフレーズを、最後の最後に、僕はもう一度くりかえす。

 そのときに自分が何を思うのかはわからない。でもこの社会がどのような反応をするかはわかる。
 それはきっと、圧倒的なまでの無関心だ。

A3 目次

『A3』無料公開にあたって
プロローグ
1 傍聴
2 封印
3 面会
4 弁明
5 弁護
6 故郷
7 真宗
8 記憶
9 拒否
10 手紙
11 暴走
12 鑑定
13 信仰
14 鏡像
15 集会
16 父親
17 詐病
18 棄却
19 姉妹
20 船橋
21 刑事
22 迷路
23 孤立
24 死刑
25 視力
26 抗議
27 試練
28 生殺
29 統制
30 独房
31 受容
32 特異
エピローグ
文庫のための新章 残像
参考文献・年譜・オウム真理教組織図
解説

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森達也(映画監督・作家)

‘98年にドキュメンタリー映画『A』を公開。ベルリン国際映画祭などに正式招待される。2001年、『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年に『A3』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2016年、映画『Fake』を発表。

『A3』

2012年に集英社文庫から出版された『A3』(上・下)を全文公開します。
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