23 孤立

(二〇〇六年十二月号)

 同時多発テロからちょうど五年が過ぎた二〇〇六年九月十一日の朝、僕はニューヨークのミッドタウンに位置するホテルの一室にいた。夜は明けかけていた。窓を開ければ隣のビルのレンガの壁が、すぐ手の届くような距離にある。
 地下鉄を乗り継いでシティ・ホール駅で降りる。ここからグラウンドゼロまでは徒歩で五分ほどだ。
 時刻は午前八時を少し回る頃。大勢の群衆がグラウンドゼロの方向に歩いている。ただし会場に入れるのは、遺族と関係者に限定されている。だから周囲を歩き回るつもりだった。
 ワールド・トレード・センター駅の入り口前の広場には、すでに多くの人たちが押し寄せていた。「もう報復はやめよう」と書かれたプラカードを持って立っている年配の男。そのすぐ横には、「ブッシュをもっとサポートするべきだ」と必死に叫ぶ若い男。哀しみを必死にこらえるようにじっと抱き合う若い男女。「同時多発テロはアメリカ政府の陰謀である」と主張する一群が、通行人に「Investigate the real suspect(本当の容疑者を調査せよ)」と訴えている。
 とてもたくさんの人たちが、それぞれの思いを胸にこの地に集っている。見上げれば向かい側の高層ビルの壁面に、巨大な星条旗がぺたりと貼りつけられている。ビルの数フロアの窓をすっぽりと覆う星条旗は、あまりに巨大すぎるせいか、遠目にはまるでCGで合成したかのように現実感がない。
 眺めながら虚と実が融解するような感覚にとらわれる。たぶんこの感覚は、この時点から五年前の九月十一日の深夜、たまたまつけたテレビ画面で、ゆっくりと崩落するツインタワービルの映像を眺めていたときの感覚ときわめて近い。そしてまたこれより六年前の一九九五年五月、上九一色村の第六サティアンで拘束された麻原が乗せられた護送車の映像をテレビで眺めていたときも、やはり同じような感覚に僕は浸っていた。

 スモークガラスと目の細かい網で車内の視界を遮ったワゴンカーは、ガラス越しにほんの一瞬、捕らえた男の濃密な紫色を、まるで祭りの神輿のように日本中に見せつけながら画面の端を横切った。ものものしいヘルメットや楯に身を装備した屈強な男たちと、カメラを担いだ男やマイクを持った女たちが小走りにその後に続く。
 テレビのリモコンを片手にチャンネルを変えるたびに、同じワゴンカーの映像が、少しずつ角度や距離を変えながら目の前に現れる。じっと見つめ続けながら、フレームの中の映像が、まるで遠い世界で起きた遠い時代のできごとを眺めているように、奇妙に現実感がないことに気づく。(中略)これが一九九五年五月の、とある朝の僕の日常の心象の風景だ。そしてこれはきっと、おおかたの日本人とほとんど大差ない。
『「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)

 九・一一によってアメリカは変質した。それは確かだ。異質な共同体に帰属する他者からの暴力に怯え、不安に苛まれ、セキュリティが一気に強化された。今回の入国審査の際には、両手の人差し指の指紋を採取された。電子式だから朱肉が付くわけじゃないし、時間も一瞬だ。でもいい気分ではない。さらに指紋を採取されるそのあいだに、カウンターの上に設置された球体のカメラで顔写真を撮られる。これについての説明は一切ない。だから気づかない人も多い。僕は気がついた。係官の脇のコンピューターのディスプレイに、移動と時差ぼけで疲れきったアジアの中年男の顔が映っていた。
 ニューヨークの前はボストンに滞在していた。移動はアムトラック(全米鉄道旅客公社)を利用した。列車に乗り込めば、各シートに一枚ずつ、「SEE SOMETHING? SAY SOMETHING!(不審な何かを見かけたら、すぐに報せるように)」と書かれたチラシが置かれていた。
 不安や恐怖を刺激された人たちは結束を求める。ユナイテッド(統合)を希求する。でも多民族多宗教多言語によって構成されるアメリカ人は、自分たちが本質的にユナイテッドされないことも知っている。だから彼らは国旗や国歌というフィクション(偽装)にすがる。ビルの壁面いっぱいに貼りつけるほど、自国の国旗が大好きだ。文字どおりの統合を象徴する国旗を媒介に、強くて正しいアメリカというファンタジーを、必死に自らに言い聞かせる。そしてユナイテッドされない異物を探す。自分たちがユナイテッドされているという実感を持つために。

 過剰なセキュリティと治安への幻想を抱きながら、アメリカは憎悪と報復を世界中に撒き散らした。過去形ではない。それは現在進行形で続いている。なぜならいったん発動した危機管理意識は、力で仮想敵を捻じ伏せても決して鎮静はしない。敵がいない状態が怖くなるからだ。こうして安心を得たいがために新たな仮想敵を作り続けるというとても倒錯した構造に、アメリカは嵌ってしまった。米国務省の年次報告書によれば、九・一一から二年後の二〇〇三年には二〇八件しか起きていなかった世界のテロは、二〇〇五年には一万一一一一件に急増した。もちろん、テロの定義が変わったことで件数が増えた可能性はある。でもそれを差し引いても、明らかにテロは増えている。アメリカが支持するイスラエルという国家の歴史と現状が示すように、強い被害者意識は過剰な自衛意識を整合化し、容易に他者への加害へと連鎖する。
 ニューヨークでは、ピースフル・トゥモロウズ(アメリカの対テロ戦争に反対する九・一一の被害者遺族の会)のメンバーたちに会った。同時多発テロからちょうど五年を迎えるこの時期、彼らは、世界中のテロや戦争の被害者たちをニューヨークに呼び集め、様々なコンベンションやシンポジウムなどを行っていた。
 そのひとつに足を運んだ。国連本部から徒歩で五分ほどの距離にあるプロテスタント系の教会が会場だ。まずはピースフル・トゥモロウズの中心的人物で九・一一の被害者遺族でもあるデイビッド・ポトーティが、アフガンやイラクへの米軍の武力侵攻を一日も早く停止させようと呼びかけ、その後にルワンダの虐殺で家族を失った男性、北オセチアの学校占拠事件(二〇〇四年九月にロシア連邦北オセチア共和国で、学校を占拠したチェチェン共和国独立派の武装グループとロシア治安部隊が銃撃戦を繰り広げ、三五〇人以上の児童や市民が死亡した事件)で子供を失った母親、米軍によるアフガン空爆で家族を失った女性などが、次々に発言し、そして祭壇に火をともした。
 セレモニー終了後、礼拝堂の隣の集会室で、とても質素な立食パーティが行われた。飲みものはワインとフレッシュジュースだけ。折りたたみ式のテーブルの上には、紙皿に入れられたチーズとクラッカー、そして数種類のフルーツが置かれている。他には何もない。質素なときのアメリカ人は本当に質素だ。でも窓から見える通りを挟んだレストランはちょうどランチタイムで、バケツのような容器に入った山盛りのポテトフライと巨大なステーキを、多くの人が食べている。
 ピースフル・トゥモロウズのパーティが質素である背景には、企業や篤志家などからの献金がほとんど集まらないという事情もある。テロの被害者遺族でありながら対テロ戦争を批判する彼らに対して、アメリカ社会全般が向ける視線は相当に冷たい。
 パーティ会場では様々な民族や国籍の被害者や遺族たちが、リラックスした表情で談笑している。眺めながらふと気がついた。日本からの参加者は一人だけ、それも相当に高齢の男性だ。
 隅のテーブルでチーズを切っていたボランティアスタッフに、僕は「日本からの参加者は一人だけなのかな」と念のために声をかけた。切り揃えたチーズをクラッカーに挟みながら、彼女は大きくうなずいた。
「そうよ。ヒロシマで被爆した方らしいわね。私たちとしては、地下鉄サリン事件の被害者や遺族にも来てほしかったのよ。でも私たちの趣旨に賛同してくれそうな遺族や被害者が、どうしても見つからなかったと聞いているわ」
「一人も?」
 僕は訊いた。余ったチーズの欠片を素早く口に入れてから、彼女はもう一度、ゆっくりとうなずいた。
「ええ。一人も」
 河野さんとか永岡さんご夫妻がいるのに。そう言いかけてから、彼らは(世界的に有名な)地下鉄サリン事件の被害者ではないことに気がついた。チーズとクラッカーを並べた紙皿を僕に差し出す彼女のすぐ後ろで、二人の中年女性が抱き合って泣いている。振り返った彼女が小声で解説する。
「手前の女性はイスラエルから来た方よ。彼女は娘さんを自爆テロで亡くしている。そしてもう一人はパレスチナの方よ。息子さんをイスラエル軍の砲撃で亡くされたそうよ」
「つまり互いに敵対国だ」
 僕は言った。小首を傾げながら彼女は言った。
「国はね。でも彼女たちが憎み合う理由はないわ」
 ワイングラスを手に会場を歩く。数人を相手に上機嫌でしゃべっているのは、拷問で両腕と片足を失った南アフリカの牧師だ。米軍の攻撃で子供を失ったというイラク人男性から「日本の憲法九条はすばらしい」と話しかけられた。その横ではルワンダの虐殺の遺族である黒人男性が、米軍の空爆で娘を失ったアフガン人の母親と話し込んでいる。
 誰もが深く傷ついている。誰もが悲しみをこらえながら、誰もが互いをいたわり合っている。
 でも報復を否定する彼らは少数派だ。彼らの思いとは別に、憎悪と報復は連鎖する。連鎖し続ける。何度も何度も反転しながら。決して終わらない。僕は聖書の一節を思い出す。十字架にかけられたイエスが、処刑される自分を見上げながら罵ったり嘲笑ったりする群衆に視線を送ってから、天に向かってつぶやいた一言だ。

 父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。
『新約聖書』「ルカによる福音書」 二三章三四節

 翌日の早朝、僕は朝食を食べに街へ出た。スターバックスで買ったコーヒーを片手にニューヨーカー気取りで舗道を歩いていたら、ポケットに入れていた携帯電話の着信音が鳴った。でも片手が塞がっているので、なかなかポケットから取り出せない。まごまごしているうちに着信音は途切れた。どこからだろう。国際通話なので先方の電話番号は表示されない。日本では夕刻の時間帯のはずだ。ビルのあいだに見つけた小さな公園のベンチに腰掛けると同時に、再び着信音が鳴った。僕は携帯を耳に当てる。毎日新聞社会部の記者からだった。
「麻原の死刑ですが、いよいよ確定しそうな気配です」
 彼は言った。言葉にはほとんど抑揚はない。
「それで、少し早いのですが、もし確定したときのためにコメントを頂けませんか」
 高裁が控訴棄却を決めたことに対して、弁護団は最高裁に特別抗告を申し立てた。つまり「こんなでたらめなムチャクチャが法治国家で許されるのですか」と訴えた。でも受理されることはまずありえない。それは誰もが知っている。予想では小泉内閣が終わって次の組閣が始まる前に、最高裁は特別抗告棄却の決定を出すはずだ。つまり死刑が確定する。
「まずは今回の経緯が、明らかに適正な司法手続きを逸脱していることが問題です」
 僕は言った。足元に数羽のスズメが寄ってくる。アメリカのスズメは、日本のそれより少しだけ大きくて色が薄い。そして何となく人懐っこい。アメリカ人と似ている。彼らも一人ひとりはとても無邪気で人懐っこい。
「被告とコミュニケーションができないから控訴趣意書を出せないと二審弁護団が最初に訴えたとき、高裁は期限を延ばすことを了解しています。しかも棄却の動きを察知した弁護団が『趣意書を提出する』と発表したその期日の前日に、趣意書が提出されないことを理由に棄却を決定している。嫌がらせとしか思えない。裁判を続けようとの意思はまったくない」
 話しながら空しかった。
 死刑はまだ確定していない。でも確定することは確実だ。そんな場合を見越しての原稿を、マスコミ業界では予定稿と呼ぶ。麻原死刑確定の予定稿のためのコメントを、九・一一の式典が終わったばかりのニューヨークで携帯電話に向かってしゃべる僕を、足元のスズメが小首を傾げながら眺めている。
「地下鉄サリン事件以降、他者への不安や恐怖を激しく喚起された日本社会は、まさしく危機管理体制に移行しました。ひとりが怖い。集団に帰属したい。集団の一員なのだという意識を強く持ちたい。結束を希求する共同体は異物を探し、これを排除し、仮想敵として攻撃します。ちょうど九・一一以降のアメリカがそうであるように、日本社会は同質の仲間を求めながら異質の敵を探して攻撃するという構造に、すっぽりと嵌り込んでしまいました」
 そこまで言ってから、僕は息を継いだ。スズメはさらに近づいてくる。パンでも持ってくればよかった。
「不安や恐怖が発動したその最大の理由は、オウムが事件を起こした動機や背景がわからないからです。グルに絶対的に帰依した弟子たちは、グルが言うのだからこの殺人は救済なのだと本気で思い込もうとしていました。ならばそのグルである麻原は、いったい何を考えて、何を目的として、サリン散布を弟子たちに命じたのか、あるいはそもそも、麻原はどの程度に明確な指示を出していたのか、それらの答えを語らせねばならない。麻原やオウムのためではなく、この社会のために。その解明のために最も重要な場は法廷です。でも東京高裁は、結果としてその責務を放棄しました。とても重要な裁判です。手続き不備などの理由と引き換えにできるようなものではないはずなのに……」
「ひとつだけわからない点があります」
 冷静な口調で記者は言った。
「オウムの場合は動機の不明確さが、社会の不安や恐怖を大きく搔きたてた。私もそれは同意見です。でも九・一一の場合は、少なくともビンラディンがテロを決意した理由については不明ではないですよね。それなのにアメリカも同じように危機管理意識を発動させた」
「ほとんどのアメリカ人にとって、イスラム教徒がなぜ怒っているのかは関心外です。イスラム教徒にとって最も重要な聖地メッカがあるサウジアラビアに米軍が駐留していることを、ビンラディンはテロを実行した理由のひとつに挙げたけれど、アメリカ人にとっては意味不明でしょうね」
「確かに。何が悪いのだろうと思っているでしょう」
「サウジでの駐留も含めて、アメリカ型文化や価値観にイスラム社会が侵食されることに、ビンラディンは危機感を抱きました。もちろんケンタッキーやマクドナルドやコカ・コーラだけを目の敵にしているわけじゃない。戦後ずっとアラブに対して脅威を与え続けてきたイスラエルが核兵器を保持しても、国際社会とアメリカはこれを問題視しない。ガザ地区やレバノンに対してイスラエルが無差別な攻撃を仕掛けても、結局は黙認する。僕から見てもあまりにアンフェアだとは思います。つまりビンラディンにしてみれば、同時多発テロの指示は正当防衛のつもりです」
「宗教的な要素についてはどうですか」
「もちろんその要素もあります」
「ブッシュはメソジストですよね。敬虔なキリスト教徒のはずなのに、なぜ報復をこれほどに肯定できるのでしょうか」
「メソジストは特にルター派に近い。プロテスタントの源流を作ったマルチン・ルターは、農民たちが領主に対して反乱を起こしたドイツ農民戦争の際には、農民たちの殺戮を全面的に肯定しています。敬虔な信仰と残虐な殺戮とは実は相反しない。そういえばルターは反ユダヤ主義の人でもありました。いずれにせよ、異なる共同体から身に覚えのない攻撃を受けたことによって喚起された恐怖が社会の意識を変えたという意味においては、一九九五年の日本と二〇〇一年のアメリカは、きわめて近いと僕は考えています」
「だいたいわかりました。まとめてからまた連絡します」
 記者はそう言って電話を切った。僕は発泡スチロールのカップに入ったコーヒーの残りを飲みほした。ずいぶん長くしゃべりすぎた。間違いなくルター派の部分はカットだろう。時刻は午前七時半。足元にいたはずのスズメは、いつのまにか飛び去っていた。

「彼らは追剝や殺人者のように肉体と魂の二重の死に値する。彼らはすでに神の法と帝国の法の保護の外におかれたので、このような反逆の徒を殺すことは正しいし、法に適っている。……彼らを叩き殺し、絞め殺し、刺し殺すべきである」
『キリスト教史Ⅱ』半田元夫・今野國雄(山川出版社)

 腐敗したローマ教会に対して聖書中心主義を唱えながら改革を訴えたルターは、その思想に影響を受けて蜂起した農民たちを「叩き殺し、絞め殺し、刺し殺すべきである」と宣言した。農民たちと敵対する教会や諸侯たちが、この時期には自分の教えを支持し始めていたからだ。ならば敬虔なプロテスタントであるブッシュが邪悪な敵であるアルカイダを武力で殲滅することに論理的矛盾を感じないことは、きわめて当たり前との見方もできる。
 でもそこには、「敵を愛せ」と唱えたイエスの思いはない。十字架にかけられた自分を嘲笑いながら見上げる群集を見つめ返しながら、「彼らをお赦しください」と父なる神に訴えた願いもない。きれいに揮発している。同じ啓典の民であるキリスト教徒に対しては寛容な宗教であるはずのイスラム教に帰依しながらテロ行為をくりかえすアルカイダも含めて、何かがくるりと捩じれている。

 事件を解明するためには、法廷を打ち切るべきではない。僕はずっとそう言い続けてきた。でも実は、これは半分以上建て前だ。本音は少し違う。仮に麻原が正常な意識状態に戻って裁判が続いたとしても、法廷という場で事件の真相が解明される可能性は、おそらくは相当に低いだろうと思っている。
 なぜなら麻原自身が事件の真相をわかっているという保証はない。人はジュースの販売機とは違う。ボタンを押せば必ず目当てのジュースが出てくるわけではない。ひとつを除けばひとつが落ちてくるという構造にもなっていない。
 ただし法廷は、真相に近づくための材料を提供する機能は持つ。もしも麻原が語り続けていたならば、実行犯となった弟子たちの証言と合わせて、視点がさらに立体的になることは確かだ。多くの補助線を獲得できる。ならば見えなかった視界が現れる。そこから様々な仮説を類推することができる。

 また一連の出来事と教義が絡み合っているのも疑いの余地はないものの、これもすべてを理解しているのは教祖一人で、「地下鉄サリン事件」の直前の段階でも、「今までに説いた教えは全体からすれば十分の一にすぎない」と口にしていた。加えて「マハームドラー」のような常軌を逸した仕掛けも多々見られたので、身近でいろんな出来事を見てきた身をしても混乱している。(中略)「オウムのすべてである」教祖が口を開かないかぎり、やはり一連のオウム騒動の真相は藪の中である。
『オウムはなぜ暴走したか。』早坂武禮

 アメリカからは十四日に帰国した。そしてその翌日、最高裁第三小法廷(堀籠幸男裁判長)は、控訴趣意書の未提出を理由に控訴を棄却した東京高裁決定を(予測どおり)支持し、弁護側の特別抗告を棄却することを決定した。つまりこの日、麻原の死刑は確定した。
 報道によれば、最高裁第三小法廷の四人の裁判官の意見はすべて一致した。ポイントは三つ。まず麻原の訴訟能力については、高裁が専任した西山詮医師による鑑定結果、および麻原の一審公判での発言内容、さらに拘置所から報告された言動(具体的には「なぜなんだ、ちくしょう」)などを考慮し、訴訟能力があるとした高裁の判断を正当なものとして認定した。
 次に高裁への控訴趣意書の提出が遅れた点については、「被告と意思疎通ができない」との弁護団の主張を「遅延を正当化する理由にならない」と退けた。さらに第三小法廷は「弁護人と意思疎通を図ろうとしなかったことがこのような事態を招いた」として、「責任は麻原被告にもある」と断定した。
 麻原の不可解な言動については、「裁判から逃避しようと自ら無言を選んだ。ものを言う能力がないのではなく、ものを言わないだけ(つまり詐病である)」と結論づけた西山鑑定を、全面的に認定した。
 一審判決の日の夜、拘置所で麻原が「なぜなんだ、ちくしょう」と叫んだことが正常な意識状態にあることを有力に示しているとして、最高裁第三小法廷は抗告を棄却した。この理屈は高裁とまったく同じだ。ならば訊きたい。面会に訪れた次女と三女の目前で陰茎を露出してマスターベーションを始めたという事実を、第三小法廷はどう判断するのだろう。
「なぜなんだ、ちくしょう」は、拘置所の刑務官が耳にしたという伝聞だ。実際に叫んだかどうかの保証はない。もちろん叫んでいないと断言するつもりなどない。何かを叫んだ可能性はある。仮にその言葉が「なぜなんだ、ちくしょう」だったとして、ならばこれほどに徹底して精神の病を装っているはずの麻原が、なぜ(刑務官が傍にいながら)これほどに不用意な言葉を叫ぶのか、その理由を説明してほしい。
 喧嘩を売るつもりはない。そんな余裕はない。僕は本当に知りたいのだ。教えてほしいのだ。糞尿にまみれ、入浴は棒タワシで洗われ、食事はすべてひとつの食器に盛られ、差し入れは刑務官に残らず取り上げられる麻原になぜ訴訟能力があると断定できるのか、もう何年も誰とも会話せず、実の娘たちの面前で自慰行為に耽り、同じ動作を反復するだけの麻原が正常な意識状態にあるとなぜ断定できるのか、その理由を納得できるように教えてほしいのだ。

「最初に目撃したときのことについて話してください」
「最初? えーとね、私、いきなり接見室の扉を開けたんですよ。そうしたら車椅子の彼の周りで刑務官があたふたしている。要するに気づいたら始めていたので、この様子を弁護人に目撃させちゃまずいと彼らもあわてたんだろうね。ところが私がいきなり扉を開けちゃったもんだから、結局止めることもできずに、妙な状況になっちゃった」
 最高裁が特別抗告を棄却して死刑が確定してから四日後の九月十九日、東京都内で会った松井武弁護士は、マスターベーションについて僕にそう説明した。以前に聞いたときには、松井は家族があまりにかわいそうだと言葉を濁していた(だから僕もこの連載では思わせぶりな書き方をした)。その時点では、これほどに最悪の結末を予想していなかったこともあるだろう。でも最悪の結末は現実となった。残された道は再審請求しかない。もちろんこれが認められる可能性はきわめて低い。それでなくとも「ラクダが針の穴を通るほどに難しい」と形容される再審が認められることはほとんど期待できない(だいたいラクダは針の穴を通れない)。ならば持ち駒を全部使い切ってでも闘うしかないと考えたのだろう。卓上に置かれたレコーダーにちらりと視線を送ってから、松井は意を決したようにしゃべりだした。
「それが最初に目撃したときです。こっちも啞然としたけどね。そのときは射精しましたね。でもまたすぐ勃起していた」
「接見中にマスターベーションを始めたのはこれまで何回くらい?」
「何回かなあ。部屋に入ったときにやっていたのは最初だけ。あとは接見中に始めるんです。腰をもぞもぞと動かし始めて、そのうちオムツの中から陰茎を取り出して、……私一人だけのときもあったし、弁護団の松下が一緒のときもありました。かなりの頻度ですよ」

 十六日付の朝刊で、僕がコメントを寄せた新聞は数紙ある。ニューヨークで記者からの電話にコメントを伝えた毎日新聞には、森達也以外に、佐木隆三(作家)、江川紹子(ジャーナリスト)、福島章(犯罪精神医学者・上智大学名誉教授)、渥美東洋(中央大学名誉教授)の四人のコメントが、並列して載せられている。
 僕以外の四人に共通することは、最高裁の判断は正当であるとの認識だ。ひとつひとつのコメントについて批評や分析はしない。ただ、麻原の現在の症状は詐病であると断じた福島は、(安易に同一視すべきではないとは思うけれど)一九九〇年に起きた足利事件の被告に対しての精神鑑定を担当した際に「被告は代償性小児性愛者である」と結論づけて、冤罪の大きな要因を作った人物であることは付記しておきたい。

訴訟能力の有無は、約8年の1審を見続けた者として問題ないと言える。――佐木隆三
これ以上、裁判を続ける意味はないと思っていた。――江川紹子
「拘禁性詐病精神病」のような状態は、意識的に精神病のまねを繰り返した結果、自動的にできるようになったものだ。――福島章
被告は司法の場でどういう状況に置かれているか明確に認識しており、裁判所の決定は当然。――渥美東洋
現状では訴訟能力は九九%ない。弁護団が依頼した精神科医らには「治療すれば治る」と言っている人もおり、治して裁判を始めればいい。なぜ試すことすらできないのか。――森達也

 これらのコメントが並ぶその横には「街の声」とのタイトルで、北は北海道から南は福岡まで、死刑確定の報を受けた市井の人々の声が掲載されている。「死刑は当たり前」と断言する十五歳の中学生に始まり、「あれだけの人を殺したのに確定が遅すぎた。絶対に許せない」(八十一歳)、「死刑は当然。遺族の気持ちを考えれば、もっと裁判を迅速化すべきだ」(二十二歳)と続き、「多くの人を殺し、今も後遺症で苦しむ人がいるので、死刑は当然」とする高校生で終わっている。全部で十四人。掲載された街の声のすべてが、最高裁の判断は当然との意見だった。
 オウムの映画を撮って以降、少数派であることが、とても多くなった。むしろ常態化したといえるかもしれない。だからある程度の耐性は身についているつもりだった。でもこれほどに圧倒的な孤立は久しぶりだ。だから(自己陶酔のように思われることは承知で)、もう一度だけ引用したくなる。嚙み締めたくなる。十字架の上でイエスがつぶやいたとされるこの言葉を。

父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。

A3 目次

『A3』無料公開にあたって
プロローグ
1 傍聴
2 封印
3 面会
4 弁明
5 弁護
6 故郷
7 真宗
8 記憶
9 拒否
10 手紙
11 暴走
12 鑑定
13 信仰
14 鏡像
15 集会
16 父親
17 詐病
18 棄却
19 姉妹
20 船橋
21 刑事
22 迷路
23 孤立
24 死刑
25 視力
26 抗議
27 試練
28 生殺
29 統制
30 独房
31 受容
32 特異
エピローグ
文庫のための新章 残像
参考文献・年譜・オウム真理教組織図
解説

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森達也(映画監督・作家)

‘98年にドキュメンタリー映画『A』を公開。ベルリン国際映画祭などに正式招待される。2001年、『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年に『A3』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2016年、映画『Fake』を発表。

『A3』

2012年に集英社文庫から出版された『A3』(上・下)を全文公開します。
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