『A3』無料公開にあたって

 僕の肩書のひとつは作家だ。つまり書くことで生計を得ている。本来ならギャランティのない仕事は受けるべきではない。プライドや矜持のレベルではない。他の仕事との整合性がつかなくなるのだ。
 でも、特にオウムについては、昨年の13人死刑執行も含めて、世に問いたいこと、言いたいこと、伝えたいことが、ずっと自身の内側で飽和している。溢れかけている。そして僕のこの思いや葛藤や発見を伝えるうえで、『A3』は最も重要な作品だ。初対面の人すべてと名刺交換をしながら、「A3は読んでくれましたか」と僕は質問したい。でもさすがにすべての人に訊くことはできない。オウム関連のインタビューなどを申し込まれたときは、時おり思いきって質問する。読んでいますと答えられることは、たぶん三回に一回くらい。そのたびに(上辺はそうですかなどと言いながら)気落ちする。一人でも多くの人に読んでほしい。もっと多くの人に知ってほしい。もっともっと気づいてほしい。
 刊行から十年以上が過ぎるけれど、その思いは強くなるばかりだ。だから『A3』単行本を担当した集英社インターナショナルの高田功と、文庫本の担当である集英社の中山哲史に相談した。現在も版を重ねているのに無料公開など前例がないし、版元としても了解できるはずがない。そう答えられることは半ば覚悟していたが、二人は快諾してくれた。
 印刷所に保管されていたデータを二人の編集者経由で送ってもらい、レイアウトは僕の公式ウェブサイトの管理人で、長い友人でもある宮澤宣圭が引き受けてくれた。文庫本で解説を書いてくれた斉藤美奈子も、全文掲載を即答で了解してくれた。最後の課題は、月刊PLAYBOY連載時には、毎回掲載されていたイラストだ。書籍化の際には(カバーなど数点のイラストは別にして)ほぼ割愛されたが、できることならすべてのイラストを復活させたかった。でも無料公開は僕のわがままだ。無報酬を他の作家に強要できない。
 結論から書けば、イラストレイターの山本重也は僕の依頼を、「イラストが少しでも力になれば嬉しいです」と、やっぱり快諾してくれた。
 こうして多くの方々の応援と理解で、この無料掲載が実現できた。そもそもネット弱者なので、一人では何もできなかった。多くの人に無理を言った。我を押し通した。それほどに読んでほしい。知ってほしい。気づいてほしい。麻原はもう処刑されたけれど、今からでも遅すぎることは絶対にない。
 僕の転機はオウムだ。地下鉄サリン事件をきっかけに映画を撮り、本を書き、そして今がある。でも興味の焦点は、実はオウムそのものではなく、オウムによって激しく変化した日本社会だ。そしてその変化は、今もまだ続いている。むしろ加速している。
 だから間に合う。まだ間に合う。遅すぎることは絶対にない。事件は地続きで今に続いている。読んでほしい。知ってほしい。気づいてほしい。その思いで公開します。

2019年1月23日 森達也

イラストレーション/山本 重也 (ヤマモト シゲヤ)
 大阪市出身イラストレータ-
 一般社団法人・東京イラストレーターズソサエティ(TIS)会員
 2017年秋に仙台市内へ活動拠点を移す。
 1996年 中国新聞広告賞、カラー部門賞、受賞
 2005年 日本出版美術家連盟 新人賞受賞
 2008年 リクルート社、RMCグランプリ入選
 2013年 第30回アンデルセンのメルヘン大賞にて選考委員を務める
 一日一枚描く風景画を2003年11月から一日も欠かさず継続中。
 (現在自身のFaceBookで公開中)

A3 目次

『A3』無料公開にあたって
プロローグ
1 傍聴
2 封印
3 面会
4 弁明
5 弁護
6 故郷
7 真宗
8 記憶
9 拒否
10 手紙
11 暴走
12 鑑定
13 信仰
14 鏡像
15 集会
16 父親
17 詐病
18 棄却
19 姉妹
20 船橋
21 刑事
22 迷路
23 孤立
24 死刑
25 視力
26 抗議
27 試練
28 生殺
29 統制
30 独房
31 受容
32 特異
エピローグ
文庫のための新章 残像
参考文献・年譜・オウム真理教組織図
解説

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『A3』

2012年に集英社文庫から出版された『A3』(上・下)を全文公開します。
51つのマガジンに含まれています

コメント3件

↑のリンク先が間違っていて、12章と13章、20章と21章が同じテキストになっています。それぞれ1章分が脱落して読めません。リンクの訂正をお願いします。チェックは誰がやったのでしょうか。
読了から、数日経ちました。

読み進めていくなかで、驚愕や戸惑い、時に怒りなどが去来し、それらの感情が全て翻って我が身に牙を剥くような感覚を覚えました。

安易を躊躇い、逡巡を恐れず、反省を重ねていくことでしか前には進めないのだと、読み終えた今、強く感じます。

1人でも多くの人に読んで欲しい。

心からそう思います。
読まさせて頂きます。
公開ありがとうございます。
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