解説

斎藤美奈子  

 一九九五年は二つの出来事をもって記憶される年である。ひとつは一月十七日の阪神淡路大震災。もうひとつが、いわゆる「オウム真理教事件」である。
 十三名の死者を出した三月二十日の「地下鉄サリン事件」は日本中を震撼させたが、はたして二日後の三月二十二日、オウム真理教の各施設に警察と自衛隊の強制捜索が入った。この時点で私たち視聴者は、いったい何が起きたのか、教団が事件に関与しているのかどうか、何もわかっていなかったというべきだろう。
 しかし、この日を境に、阪神の被災地にそそがれていた人々の目は、山梨県上九一色村や東京都港区の教団施設に移行した。五月十六日には事件の首謀者として麻原彰晃が逮捕されるが、それでも飽きずにテレビは連日特番を組み、教団の教義、沿革、組織、修行法から幹部の経歴にいたるまで、こと細かに報じた。
 あの頃のメディアをめぐる状況は、いま思い出しても「熱狂」「発情」「欲情」「異常」としかいいようがない。森達也の表現を借りれば、まさに「現代の魔女狩り」だった。結果的に教団は、地下鉄サリン事件にも、松本サリン事件にも、坂本堤弁護士一家殺害事件にも関与していたわけだけれども、それ(事件をめぐる事実関係)とこれ(現代の魔女狩り)とはひとまず別の問題である。なにしろ近代法には「推定無罪」という原則があるのだし、まして世間が「オウム」に熱狂していたのは、すべてが「疑惑」にすぎない段階だったのだから。
 さて、と、そんな風だったにもかかわらず、事件は急速に忘れ去られた。
 二〇〇六年九月、最高裁が特別抗告を棄却し、麻原彰晃の死刑は確定した。関係書籍が何冊も出版された。多くの人にとって、それは「終わった事件」となった。「早く終わらせたい事件」でもあったにちがいない。
 ところが、この裁判に疑義を呈し、コトを蒸し返した人物がいる。ほかならぬ本書の著者、森達也である。森にはすでにオウムに取材した『A』『A2』というドキュメンタリー映画があって、二作の書籍版も含め、高い評価を受けている。タイトルから考えても本書はその続編に見える。「すごいな。まだオウムを追っかけてんの?」と思った人、「森サンのいいたいことは、もうわかったよ」と読む前から思った人も、おそらくいただろう。森達也の作品はちょっとこう私小説的なところがあって「事実を追う僕」「逡巡する僕」が作中に何度となく登場するため、ときに情緒過多な印象を与える。本書にもその傾向がないとはいわない。しかし本書は、『A』とも『A2』とも位相を異にする。これまでのどの作品ともちがっている。
 著者本人が〈でも知ってほしい。立ち止まって振り返ってほしい。ここまでの足跡を確認してほしい。目を凝らせばきっと見えてくるはずだ。耳を澄ませば聞こえてくるはずだ〉なんて文学的な表現しかしないので、ここは私が代弁しよう。
『A3』は告発の書なのである。それも「社会」とか「メディア」とかいう漠然とした対象ではなく、麻原裁判(とそれに関係した人たち)という明確な相手に対しての。

 ともあれ真摯にページをめくってみよう。
「傍聴」と題された冒頭の章で、早くも私たちは大きな衝撃を受ける。正確には森達也が受けた衝撃をイヤでも共有することになる。
 二〇〇四年二月、麻原彰晃に死刑判決が下された東京地裁の法廷で、森が目撃したのは、ふつうでは考えられない、被告の「壊れた姿」だった。〈今の彼に、訴訟の当事者になれる能力があるとは、とてもじゃないが思えない。ところが彼が逮捕されてから現在まで、精神鑑定はただの一度も為されていない〉ことの驚き。
〈なぜ精神鑑定の動議すらできないのか。なぜ検察も弁護団も裁判所も沈黙してきたのか。なぜこれまで裁判を傍聴してきたメディアや識者やジャーナリストたちは、麻原の様子がどうも普通ではないとアナウンスしてこなかったのか〉
 このとき彼が感じた疑問、もっといえば「麻原彰晃の異様さ」と「裁判の異様さ」に対する驚愕から本書のすべてはスタートしている。麻原裁判(=麻原の姿)を見慣れた人の多くが「麻原=詐病説」をとるのを思えば、はじめての傍聴だったからこそ、その「異様さ」に気づくことができたのだともいえるだろう。
 実際、章を追うごとに明らかになる麻原のようすは想像を超えている。奇声、痙攣、失禁、脱糞、オムツ、垂れ流し……。彼が犯罪の容疑者であるか否かを問わず、明らかに精神科の診察ないし治療が必要なレベルである。当時の麻原はまだ五十歳前後である。もし家族が同様の症状を示したら、だれが放置できるだろう。
 一方、司法の異様さは、精神鑑定もしないで一審の判決が下されたことだけではない。二〇〇六年二月、二審ではじめて行われた正式な精神鑑定の結果は「病的思考は認められない」「訴訟能力はある」だった。脳器質性疾患、拘禁反応など、見立てにこそ差があるものの、二審弁護団の依頼に応じて麻原に接見した六人の医師全員が「意思疎通は困難」「訴訟能力は失われている」と鑑定したのにだ。
 意思の疎通すらできなくなった人物を被告席に立たせて進行する裁判。「彼は被告が本来持つべき権利をほとんど有していない」と衛生夫が証言する被告の処遇。かくして本書は、裁判にかかわった人々に強い調子で問いかける。〈僕は教えてほしいのだ。糞尿にまみれ、入浴は棒タワシで洗われ、食事はすべてひとつの食器に盛られ、差し入れは刑務官に取り上げられる麻原になぜ訴訟能力があると断定できるのか、その理由を納得できるように教えてほしいのだ〉

『月刊PLAYBOY』で連載がはじまった当初、森達也がもくろんだのは、巷間伝えられているのとはちがった麻原彰晃(松本智津夫)像を描くことだったかもしれない。そのもくろみは、半分は成功し、半分は失敗に終わっている。当人との面会がかなわず(たとえ面会できてもコミュニケーションが成立せず)、周囲の人々が取材を拒否する状況では、それはハナから無理な注文だっただろう。
 もちろん、生まれ育った熊本県八代市で、あるいは一時居を構えていた千葉県船橋市で、ゆかりの人々が語る少年時代・青年時代の麻原像は、それなりに興味深い事実を含んでいる。とりわけ彼の視力の衰えが水俣病に起因するかもしれないという、人物像を大きく左右しかねない証言は読む人に強い印象を残す。しかし、結局のところ、そこはアイマイなままだし、弟子たちが証言する「教祖としての麻原像」も意外とまではいえず、麻原彰晃の人物像は断片の集積にとどまっている。
 そのかわり、本書はいくつもの重要な論点を提出することになった。
 第一には、先にも述べた麻原裁判への疑問である。敷衍するなら、それは司法や警察を含めたこの国の公権力への疑問につながる。「戦後最大級」と形容される事件の裁判がこんな形で終幕を迎えるのは、どう考えても異常である。
 第二には、ジャーナリズムへの懐疑である。メディアの恣意性は森達也が一貫して追究してきたテーマで、それ自体はべつに新しいものではない。しかし事件発生当時の熱狂ぶりとは裏腹に、裁判スタート後のメディアは何をやってきたのかという思いは強く残る。司法当局の発表を鵜呑みにする形で、彼らは独自の検証を圧倒的に怠ってきた。「早川ノート」がじつは「岐部ノート」であったなど、重大な誤認が放置され、麻原は詐病だとの説が大勢を占め、弁護団の言い分は曲解され、それに呼応するように「麻原憎し」「早く死刑にすべし」という世論が形成される。〈オウム報道はメディアを変えた〉と森は書く。オウムによって危機意識を刺激された社会は、単純な「わかりやすさ」をメディアに求め、メディアもそれに応えるようになったのだと。
 そしてもうひとつ、第三の論点が、早川紀代秀や中川智正ら、教団の元幹部へのインタビューから浮かび上がる、事件にいたるまで経緯というか解釈である。「九〇年の総選挙における惨敗を受けて教団は無差別大量殺戮を企てる会に変貌した」という検察が描いたストーリーは正しいのか。「地下鉄サリン事件の直前に、警察と自衛隊の強制捜査が入るかもしれないという情報がもたらされ、教団(麻原)はサリン原料の処分を迫られた」という弁護団の主張を、どう考えたらいいのか。
 これについても、本書は明快な解を示してはいない。ただ、「過剰な忖度」、あるいは「レセプター(受容体)」という言葉で説明される暴走の構図は説得性に富む。なぜならそれは構造的に考えて、どんな組織にも「起こり得ること」だからだ。

 一度が確定した裁判の流れを変えるのは容易ではない。が、少なくとも『A3』は社会を騒然とさせるだろう、と森達也は予測していたにちがいない。
 世間はしかし、甘くなかった。(世間に対して半ばケンカを売っているのだから当然とはいえ)森の主張を歪曲する一部の人々によって『A3』は連載時から激しい攻撃の標的にされ、単行本出版後もそれは続いた。二〇一一年、本書は第三十三回講談社ノンフィクション賞を受賞したが、それで報道機関や司法当局が自らを省みることもなかった。一冊の本の力はあまりに小さい。「麻原の再審も含めて検証や確認作業が再び始められたとき、僕にとっての『A3』は、やっと終止符が打てるのだと思っている」。受賞の言葉にそう書いた森にとって、この結果は甚だ不満だっただろう。
 残念ながら、これがいまの日本なのである。それは被告の子どもたちから正当な教育を受ける権利を奪い、重要な証拠であるはずの事件の舞台となった施設を早々に取り壊し、「これ以上裁判を続けても真相が明らかになるとは思えないから早く結論を出すべきだ」という論理がまかり通る社会でもある。
 それでも、世の中全体が首謀者とされる被告もろとも事件を葬り去ろうとしているときに、これに抗する一冊の本があるかないかは、大きなちがいだ。オウム真理教事件は終わっていない。簡単に終わらせてはいけない。本書を読んだ人はみなそう感じるだろう。『A3』が発した問いは、最後にはわが身に跳ね返ってくる。求められているのは「かれら」と「われわれ」が地続きであることを感じとれる想像力なのだ。

A3 目次

『A3』無料公開にあたって
プロローグ
1 傍聴
2 封印
3 面会
4 弁明
5 弁護
6 故郷
7 真宗
8 記憶
9 拒否
10 手紙
11 暴走
12 鑑定
13 信仰
14 鏡像
15 集会
16 父親
17 詐病
18 棄却
19 姉妹
20 船橋
21 刑事
22 迷路
23 孤立
24 死刑
25 視力
26 抗議
27 試練
28 生殺
29 統制
30 独房
31 受容
32 特異
エピローグ
文庫のための新章 残像
参考文献・年譜・オウム真理教組織図
解説
この作品は2010年10月、集英社インターナショナルより刊行されました。

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森達也(映画監督・作家)

‘98年にドキュメンタリー映画『A』を公開。ベルリン国際映画祭などに正式招待される。2001年、『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年に『A3』が講談社ノンフィクション賞を受賞。2016年、映画『Fake』を発表。

『A3』

2012年に集英社文庫から出版された『A3』(上・下)を全文公開します。
2つ のマガジンに含まれています
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