【彼は昔の彼ならず】【1】

 

 高校二年生の夏、僕は彼女に出会った。

 鈴鹿市に住んでいた僕は、四日市の工業高校まで電車でニ十分ほどかけて通っていた。家から最寄り駅までは自転車で十分ほどだったけど、その頃の僕はイヤホンで音楽を聴きながら歩くことが好きだった。

駅までは歩くと四十分もかかるけど、音楽の世界に包まれながら一人で歩いていると、とても幸せな気持ちになった。

その頃の僕はジャンル問わずいろいろな音楽を聴いていた。お気に入りの曲をみつけると、熱が下がるまでひたすらリピート再生をしていた。三日間ずっと同じ曲を聴き続けたこともある。同級生の友達の中で誰よりも音楽に詳しい自信があった。

彼女に初めて出会った時も、僕はイヤホンで音楽を聴いていた。その時はKT Tunstallという女性アーティストのBlack Horse And The Cherry Tree を聴いていた。強くてきれいな女性をイメージさせるその曲が彼女にはとても似合っていた。


 所属していたラグビー部の早朝練習に向かうため、僕は電車に乗っていた。朝早くに乗客は少なかった。僕の乗った車両には、僕を含めて乗客は三人だった。

イヤホンで音楽を聴いている僕にも聞こえるくらい大きな声で電話をしている外国人が一人と、同じ高校の一学年下で陸上部に所属する男子生徒が一人いるだけだった。その男子生徒もイヤホンをしていたが、外国人の電話が気になるらしくチラチラと様子をうかがっていた。


 三駅目の河原田駅に着くと、彼女が目の前の扉から乗り込んできた。一目でわかる商業高校の制服は茶色でスカートの丈は長い。よく仲間内ではゴキブリ色の制服だと笑いの種になっていた制服だ。

彼女を見た時に僕は本当に驚いた。ゴキブリ色の制服がまるで着物のようにきれいなモノに見えたからだ。僕たちがゴキブリ色だと笑っていた制服を着た彼女は、むしろ汚れのいっさいを感じさせない清潔感を身にまとっているようだった。

彼女は長くてきれいな黒い髪を左右に躍らせながら僕の前を通りすぎて、少し離れた席に座った。僕の席からは彼女の顏がよく見えた。

どう見たって美人なその顔立ちは、少したれ目で小動物のような可愛さもあった。誰だって守りたくなるような空気を彼女はまとっていた。愛情をたっぷりと受けて育ってきた余裕からか、近寄り難い空気も彼女にはあった。

それは男性だけを寄せつけない強力なバリアのようなものに思えた。彼女が気を許した人間だけが、彼女の隣に立てるのだと直感的に僕は思った。このバリアは本当に強力で、その頃の僕はまだバリアの正体を知らなかった。

 

 彼女に見惚れているとすぐに降りる駅についた。電車を降りてからも、僕は離れていく電車を何度も振り返った。電車がまったく見えない遠くに去っていった後も三回ほど振り返っていた。ただただ、ボーっとしていた。

三十分くらいしてからようやく、次は声をかけようだとか、友達になりたいだとかと、いろいろと考えだした。

それくらい、彼女に圧倒されていた。

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守田 一郎

【彼は昔の彼ならず】

「僕」は電車で出会った女子高生に恋をする。しかし、彼女は生粋のレズビアンであった。彼女のことを諦められない「僕」は、人生をかけて恋路を突っ走る。 小説です。楽しい物語が書きたくて。
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