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商業登記失敗事例~商号編~

我々司法書士は、お金をもらって仕事をする、登記のプロフェッショナルです。
それでも恥ずかしながら失敗をしてしまうこともあります。
そんな失敗事例を共有することは、クライアントの利益になりますし、ひいては我々司法書士全体の利益にもなるはず。
ということで、今回は、私の失敗事例をご紹介したいと思います。

1.依頼

知り合いの弁護士経由で法人設立の依頼がきました。
さっそく依頼者から話を聞いてみると、メタバース関連事業を展開するためのハコを作りたい、ゆくゆくは外部から資金調達も視野に入れたい、とのことだったので、では株式会社でいきましょうということになりました。

私が法人設立の依頼を受けると、まず全体のフロー表を確認していただきつつ、ヒアリングシートに必要事項を記入してもらいます。
フロー表は全体の流れと作業分担が記載されており、ヒアリングシートは設立登記に必要な情報を記入していただく形になっています。

フロー表

ヒアリングシートをざっと確認します。
「株式会社MORI2 AGENT FIRM(モリモリエージェントファーム)」というその会社、発起人ひとり、役員ひとりのシンプルな機関設計です。本店は法人登記可のシェアオフィスで、資本金は少なめ。目的に「NFT」「メタバース」「AR・VR」等専門的かつ英単語が多いのでこの辺は修正が必要そうですが許認可関係はなさそうです。
全体を見て、特に大きな問題はなさそうだったので「ではいったんこれでお預かりし、準備を進めます。こちらお見積もりです。また何かあれば適宜メッセージお送りしますので、フロー表に従って、できる準備を進めてください。」とお伝えしました。

スタッフにヒアリング資料を転送し、定款含め各種ドラフトの指示をしたら私の仕事はいったん終了ですが、全体についてクリティカルな問題点がないか、念のためハンドブックを片手に確認します。

そのなかで、商号についてふと気になることがありました。
今回の「株式会社MORI2 AGENT FIRM」という商号、英単語同士のスペース、つまり「AGENT」「FIRM」を区切るスペースは問題ないとして、「MORI2」と「AGENT」のスペース、こっちも問題ないよね?という点です。
MORI2は造語でありつつも全体として英単語になっています。しかし数字との組み合わせです。そして厳密には数字と英単語をスペースで区切る形になっています。今までなかったケースだけどこれは問題ないのだろうか…?


2.商号に関する法規制

商号については、会社法第6条でこれが定められていますが、さらにその他の法律により、一定の制限が加えられています(ex.整備法3条、商登規50条、銀行法第6条、保険業法7条、信託業法14条)。

(商号)
第六条 会社は、その名称を商号とする。
2 会社は、株式会社、合名会社、合資会社又は合同会社の種類に従い、それぞれその商号中に株式会社、合名会社、合資会社又は合同会社という文字を用いなければならない。
3 会社は、その商号中に、他の種類の会社であると誤認されるおそれのある文字を用いてはならない。

これに加え、登記の目線では、多数の通達が発出されており、我々はこれらを検討しつつ、登記に耐えうる商号かどうかを検証していくことになります。
もっとも重要なのは、平成14年7月31日 法務省民商第1839号/同1841号になりまして、法務省のHPにいい感じにまとまっているので以下引用します。その解説が登研661号-175頁です。

1 商号の登記に用いることができる符号   
(1)ローマ字(大文字及び小文字)
(2)アラビヤ数字
(3) 「&」(アンパサンド)
  「’」(アポストロフィー)
  「,」(コンマ)
  「-」(ハイフン)
  「.」(ピリオド)
  「・」(中点)
なお,(3)の符号は,字句(日本文字を含む。)を区切る際の符号として使用する場合に限り用いることができる。したがって,商号の先頭又は末尾に用いることはできない。ただし,「.」(ピリオド)については,省略を表すものとして商号の末尾に用いることもできる。
※なお,ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り,当該単語の間を区切るために空白(スペース)を用いることもできます。

2 ローマ字商号に関するQ&A
Q1 ローマ字を使用した法人の名称を登記することができますか。  
A 商業登記規則第50条は、各種法人等登記規則等において準用されますので、会社以外の法人の名称中にローマ字を用いたものも、そのまま登記することができます。例えば、特定非営利活動法人がその名称を「NPO法人○○○」として登記することも可能です。

Q2 ローマ字と日本文字とを組み合わせた商号を登記することができますか。  A 「ABC東日本株式会社」や「大阪XYZ株式会社」のように、日本文字とローマ字とを組合せた商号でも登記することができます。

Q3 ローマ字のうち大文字又は小文字のどちらを商号に使用して登記することができますか。  
A 大文字、小文字のどちらも商号に使用して登記することができます。

Q4 数字だけの商号を登記することは可能ですか。  
A 例えば、「777株式会社」という商号を登記することも可能です。

Q5 「株式会社」を「K.K.」、「Company Incorporated」、「Co.,Inc.」、「Co.,Ltd.」に代えて登記することは、可能ですか。  
A 法令により商号中に使用が義務付けられている文字、例えば、会社の場合は、会社の種類に従い株式会社、合名会社等の文字を用いなければなりません(会社法第6条第2項)ので、これらを「K.K.」等に代えることはできません。

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji44.html

商業登記規則第 50条 
商号を登記するには、ローマ字その他の符号で法務大臣の指定するものを用いることができる。
2 前項の指定は、告示してしなければならない。

○法務省告示 
商業登記規則(昭和39年法務省令第23号)**第51条の2第1項(他の省令において準用する場合を含む。)の規定に基づき、商号の登記に用いることができる符号を次のように定め、平成14年11月1日から施行する。
1 ローマ字
2 アラビヤ数字
3 アンパサンド、アポストロフィー、コンマ、ハイフン、ピリオド及び中点

**現行商業登記規則50条のこと

3.事前照会

色々資料を漁った結果、おそらくスペースを入れられるのではないかと判断しましたが、とはいえ今回は定款認証も必要で、さすがに申請してからダメでした~誤記証明取りましょうね~では荒々しすぎるな…と思い、念のため事前照会をかけることにしました。

今回ポイントになりそうなのは、上記通達の【なお,ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り,当該単語の間を区切るために空白(スペース)を用いることもできる】という点です。

申請先は東京でも法人の申請がかなり多い出張所なので、それなりにきちんとした回答が来るだろう、今後のひとつの指針になるだろう、と考えていました。

                <照会状>
東京法務局●●出張所 御中
                           司法書士 話盛太郎

商号「株式会社MORI2 AGENT FIRM」につき、「MORI2」と「AGENT」の間にスペースを入れることの可否

株式会社の商号には原則としてスペースが使えないところ、平成14年7月31日 法務省民商第1841号により、ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り、当該単語の間を空白(スペース)によって区切ることも差し支えないとされております。

平成14年7月31日 法務省民商第1841号において、
①「ローマ字”のみ”の単語を区切る」と限定されていない点
②1つの商号の中で異なる文字の組み合わせを行うことは許容されており、またローマ字を利用する場合に、頭文字を羅列したそれ自体としては単語の意味をなさない形で表記することも認められている点
③他社において当該照会のとおりのスペースを用いて登記されている事例がみられる点

以上を考慮すると、ローマ字と別種文字の混合である単語同士をスペースで区切ることはできると思われ、よって、当該商号を用いた設立登記も問題なく受理されると考えます。

<根拠資料>
①平成14年7月31日 法務省民商第1841号
②添付の登記情報


4.結論

FAXをぶち込んで3~4日後、電話にて回答が来ました。
結論からいうと、「当該商号を用いた登記申請は受理されない」とのことでした(個人的には8割くらい大丈夫かなと思っていたのでわりと衝撃でした)。

理由としては、

①「ローマ字”のみ”の単語を区切る」と限定されていない点
⇒通達では【ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り,当該単語の間を区切るために空白(スペース)を用いることもできる】と規定されており、さらに本通達では「ローマ字その他の符号」「ローマ字」を明確に使い分けていることから、むしろ「ローマ字のみを用いて複数の単語を表記する場合に限り」と読むことが適当だと考える。もし数字を含むのであれば、「ローマ字その他の符号を用いて~」という記載になっていたはずである。

②1つの商号の中で異なる文字の組み合わせを行うことは許容されており、またローマ字を利用する場合に、頭文字を羅列したそれ自体としては単語の意味をなさない形で表記することも認められている点
⇒貴見のとおり。

③他社において当該照会のとおりのスペースを用いて登記されている事例がみられる点
⇒正直誤って受理されるケースもあると考えられる。しかし本来は受理しないのが相当

とのことで、めちゃめちゃ文理解釈に基づく回答でした…。

さすがに柔軟性なさすぎない?と思いつつ、上記①についてはやや藪蛇だったかもなあと反省しました。案外照会かけずにそのまま申請したほうが通っていたかもしれません。

上記回答が来てしまった以上、この商号での登記はできません。
クライアントにはその旨の説明をし、スペースを詰める形での修正に了承いただきました。

5.おわりに

ということで、申請・定款認証の前に食い止められたので、ギリギリ失敗事例とまでは言えないのかもしれませんが、久々に個人的にはいけると思っていたものが照会で否定された例であり、かつ、「英語+数字」「数字+英語」の組み合わせの単語だとスペースを入れられない、というちょっと意外な回答だったので紹介させて頂きました。

これ、いつか法務局との登記実務協議会に上げてみたいなあ。

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