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ダークウェブ・アンダーグラウンド 絶望的な世界

ダークウェブ・アンダーグラウンド
社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち
木澤佐登志
イースト・プレス 2019年

裏の世界であるダークウェブはどんな場所でどんな悪行がくりひろげられたか紹介するぜという感じに思わせるイースト・プレスのアングラ本。ダークウェブは盗まれた仮想通貨の資金洗浄に使われたりつねにやくざがうろついているような絶望的に闇深い印象があったので実話モノ的な期待があったのだが実際に紹介されるエピソードを見ていく限りダークウェブの闇は深くない。むしろ闇が浅いことに絶望した。

本から読み取れるダークウェブ誕生の経緯はダークヒーローの話にまとまりそうだ。自由を愛するヒーローとして登場したインターネットだったが企業と政府の参加と癒着により自由はなくなった。そこにふたたび自由を掲げて立ち上がったのがダークウェブだ。ウィキリークスが米政府の悪事をあざやかに暴いたように「匿名という闇の力をもてば市民も国や企業と戦うヒーローになれる」とダークウェブは強く説いた。しかし実際にダークウェブから匿名の力を得たのは自分より弱いものを食い物にしている弱者でしかなかった。詳しい経緯は本で。ダークウェブはドラッグの取引道具として、またはわずかなお金で売られた貧しい子どもたちがレイプされる動画を観るためのインフラとして使われた。ダークウェブのトラフィックは75%が児童ポルノという報告もあるそうだ。自由・解放といった文句は依存や虐待の言い訳に使われた。なお日本人は自国で児童ポルノコミュニティを作るのではなく海外のコミュニティで日本人の集まりを細々作っているそうだ。ちなみにドラッグも児童ポルノも大手サイト運営者はしっかり逮捕されたそうだ。

本から読み取れる限り闇が深いのはむしろ表側のウェブだ。ウェブは世界につながる窓ではなく自分の姿を写す鏡になった。グーグルは2009年から閲覧者が好む検索結果を返すようになった。ツイッターやフェイスブックは閲覧者が好む意見を見せるようになった。結果閲覧者はウェブを使うたびに泡に包まれるように外の世界が見えなくなっていく仕組みだ。「フィルターバブル」「サイバーカスケード」などと呼ばれるらしい。表向きにはビッグデータとかパーソナライズとか呼ばれる広告商品として販売されて企業や政府が買いまくった。結果フォロワーの多い政治家を好む人が集められて対立候補への悪口が増えてウソが増えて下品な言葉が増えた。そして2017年アメリカでトランプ政権が生まれた。

当時アメリカのネットでは民主主義はダメだから弱肉強食の封建主義に戻れよという「新反動主義」も流行していた。ざっくりテクノロジー企業のCEOのような資本主義の勝者を王様にしろというような考えだ。新反動主義の有名人がニック・ランドという哲学者。進歩・平等・利他・道徳・博愛などの考えと対立する「暗黒啓蒙」を掲げていた。良識と逆のことをやれという発想に見える。実際新反動主義者の中では「女性差別運動が男性差別を生んでいる」「白人やアジア人はほかの人種より知能指数が高い」などの主張とともに女性差別・人種差別をよしとする人も少なからずいたそうだ。ツイッターが差別発言やヘイトスピーチを禁止したときは「言論の自由を守る」と言って好きなだけヘイトスピーチができるヘイトスピーチ工場のようなサイトを作ったりしていたという。そのとき新反動主義者たちはダークウェブや暗号通信や仮想通貨なども使いこなしていたそうだ。

本でも指摘していて面白いなと思ったのは新反動主義がハッカー意識を生んだカリフォルニア・イデオロギーと同じような反体制的で能力主義的で自由主義的という特徴があることだ。1980年代にハッカーたちはコンピューターを普及させて情報を自由に流通させれば既存の支配者を打倒できると考えた。結果グーグルのような企業が資本主義社会の新たな支配者になった。そこにひれ伏せと言っているのが新反動主義という理解で合っているように思う。

読後振り返るとダークウェブにいるネット暗部の住人たちのジメジメした青春が純粋に見えた。「児童ポルノを愛する権利を守る」などと幼稚でバカな考えに熱中できるのはダーウウェブのテクノロジーによって力を得たように錯覚したからだ。一方表側の世界ではウェブのテクノロジーによって力を得たように錯覚したものたちがトランプ政権を生み出して幼稚でバカな考えで世界を支配しようとしている。いま世界的に弱者たちが一握りの強者のもとに群がって自分から支配されようとしているように見えたのが本当の意味で絶望的だった。

ところで本のメインテーマはダークウェブより新反動主義。インターネットのジメジメした界隈のカルチャーを一緒くたにして見られるのは昔のスタジオボイスのようで楽しいが著者の興味はどちらかというと新反動主義にありそうだ。今度は新反動主義・オルタナ右翼をテーマに取材なども増やして内容を厚くした本を読んでみたい。

(読書メモ・1月)

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