ぼくのなつやすみ ~酒と女で忘れよう~②

ぼくのなつやすみ①はこちら

8月12日(金)

妹の新居の猫と戯れ、実家の伸びすぎた庭木を切り、家族とおうち焼肉の後、21時に飲みに出た。

今日も昨日と同じ駅前。
昨日は結局、町の話を聞くどころじゃなかった。
気を取り直して情報収集だ。

閑散とした駅前の大通りをきょろきょろ歩くと、ガードレールに腰掛けてタバコを吸っている、背の高いイケメンに声を掛けられた。
「お店探してますか?うち、開いてますよ」
キャッチとは思えないラフさだ。

Bar TSUBASA

この辺りでは珍しく爽やかな36歳のマスターは、ホテルマンとして長く勤めた後、数ヶ月前にこの店「Bar TSUBASA」をオープンしたらしい。
一面のガラス張りから寂しい駅前の街灯が差し、目新しさとノスタルジーが共存している。

バックバーの多彩さは昨日のBar Shineeとは段違いで、その最上段の中央に山崎を見つけて驚いた。
昨今のブームに加え、主に中国人が投資目的でジャパニーズウイスキーを買い占めているから、特に山崎は店頭に行き渡らないと話には聞いていた。

「この町で山崎が見られるなんて思いませんでした」。
そう言うとマスターは、
「この町じゃ、お酒の事なんて誰も知りませんから」と笑った。

山崎はシングルで1500円。
普段なら手を出さないから確信が持てないけど、他よりも随分安いような気がする。
ささやかな小銭を地元に捧げるつもりで、有り難く舐めた。

「今日はスナックに挑戦してみたいんですが、おすすめのお店はありますか」。
僕が尋ねるとマスターは、
「お兄さんは品があるから、この辺りのスナックでは浮くかもしれませんが・・・」と苦笑いした。

耳触りのいい言葉に喜んだ刹那、寂しさを覚えた。
僕はもうこの町の人間ではないと、改めて突きつけられた気がした。

でも、大丈夫。
僕は今夜、酒と女に溺れるつもりで来ているのだ。
品なんて肝臓で分解してしまえ。

「ちょっと騒がしいかもしれませんが、間違いないのは『スナック 吞』さんですね」。
ちょうど騒がしい酔客達が入ってきたので、入れ替わりで「Bar TSUBASA」を後にした。

「吞」は信号を渡ってすぐの、スナックが数軒入ったビルの1階。
賑やかな声が店外まで響いている。
しかしドアノブに手をかけると、鍵がかかっていて開かない。
踵を返したとき、脇の階段を降りてきたホステス風の女性と目が合った。

若い。
僕と同年代か、年下だろうか。
ゆるい螺旋から僕を見下ろす、ふっくらした身体に纏った薄いピンクと、薄闇に浮かぶ白い肌は、漫画みたいにお姫様だった。
彼女は「開いてますよ」と言った。

スナック 彩花

「『吞』は大人気やけん、満席になったら鍵閉めるっちゃ。この時間からじゃ入れんよ」。

「吞」の上階に入っているそのスナックも、最近オープンしたばかりだそうだ。
40代のママが初めて持った自分の店で、子供の独り立ちを機に夢を叶えたという。
先ほどの若い女性はアルバイトで、僕の2つ下の24歳。
ちょうど店が暇だから、客引きに出た所だったらしい。

昨日のShineeも先程のTSUBASAもこの店も、オープンして1年未満だという事、そしてこんな外れの町で、20代のホステスが働いている事に驚いた、と話した。
「僕の京都の家の近くで唯一のスナックは、おじさんが一人でやってるんですよ」。
そう言うと二人は笑った。

この町のスナックは元気だ。
すぐ近くで最近、20代のママが誕生したともいう。

静まって見えたこの町でも、点在する飲み屋には夜通し笑い声が響いている。
代を跨ぎ、店構えだけを引き継いで、新陳代謝は続いていた。
18まで居たこの町を、僕は分かった気になっていただけだった。

程よく酔って、日付が変わった。
今夜はもう1軒行きたい、次はショットバーかな。
そう言うと、ママが近くの店を案内してくれると言うので、お言葉に甘えた。

Bar MAGIC

スナック彩花のママは、「若いお客さんもよくおるけん」と言って自分の店に戻った。
40代の金髪のマスターが切り盛りする路地裏のバーは、すでに常連らしい男女連れで出来上がっている。

最近流行りの、ネオンカラーを多用した韓国風の内装。
壁には「シーシャ ¥2,000」の張り紙。
ちょっと場違いかもしれない・・・

カウンターに座り、ジャックダニエルをロックで頼んで、気圧されるのを誤魔化すようにタバコを吹かした。
京都から帰省で、と言うと、「いっぱい飲みね!」と返ってくる。
この町の人々は、本当にいっぱい飲ませてくれる。

とはいえ完成した常連のノリには上手く馴染めそうもなく。
河岸を替えようと考えていると、店のドアが開いた。
先ほどの、「スナック彩花」のバイトの子だ。

ママが僕をこの店に案内した事を彼女は知っている。
それを踏まえて、追ってきたと考えるのは自惚れが過ぎるだろうか。
彼女は僕の隣、一番壁側の席に座った。

今夜はこの子で──と頭をよぎるが、彼女は常連らしい。
スナックを退勤したら、よくこの店に寄るという。
さすがに自惚れだったか。

そういえば彼女の名前を聞いていなかった。
カリンさんと言うらしい。
店での姿とは違い、二人になるとよく喋る子だ。
近所に一人で住んでいるなど、しばらく聞いて、気が付いた。

マスターがときどき呼ぶ名前と、僕に名乗った名前が違うのだ。
果たしてどっちが源氏名なのか。
マスターとは長そうだ、カリンが源氏名に違いない。

でも、もしそうでないとしたら・・・
ちょうど24時間前におあずけを喰らっている僕は、たくましく勘違いをした。

「キャバでも働いとったけど、スナックの客層が私は一番楽しいっちゃ」。
「私はこの体型が好きやけん、ダイエットはせんのよ。マイメロみたいやろ?」。
「ありがとう。太っとるぶん、髪と肌には気ぃ遣っとるっちゃんね」。

話し込んで午前2時、また店のドアが開いた。
近くのスナックから流れてきただろう、大勢の酔客だ。

ホステスも連れて、テーブル席まで埋まり、大層騒がしい。
マスターの後輩だというヤカラ風の男はカウンターの中に入り込み、既にいた客にまで、手当たり次第に酒を振る舞っている。

いいきっかけだ。

「騒がしいね。この1杯飲んだら行かん?」
「うん」。

よし。
あとは、酒の余韻を残すだけの会話をして──

「お会計お願いします」と言ったとき、まだカウンターの中にいるヤカラ風の男が話し掛けてきた。

「もう帰るんかね!京都から来たっちゃろ?もっと飲まんね!」
「俺の奢りやけん!焼酎でいいね!ほら飲み飲み!」
「セックスかね!あんたら今からセックスするんかね!じゃあこれ飲み!」

男はグラスになみなみの焼酎と、指先大の錠剤を差し出した。

「お兄さん、やりたい放題ですね(笑)」
「良いんよ!こいつ俺の舎弟やけん!」
すると金髪のマスターが、
「お前の方が後輩やろがちゃ!」

・・・・・・。

きっぱり断って、さっさと連れ出すべきだったんだ。
だけど目の前で繰り広げられる、「ザ・北九州劇場」に僕は楽しくなってしまっていた。

受け取った錠剤を、焼酎で流し込む。

「で、これは何ですか?」
「シアリスちゃ。セックスに効くけん!」

・・・・・・。

朝8時ちょうど。
夜の喧噪は静まり、小鳥がさえずる路地裏で、仰向けで目覚めた。
シャツの両肩がゲロで汚れていた。

カリンさんはいない。
財布は無事だった。
なんて治安のいい町だ。

どうやらすっかり吐いたようで、立ち上がるのには苦労しなかった。
そして、尋常でないほど勃ち上がっていた。
スマホで「シアリス」と調べてみる。



36時間──
ということは、明日の朝まで続くのか───


自販機で水を買って、前屈みで歩いて帰った。

これが2日目、2回目のおあずけ。
もうしばらく、お酒は見たくないけど───

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?