1.4ドーム感想

ドームも終わったので熱が冷めないうちに感想を。


飯伏幸太vs Cody

プレミア感溢れる異色対決だったのですが、予想以上に噛み合う好勝負になりました。Codyは技数の少なさと日本マットに慣れてないのもあるせいか、今ひとつ評価が低い気もするのですが、単純な華だけなら新日の中ではトップクラスですね。見えにくい部分の技術も上手く、飛ぼうとした飯伏をさりげなく場外で誘導したシーンには感嘆しました。

クロスアームスープレックスからのカミゴェはオカダのジャーマン→レインメーカーへの必殺コンボを想起させつつ、カミゴェという技自体が中邑の影響も感じるのもあって、戦った人間の動きを自分に取り入れているのはとてもいいですよね。ただ、技としては両手をつかんでいるせいで音が出にくく、受け側も地味であるため、技としてのインパクトに欠けるのが難点です。ただ、そこからすぐにフェニックス・スプラッシュ解禁に繋げたセンスは素晴らしく、新技とかつての必殺技のフルコースという贅沢さもあって、十分な幕引きではありました。


IWGPタッグ戦

敵役というKESの役回りと、試合で残したインパクトの嚙み合いが少し悪く、思った以上にタッグとしての地力の差が出た試合となりました。ただ、EVILと真田のタッグ自体は悪くなく、タッグチームではない、シングルプレイヤー同士のタッグというのは今の新日では非常に少ないため、インパクトに欠けていたIWGPタッグ戦線の中では希望の星です。こうしたシングルプレイヤーとしての格を上げるためのタッグは昔は結構あったんですけどね。EVIL真田は王者らしくはないのですが、チャレンジャーとしての主人公感があって見てて面白いですし、安易なタッグ技ではなく、ドーム映えするラウンディングボディプレスで仕留めたのは個人的には評価が高いです。

真田はオカダとのIWGP戦が決まりそうですが、どうなりますかね。当初はスカルエンドのインパクトがあったのですが、最近はタッグ屋として板についてしまったのもあるので、ここらでもう一度シングルプレイヤーとしての輝きを見てみたいです。ポテンシャル面は申し分なく、年齢的にも才能でも、オカダのライバルになれる逸材ではあるので、あと一歩壁を破って欲しいですね。


後藤洋央紀vs鈴木みのる

両者髪切りマッチという期待感はあったのですが、事前の想像を超えることのない凡戦に終わりました。天龍オマージュとも言える絞首刑での失神劇はスリーパーに焦点を当てたという意味では上手いのですが、天龍オマージュをやるには両者の格に差があり過ぎますし、あれでは後藤の不甲斐なさが際立つばかりで、結果的には悪手だったように思います。ノーセコンドを謳っておきながらのセコンド乱入は後藤vs鈴木のシングル戦での盛り上がりの限界を感じる要素でもあり、髪切りも含めてああいった盤外戦術を入れなければ盛り上げられないというのは結構致命的です。そうした意味で鈴木の盛り上げは素晴らしく、最後自分で髪を切ったことも含めて非常に漢らしかったのですが、「鈴木みのるが髪を切る」以上のインパクトを後藤が残せなかった時点で後藤の負けでしょう。

試合構成もそうなのですが、後藤に求められているのはシンプルに強い後藤像であり、どれだけボコられても必死に耐えて、勝ちの目をもぎ取る不屈の精神ではありません。このあたりの観客のニーズとフロントの売り出し方が噛み合っておらず、結果的に勝つことでしか格を保てない悪循環に陥ってます。後藤に足りないのは強さからくる信頼感や安心感であり、このスタイルのままではいつまで経っても変わらないでしょう。また対鈴木戦に向けての秘策がインプラント式GTRしかなかったのもマイナスで、思った以上にインパクトを残せなかったのが苦しい部分であります。

次戦の相手はEVILに決まりましたが、これはEVILの下克上マッチでもあり、後藤の格がやや下がったことを意味します。後藤にとっては正念場が続きますが、EVILとの試合は噛み合わせもいいのでいい試合にはなるんじゃないでしょうか。後藤は大関クラスのベルトの争いをやめて、早くIWGPを巻いて欲しいですね。


IWGP Jr.4WAY

それぞれの魅力が存分に発揮された至高の4WAYでした。特にオスプレイが思った以上に良かったですね。この面子の中で埋もれずに主人公オーラを発揮できたのは素晴らしいと思います。道化に終わりかけていたヒロムの後半の爆発っぷりはまさにJr.の新時代を予感させましたが、ロスインゴ総取りに傾きかけた空気をぶち壊したオスプレイとマーティ・スカルにも意地を感じましたね。KUSHIDAは勝てませんでしたが、4WAYと関節技の相性の悪さを考えれば負けは順当な結果で仕方がないように思います。またパウダー攻撃の直後に放ったバックトゥザフューチャーは実に理にかなっており、KUSHIDAを中心とした動きは勝ち負け含めて全てがロジカルで、彼の魅力である論理性が存分に発揮されたと言えるでしょう。


棚橋弘至vsジェイ・ホワイト

言いたくはありませんが、ワーストマッチでしたね。棚橋の膝の悪さにジェイ・ホワイトの力不足が悪い意味で噛み合った非常に苦しい試合でした。

物議を醸し出したジェイ・ホワイトのコーナー降り(ドラゴンリングイン!?)は、膝が悪く起き上がれなかった棚橋のことを思えば批判するのはやや酷なように思いますが、ああした場面でのアドリブ力こそレスラーに必要なものであり、そういう意味では叩かれても仕方がないです。試合構築そのものは悪くなかったのですが、十字架固めからのエルボー乱射など、ドーム仕様の動きができていたとは言い難く、まだまだ独りよがりな印象を受けます。

棚橋のコンディションの悪さは以前から囁かれたことではあったのですが、その「後のなさ」に往年のショーン・マイケルズのような輝きがあるのも事実で、内藤戦で見せたような残り少ないプロレス人生を燃やし尽くすような熱が発揮されればまた違った試合になったように思います。ただ、そこまで行くにはジェイ・ホワイトの力量が足りなさ過ぎますし、またそんなジェイ・ホワイトをカバーできるほど体調でもなかったというのがただただ悲しいですね。ジェリコのインパクトにかき消されたというのもあって、ジェイ・ホワイトは色々とワリを食わされた印象があります。

ただ、ジェイ・ホワイトにはまだ未来があります。まずはNJCが面目躍如の機会となるでしょう。加えて、ジェイ・ホワイトがケイオス入りしたことで、各々が好き勝手に上を目指し、時に寝首を掻こうとするかつてのケイオスらしい危うい緊張感が戻ってきました。後藤の加入以降、やや馴れ合い色の強くなってきたケイオスではあるのですが、ジェイ・ホワイトの加入によってユニットとしては少し息を吹き返したように思います。


ケニー・オメガvsクリス・ジェリコ

47歳のジェリコがどこまで動けるのか……ジェリコを知らない観客に届くのか……ケニーのハードコアムーブを受け切れるのか……。高まり過ぎた機運。上がり過ぎたハードル。誰もがその実力を認めるアヤトーラ・オブ・ロックンローラーに対し囁かれた数々のノイズは、全てが杞憂に終わりました。誇張表現を抜きに、あの試合を見た全ての人間がその伝説の目撃者となったことでしょう。

ジェリコの実力は疑う余地はないにしても、やはりレスラーは常に「問われる」ものであり、それはレスラー個人への信頼感とは別のものです。抱いた不安はジェリコにとっても「挑戦」であったことの証左であり、この試合がプロレス史に残る重要な試合であったことを意味します。ジェリコの実力は存分に分かっていたつもりでしたが、試合を見た今となっては、やはり自分はまだまだクリス・ジェリコという男を理解できていなかったんだということを思い知りましたね。

はっきり言えば、ほぼ9割ジェリコの試合でした。ただ、実力差がここまで開いていたかといえばそうではなく、これはケニー側の尽力もあっての構図です。以前のオカダとのフルタイム戦を見ても分かる通り、ケニーは自身が主役であると認識した試合では攻めよりも受けに回る傾向にあり、日本と世界のスケール感の違いの演出、加えてケニー自身が一つ上の次元にいく意味も含めて、ああいう流れになったのではないかと思います。

ケニーの対比である、大技に頼らないオーソドックスな方法論に試合を落とし込みつつ、エクストリーム路線に足を踏み入れるというのがジェリコの出した解答ではあるのですが、これにはしてやられましたね。ケニーのデンジャラスムーブの一つであるVトリガーや高速ドラゴンの連発よりも、技ですらない椅子の一撃のほうがより危なく観客の目に映り、また要所要所で繰り出される決して派手ではないウォールズオブジェリコやライオンサルトがスパイスのように効いてくる。これこそがプロレスだというジェリコの高笑いが聞こえてきそうです。

また、そんな中でも普段着の試合だったかといえばそうではなく、途中に見せたウォールズオブジェリコからのライオンテイマー(高角度逆エビ固め)などはWWEでは封印されている危険技でしたし、危険技=垂直落下ではないという当たり前の事実を、改めて新規ファンに見せつけた功績は大きいと思います。

最後の片翼の天使オンザチェアーはややこじんまりとした幕引きではあったものの、凶器に彩られた試合の帰結点としては申し分なかったですし、ジェリコの仕掛けたWWEの流儀に対するギリギリの落とし所だったように思います。これが仮に雪崩式片翼の天使のような危険技だったならば、この試合は非常に下品なものになったでしょうし、試合を通じてジェリコが構築したものが全て無意味になったと思います。相手の土俵に上がったからこそのフィニッシュであり、まさに100点満点の回答でした。


オカダ・カズチカvs内藤哲也

グローバリズムvs地方ナショナリズムの戦いでもあり、そういう意味ではメイン以外あり得ないカードですね。プロレスは世間の写し鏡とはよく言ったものです。

実力的にはオカダが上なのですが、内藤の地方人気は侮れないものがあり、そうした意味では若干読みにくい試合でした。ただ、あえてここで勢いのあった内藤に取らせなかった判断は新日的にはかなり冒険だったと思います。多少実力の劣る人間が人気を後押しにベルトを取ることで、一皮向けてブーストがかかる、というのはプロレスあるあるなのですが、これだけシングルタイトルが乱立した今となっては、IWGPはそういうステップアップで巻くレベルのベルトではないのでしょう。内藤に足りなかったのはオポチュニティではあったのですが「メインに立つ」という夢以上のものがなかったのが敗因というのは、負けて気づいたことではありましたね。すでに夢を叶えてしまった男の新たな夢、という意味ではこの負けには非常に物語性があり、内藤がこのままでは終わらないことを意味してます。

試合自体は、オカダの謎パンタロンへのツッコミは置いておくとして、順当な結果だったというのが個人的な感想でしたね。実力差はオカダが10としたら内藤は7ぐらいで、正直ここまで両者に差があるとは思いませんでした。オカダの新技であるコブラクラッチ・ホールドはいいチョイスでしたね。スタンドがコブラクラッチ。胴締めがコブラホールドという、大谷晋二郎由来のややこしさがあったのですが、コブラクラッチ・ホールドで統一されたのは何気に画期的だと思います。内藤は文字通り全てを出したのですが、それはただ今までのものを出しただけに過ぎず、G-1の時のように新たな引き出しを開けなかったのが敗因でもありますね。対するオカダも前哨戦で見せたコブラをアリ地獄のようにアレンジした以外は、スクリュー式のツームストンからのレインメーカーという昨年のケニー戦と同じ幕引きであり、持てるものだけで十分だったという印象を受けます。両者ともにドーム仕様のスペシャルな技を出さなかったことが、返って両者の差を明確にした要因のような気がします。ただ、内藤も人工衛星ヘッドシザースや旋回式のデスティーノなど要所要所の動きは悪くなく、ロスインゴ以降の内藤哲也の第2章の最後としては申し分なかったと思います。ここで出し切ったからこそのネクストであり、虚飾に彩られない、ロスインゴの枠にすら収まらない真の制御不能への道が拓けたのではないでしょうか。期待しているのはG-1の連覇であり、それは2004年の天山以来の、棚橋や中邑ですら成しえなかったことです。

そのためにまずはジェリコ戦ですね。ある意味オカダやケニー以上の難敵ではあるのですが、WWEへの対抗意識を口にするならばWWEの選手とやらないと井の中の蛙になりますし、かつてジェフ・ハーディーのコンディション不足に煮え湯を飲まされた内藤からしたら願ったり叶ったりの相手でもあります。対外国人選手相手は棚橋が得意とした所もあり、そういう意味でもここは負けられないでしょう。

ドームの感想は以上になります。最後になりますが、ジェリコ効果とロスインゴ効果があるとはいえ、ドームの34995人は誇っていいと思いますよ。

いい機会なので書いておきますが、今の新日を黄金時代と言った時に必ず来る批判の一つに、90年代はそんな程度じゃなく、当時のほうが人気だったというのがあります。ただ、忘れてはいけないのが当時とは景気のベースがそもそも違うので、そこを見ずに比べるのはアンフェアかと思われます。90年代はみんなが一つのものに夢中になれた最後の時代ですので、確かに熱狂ぶりだけで言うなら当時の方に軍配が上がるでしょう。そこに異論はありません。しかし、一般への波及具合という意味では、今の方が断然上だとも思います。

これは90年代を生きた人間の、狭い観測範囲の話になるのですが、当時一般知名度があったのは猪木馬場を除けば大仁田が一番で、それ以外ははっきり言えば知名度はそこまでありませんでした。僕の周りでは武藤をギリギリ知っている人が数人いたぐらいで、それも兄弟が見ているから名前は知っている程度。試合を見たこともなければ技も知らない有様でした。あとはせいぜいがアジャコングぐらいなもので、引退の時の地上波で橋本の名前を覚えたという程度です。これはあくまで片田舎の、プロレスに興味がない層の知見であり、偏っているのは否めません。ただ、プロレスマニアが思うほど当時のレスラーの一般知名度が高かったわけではなく、それと比べれば地上波の露出の多い今のオカダや棚橋のほうがひょっとしたら知名度は高いかもしれませんよ。

僕の周りも、以前ならプロレスを絶対見なかったであろう層が次々と取り込まれていますし、全く関係のない場所でプロレスの話題が出ることが増えました。当時の薄暗さや殺伐感が恋しくなる時もたまにあるのですが、語ることに後ろめたさがなく、プロレスの話題が堂々と出せる今の時代にかなり救われた部分があります。90年代〜2000年代ではできなかった一般層の取り込みができた時点で、今の新日は素晴らしいと思いますよ。