2024.1.12 プロレスリング・ノア STAR NAVIGATION 2024 試合雑感

◼️シングルマッチ
谷口周平 vs 佐々木憂流迦

佐々木憂流迦、やはり纏う雰囲気は一級品ですね。それがMMA由来の殺気や怖さといった感じではなく、逆に華やケレン味といった方向性なのが面白いです。総合格闘家が手なりでやるプロレスという感じが微塵もなく、そのバックボーンを堂々と活かしつつもプロレスへの憧れを捨てておらず、当人の「好き」という気持ちがひしひしと伝わってくるのがとてもいいです。

杉浦戦は分かりやすいデビュー戦かつ佐々木憂流迦にとってのチャレンジマッチであり、とてもキャッチーで見やすかったので谷口戦はどうするかはかなり気になっておりました。互いの格としても勝敗が読みにくく、また谷口はレスリングのバックボーンもあってかプロレスラーとしての「対応力」にも信頼が置けるわけで、佐々木憂流迦にとっては本格デビューからの2戦目でありながら、昔にあったプロレスラーvs総合格闘家の「果し合い」みたいな空気をそこはかとなく感じ取ったんですよね。そこにプロレスを「わからせて」やろうといった薄暗い気負いはなく、むしろ互いの技術とプライドを賭けた男と男の意地の勝負のような感じがあったというか。なんというかこうしたマッチアップにしては珍しくフラットな感情で見れたのがとてもよかったです。

試合はヒリついたレスリングの攻防でのやり取りに加え、隙あらば腕ひしぎで仕留めにかかる「怖さ」があったのがいいですね。荒削りながら、すぐに決まってもおかしくない勝負論のあるプロレスとでもいいますか。対する谷口も持ち前のガタイの大きさや頑丈さを存分に活かしており、黒パンツの風貌も相まってか実にプロレスラーらしい試合でした。

目立ったのは谷口のラリアットであり、さすがにやや線の細いMMA選手がこれを真正面から受け切るのは相当厳しそうな印象がありましたね。ここに信じられるプロレスがあり、それでいてここがプロレスという土俵であり、プロレスラーとして生きるという条件設定があるからには、ラリアットを受ける行為からは逃げられないという佐々木憂流迦の意地と根性を感じ取ってしまうわけです。これは「プロレスだから云々〜」というありがちな揶揄ではなく、横綱が品格のない行動を取るわけにはいかないのと同じように、その人の生き様や振る舞いは行動を規定します。それはある種の「縛り」となって機能するのと同じことで、裏を返せばプロレスの経験値が少ないからこそ、選択肢が限定されてしまうわけで、だからこそそういう勝負に持ち込んだ谷口周平は「強い」わけなのですよ。

あと互いの打撃にも個性が出ていて面白く、佐々木憂流迦のエルボーはストライカー気質な自分の身体が前に出る打ち方であり、対する谷口は体格の良さを活かした振り抜くタイプで、意外と鋭いんですよね。加えてゴツゴツしたヘッドバッド……これもまたMMAという競技では許されない喧嘩に近い技であり、それを至って自然にナチュラルに繰り出せるのがプロレスの怖さの一つでもあるのです。

最後はやや唐突にも思えるスモールパッケージホールドによる「押さえ込み」で谷口の勝利。意外と受けるのが難しい技であり、今回も頭を叩きつけるような感じで仕掛けたわけですが、これを出してもいいか否かはプロレスラーとしての一つの査定でしょうね。

試合への反応を見るとこの勝ち方に批判の声もあるのですが、このnoteでも何度か書いている通り、プロレスとは基本的に3カウントを奪うスポーツであり、直接的にフォールを奪う行為をセコく勝利をかすめ取る「丸め込み」という文脈でしか見れないのは昔からあるプロレスの見方の悪癖の一つだと思います。確かに実力に劣る選手が格上からの値千金の勝利=傷がつかない勝ち方という体裁で各種押さえ込み技が使われることはままあるのですが、それはあくまでそうした文脈で使っただけに過ぎず、また3カウントを奪われるのは基本的に完敗であり実力差があれば本来起こり得ないことであるからこそ、大金星かつやられた側に屈辱や不覚が際立つわけで、情けない勝ち方をしたと捉えるのは本末転倒なんですよ。そこは留意しておかなければいけません。

投げ技や飛び技といった派手なフィニッシャーはあくまでフォールという幕引きに辿り着くための過程の一つに過ぎず、全ての行動は3カウントを狙うために行われるわけで、直接それを狙いに行くのは至極当然のことなのです。佐々木憂流迦に手を焼いた谷口が這々の体で首固めでからくも勝利して逃げ切った。そう見るのもプロレスの見方の一つでしょうが、僕は技術のせめぎ合いの果てに、レスリングベースの下地を活かしつつ、総合格闘技とプロレスを分つものであり、また佐々木憂流迦では対応しきれない「フォール」という「押さえ込み技」で谷口周平がプロレスラーとしての経験値の差と優位性を示した。そういう見方のほうを僕は好みますね。

あと、敗因としては佐々木憂流迦の技にあり、腕ひしぎ逆十字を除けば谷口にとって怖い場面はあまりなく、得意技になりつつあるRKOでも谷口の頑丈さを崩せないとなると首固めを抜きにしても勝負としては厳しかったかもな、という納得感がありました。個人的には凄く面白い試合だったのですが、周囲の批判はやや谷口をナメすぎてるような感じですかね。その実力を知っている人はわりと危険かつフラットな勝負として見れたのではないかと思います。

◼️タッグマッチ
ジャック・モリス&L・Jクリアリーvsタイタス・アレクサンダー&ヴィニー・マッサーロ

タイタス・アレクサンダー、モノが違いますね。年齢は若いながら華と動きに目を見張るものがあり、たまにこうした才能の片鱗を見せる若き天才が現れるのがプロレスの面白い所です。

フィニッシュとなったのはビッグ・アグリーことロールスルージャーマン……カオスセオリースープレックスが頭をよぎるわけですが、投げるときにジャンプするのがいいですね。この技は銭が取れる技ですし、試合が決まった後のジャック・モリスの表情との交錯が素晴らしく、この「絵」ができただけでも「持って」いるなと思いました。ジャック・モリスvsタイタス・アレクサンダーは見たいカードの一つですよ。これから先に世界級のカードになる可能性すらありますね。

◼️シングルマッチ
征矢学 vs 大岩陵平

見たかったシングルマッチの一つです。ノアへの短期留学の成果もあってか、大岩は目を見張るほどに体格が良くなりましたね。征矢学との激突でも引けを取らないのは驚きました。

しかしながら経験の差はやはり大きく、正面衝突を繰り返しつつ徐々に形勢が押されていく様はやはり歴戦の猛者というか、征矢学の貫禄と頼もしさは王座挑戦以後も変わらず、むしろ風格さえ漂ってきてきた気がします。文字通り真正面から受け止めてしっかりあしらいつつ、最後は問答無用の弾道でピン。大岩はサイドスープレックスとアナコンダスープレックスと、パワー感はありつつもスラム系ではないスープレックスの使い手としての独自性はありつつも、代名詞となる何かしらの武器があと一つ欲しいですね。せっかく髪型や大剛式バックドロップといった天山継承が目立つので、アナコンダバイスはいいんじゃないかと思うのですがどうでしょう?ワトも使わなくなっていますし、バイス=万力で当人のイメージにも合っていますしね。N-1参戦を期待しますし、そこでさらに経験値を積んで欲しいですね。

◼️8人タッグマッチ
ジェイク&アンソニー&YO-HEY&タダスケ vs マサ北宮&稲葉&近藤&宮脇

ジェイクのシルクハット+片眼鏡(モノクル)+ステッキはハマりすぎてて笑いましたw黒のロングコートと合わせてイメージとしてはアルセーヌ・ルパンなのでしょうが、知的かつ蜘蛛の糸を張り巡らせるような計略の人ということを考えると、個人的には華麗な怪盗ではなく犯罪コンサルタントであるジェームズ・モリアーティに近い印象があります。何よりもここまでコテコテにキャラを作り込んでいて、それがサマになってるのが凄いのですよ。

泥水発言からのつまづきから宮脇は苦難が続いておりますが、近藤とのタッグからのギブアップ禁止令のスパルタ教育で徐々に見る目が変わってきたのはいいことですね。あまり根性論めいたこうしたやり方は好きではないのですが、わかりやすく修行を見せつつ観客の溜飲を下げるという意味ではわりと効果的なやり方だとは思います。最後は宮脇がタダスケをスクールボーイからさらに深く押さえ込む変則的なエビ固めで押さえ込んで勝利。こうした押さえ込みに柔道ベースの「強さ」が垣間見えましたね。

そして試合後のジェイクの慇懃無礼な大演説。これが本当に素晴らしかったですよ。今回の興行はたまにNOAHを見る程度の友人たちと鑑賞していたわけですが、あまりジェイクを知らない人もその演説に聞き入って魅了されていた程度には心を掴んでいましたし、あれには間違いなく「言霊」が宿っていました。よくこうしたパフォーマンスを見てマイクアピールは必要なのか?論が取り沙汰されるのですが、それはプロレスラーに限らず、社長にしろ政治家にしろ、なんならマフィアの親玉にしろ、超一流とされる人間は大抵は底冷えするような「言葉のナイフ」を持っているものです。大事なのは言葉の背景にある自信。その確かな実力に裏打ちされた「胆力」であり、それこそがシュートと呼ばれるものの本質で、言葉はその手段の一つに過ぎません。大衆煽動に人心掌握、果てはブラフや威圧で相手との心理戦で優位に立ったりと、言葉はまさに「武器」なのですよ。単なる人気取りのパフォーマンスというわけではないのです。

笑いを取りつつ時に透かしつつ、硬軟織り交ぜたマイクで清宮に迫ったジェイクでしたが、清宮は清宮でしっかりとマイクで返答しました。前回の1.2もそうですが、清宮のマイクもジェイクの高品質なマイクアピールと比較して叩かれていましたが、個人的には前回も今回もそんなに悪くなかったと思います。別に「上手いこと言った感」をいちいち出さなくてもいいんですよ。それはレスバ文化が浸透しきったSNSの悪しき弊害の一つですし「実直」であることは決して叩かれるようなものではありません。清宮のマイクはひたすらに愚直で実直で、それもまた求められるものの一つであるとは思うのです。正確な返答ができているか、言葉でやり返しているか、ニーズに応えているか、それだけが言葉の役割ではないのです。その場に応じて必要なことを改めて示すことも言葉の役割でありますし、ひどくつまらなく、別に言うまでもないことでも敢えて口にしなければいけないことだってあるのです。前回も今回も、清宮は自分のスタンスも方向性もちゃんと示していましたし、あれでいいと思います。

総括すると、マイクアピール論の何が良くないかと言われたら「言葉がないとプロレスはやっていけない」や「言葉によるパフォーマンスだけがプロレスではない」といった否定的見解だと思うんですよね。各々価値観は違いますし好みの範囲も違うとは思うのですが、そこまで主語を大きくせずともいいでしょう。僕はどちらかと言えばまず試合内容ありきだというスタンスは崩さないまでも、やはりキレッキレの上手いマイクは好きですし、かといってマイクがないことも、またマイクが達者であることも否定する気はありません。ただ、共感や納得以外の「軸」人の話を聞く上で持っておきたいなとは常々思っておりますね。

それはともかく、清宮vsジェイクの決着戦は今年のテーマの一つになりそうで楽しみです。対スーパーヘビー級は昨年からの清宮にとっての課題の一つでありますし倒さなければいけない外敵の先輩というジェイクとの関係性も面白いですね。それにしても高身長の実力者かつご意見番というジェイクの立ち位置は往年の高山善廣と似たようなポジションになってて色々と懐かしくなってきました。二代目マット界の帝王を襲名してもいいんじゃないですか?

◼️GHCヘビー級選手権試合
拳王 vs 潮崎豪

潮崎、昨年はN-1を優勝しつつも決勝戦の内容に批判が飛び、ジェイクに敗北し、準優勝の拳王が逆にジェイクに勝って王座戴冠したことによって、その実績に反してハシゴを外された感がありますね。あの決勝戦は良かったですし、1.2の小島とのラリアット決戦も凄まじかっただけに、この観客の支持率や熱量がついてこない感じはもどかしく、2020年の「殉教の聖人」だったころと比べると魔法が解けた感があります。

では潮崎豪は「終わった」のか?いやいや!そんなことは全然ないでしょう。肉体的な衰えは多少はありつつも、この王座戦の中で快音を響かせた逆水平は聖剣としての輝きを失っていませんでしたし、何より「受け」の凄まじさですよ。肉体の衰えがあるからこそ、よりその壮絶さが際立っていたというか……勝彦がノアを去った今、団体内トップと言っても過言ではない拳王の蹴りに対して下がりも微動だにもせず受け止めたシーンは息を飲みましたし、拳王がソバットで崩さざるを得ないほどの厚みを感じる歴史の壁としての重厚さを感じました。

あともう一つはハチャメチャ感ですかね。端正なルックスに溢れ出る王道主人公感に反して、潮崎ってわりと強引というか、変な部分で「破天荒」なんですよ。立ち位置が逆になった雪崩式ブレーンバスターとか代名詞技である無理のある体勢の技であるゴーフラッシャーとかが代表的なのですが、この試合だとリバーステキサスクローバーとでもいうべき関節技から強引に拳王を持ち上げて叩きつけたシーンにありますね。足攻めという理知的な攻めに反した脅威の脳筋ぶりであり、他にも「バコン!」とハイキックをラリアットで迎撃したシーンなど、普通に考えたらかなりありえないことをやっているんですよね。封神演義の天然道士みたいな感じのナチュラルパワーというか……潮崎ってどこかリミッターがブッ壊れているような怖さすら感じてしまうのでふ。そして特筆すべきはこれらの受け攻めの行為含めて、潮崎豪に一切「悲壮感」を感じられなかった点ですかね。これを見て「終わった」なんて口が裂けても言えませんよ。ゴーフラッシャーの決まり具合も近年の中ではベストに近い完璧な形でしたしね。

最後は四天王戦での投げっぱなしジャーマンの三沢の受けを彷彿とさせる雪崩式ドラゴンスープレックスに、腹部にダイレクトに突き刺さるPFS、そして完璧な決まり具合の炎輪と、超大技の畳み掛けで拳王が王座を防衛しました。前回の試合では終盤の技の精度に難があったものの、今回はしっかりと改善点をクリアしており、それでいて潮崎を崩すに十分すぎる大盤振る舞いでしたね。ピープルズチャンピオンとして君臨した今は完全に拳王時代到来と言っても過言ではないでしょう。赤から青にコスチュームが変わったとしても、青い炎は高温であり、拳王についていけば間違いがない。そう思わされた良試合でした。

試合後はアイアムノアをたっぷり堪能したあとに潮崎に「贈る言葉」として返還するセンス。潮崎にとっては悔しいながらも方向性は違えどNOAHを持ち上げる目的は共通しており、これこそが本来の多様性です。TEAM NOAHとして見れば逆境からの出発になりましたが、90年代以降のプロレス史の編纂をしている今のNOAHにおいて、本家NOAHの歴史がやや軽んじられてる気もする中でのTEAM NOAHの結成は確かに意味があると思います。個人的には三沢の血脈は感じますが、どちらかといえば三沢&武藤ー丸藤ー清宮としてのラインが大切にされてる一方で、もう一人の立役者でもある小橋のラインが潮崎で打ち止めになりそうなのは少しもの悲しい感じがあります。と、なると無双繋がりで小橋の後継でもあった力皇のさらなる継承として稲村のTEAM NOAHの加入を楽しみにしているのですが、どうですかね?齋藤&ヨネという二人もやはり黄金時代のNOAHの空気がありますし、TEAM NOAHは頑張って欲しいと思います。NOAHが盛り上がるのはいいですし、そのためなら外敵投入も辞さず飛び道具もいいでしょう。それでいて本家の歴史もちゃんと大切にして欲しいのですよ。

民の期待を背負った殉教の聖人が、石を投げられても生き続ける一人の人間となり、そして最後は歴史を紡ぐ語り部となる。いやあ……絶対王者以後を歩み続ける潮崎豪の物語は本当に心を揺さぶられるものがありますよ。今のNOAHの主人公である清宮&拳王と、かつてのNOAHの象徴でもある潮崎豪。歴史の変化であり過渡期ではありつつも、これらが同居してる今のNOAHは魅力的な団体だと思います。





今回の興行は飛び道具のない純然たるNOAHの興行といった感じでとても良かったですね。年明けは色々とありましたが、それでも今年も楽しみに見ていきましょう。ではでは。