NJC総括とザック・セイバーJr.について

今回のNJCは振り返ってみればザック・セイバーJr.のプロモーションと格上げでしたね。内藤、飯伏、SANADA、そして棚橋という名だたる強豪を打ち破り、ザック・セイバーJr.は一気に時の人となりましたが、その急速な格上げと玄人好みの試合スタイルは賛否両論激しく、百家争鳴状態になり各地で波紋を呼んでいます。

新日本の選手がザックのグラウンド技術に対応できなかったという意見も耳にしましたが、それは些か片手落ちの意見だと思われます。

と、いうのも戦前の予想を見れば分かる通り、ザック・セイバーJr.を優勝候補に挙げたファンは少なく、それは新日内での彼の立ち位置が、謂わば関節技職人的な立ち位置でしかなかったことを意味します。それを踏まえた上での冒険的な大プッシュ、というのが個人的な見解ですね。ザック自身、体格に優れているわけではなく、またこういうスタイルの選手は得てして善戦マンに陥りやすいという罠があります。オカダの巻くIWGPの挑戦者として白羽の矢を立てるには、現状ではやや格が足りません。単に勝ち星を与えるだけではどうしようもないプロレスの難しさがここにはあります。そうすると、ザックの得意とするグラウンドをピックアップした試合構成をやるしかないんですよね。関節技が得意なだけの選手から、関節技によって大物食いを果たすジョーカーキャラへのステップアップとしてNJCの試合は必要でしたし、それは概ね成功したと思います。

まず今の新日を語る上で大前提として、これはTwitterにも書いたことなのですが、プロレスというのは暗黙知によるものが大きく、今の新日はそれらを一旦リセットしたことが成功の要因にもなっています。そこには賛否両論ありますが、何も知らない人を常に主要顧客として考えているんですよね。そのためにはまず、ザック・セイバーJr.がどんな選手で、どんな素晴らしい技術を持っているかをちゃんと伝える必要があります。NJCはそのためのプレゼンであり、玄人ファンが待ち望んでいるレスリングの応酬が見れるのは早くてもオカダとの王座戦、もしくはこの先の王座戦後のG-1の舞台でしょう。裏を返せばその時こそザック・セイバーJr.の真価が問われることになると思うんですよね。個人的には鈴木みのるや、YOSHI-HASHIとの戦いを希望しています。特にYOSHI-HASHIは伸び悩んでいますし、レスリングの下地の強さを見せれば、少なくともオールドファンは味方になってくれるんじゃないでしょうか? これは僕もそうなのですが、レスリングの強さというのはある種の信頼であり、安心感なんですよね。

話を戻してNJCを振り返ってみると、ストーリーとして捉えた場合、今回のNJCは恐ろしく論理的な構成になっています。ザックのいたブロックは強豪ぞろいかつ、その各試合には後の飛躍に繋がる大事なテーマがしっかりと隠されていました。ドーム以後、覚醒した内藤をあえて踏み台にするという衝撃的な大番狂わせによる幕開けから始まり、続いて飯伏幸太という真逆のスタイルの選手に対する対応を見せつつ、優勝候補を2タテすることでザック・セイバーJr.という選手を一気に印象付けることに成功しました。そしてSANADAという無我の血脈を引きつつオールドスクールな選手を当てることでチェーンレスリングを展開し、それをエースである棚橋が一段上のレベルに推し進めるという、極めて緻密な流れになっています。SANADAは傑物ではあるのですが、こと「表現」という分野に関しては棚橋の方がまだまだ上手で、負傷こそあれ、攻防も棚橋のほうがシームレスではありました。またSANADA戦、棚橋戦ともに両者の飛び技をあえて受けず、切り返しからフィニッシュに持ち込んだザックも見事で、リアリティを保ちつつ鮮烈な印象を残しましたね。

棚橋は膝の負傷によるファンの不安もありましたが、気力は充実しており、また膝の負傷すらもプロレス内に織り込まなければいけないというプロレスの過酷さを感じました。また棚橋復活というストーリーを作りつつ、11回の最多防衛記録保持者がオカダの11度目の防衛に名乗りを上げるというドラマティックな背景があり、それによって決勝戦はしっかりと勝負論が担保されていました。ザックのプッシュの総仕上げとして彼のポテンシャルを引き出しつつ、負傷箇所を攻められるという主人公然とした立ち位置を取り、ザック・セイバーJr.の台頭によって不安視された現新日のレスリングの強さを見せつける。棚橋に課せられたテーマはまさに難題であったわけですが、それらをしっかりクリアできるあたり、やはりエースの名は伊達ではないですよね。

つまり言葉を選ばずに言えば、NJCを丸ごと使って、ザック・セイバーJr.を格上げしつつ華を持たせたというのが正しい見方でしょう。そもそもプロレスでトップに立つ人間がレスリングができないわけはなく、例えばキャプテンが柴田や桜庭とレスリングで渡り合っていたり、YOSHI-HASHIが桜庭にレスリングを褒められるという光景は今までに何度か見ましたし、お世辞にも格が高いとは言えない末席の選手に至るまでしっかりレスリングができているので、そうした技術が死滅しているとは思えません。

ではなぜ出さないか? NJCはザック・セイバーJr.のプッシュという意味で出さなかったのは分かりますが、それ以外の理由としては「需要の無さ」なのでしょう。そして個人的にはこれが一番の問題だとも思っています。そこに風穴を開けて、たった4試合でザック・セイバーJr.を話題の中心にした新日の手腕は褒められて然るべきです。またそうした議論を呼び覚ましたザックの技術力も同様に素晴らしく、これをきっかけにそうした需要が出てくればいいなとも思っています。

ザック・セイバーJr.に対する批判は理解できる部分はありつつも、つまらないというのはやや全否定的であり、あまりノレないというのが正直な所です。そういう評価が出るのも前述のプッシュによる試合構築の影響と、良くも悪くも試合自体が関節技の品評会に終わっている側面が大きいからじゃないですかね。あとこれは少数派なのですが、U系のファンからザックの蹴りの貧弱さを疑問視する声もありました。ただ、品評会にならなかったSANADA戦や棚橋戦を見てもそうした感想が出てくるなら、それはもう好みの領域ですし、残念な気持ちこそあれ、それ自体を責める気はあまりありません。あとは、これは単なる憶測なのですが、総合格闘技で関節技=一撃必殺というイメージが根付いてしまったせいか、フィジカルチェスとしてのレスリングに興味がないのかもしれませんね。それはそれで由々しき自体だと思いますが。

さて、問題のオカダ戦なのですが、注目点がいくつかあって、、まずはここ最近の試合を決めているオカダの新技コブラクラッチ・ホールドの存在です。レインメーカーに比べて派手さの欠ける技ではあるのですが、いまいちパッとしないレッドインクよりは評判が良く、レインメーカーと同じく相手の片腕を取るという共通点もあります。またこうした古典技を名前を変えずに大事に使うあたりは凄く好感が持てますよね。そしてこれはあくまで想像なのですが、たぶんコブラクラッチ・ホールドにはまだ「先」があるんじゃないかと思ってます。丸藤がやったことですが、コブラクラッチは様々な連絡技に繋げることができます。個人的にはジャイアント・バックブリーカーを見せて欲しいですね。オカダの体格も相まって似合うとは思いますし、地味に絶滅危惧種の技なので。また新日らしさがない技なので、オカダの出自の特異性も際立つとは思うのですが。あとはレインメーカーの入りの新パターンとして使うコブラクラッチを使う可能性もありますね。

オカダに対する揶揄の一つにレスリングができないという声があるのですが、オカダvs柴田戦の序盤を見ると分かる通り、パスガードを狙ったり下からきっちり対応していたりと、ちゃんとレスリングができているんですよね。ミラノが解説でも触れていた通り、中邑とも何度も練習を重ねているのでそっち方面への不安はまるでありません。ただ、新日選手のレスリングの強さに疑問符が付いている現状、オカダがそれに対してどう挑むのかは興味があります。今までのように過剰かつエモーショナルなヒーロー然とした受けだとそうした声を覆すことができません。その辺りの配分をどうするかがオカダの腕の見せ所ですね。

ザック・セイバーJr.もその手の声には敏感で、ストロングスタイルという言葉を持ち出して試合の焦点を明確にしてきました。またザック・セイバーJr.はオカダの師匠ネグロ・ナバーロにレスリングで敗北した経験(※リンク先参照)があるので、それを踏まえても弟子であるオカダと戦うのは間接的なリベンジマッチになります。ジャベvsブリティッシュ・スタイルの一大決戦を早く見たいものですね。異なる価値観の衝突、これこそがプロレスですよ!