遅れてきた俊英〜NJC準決勝戦試合雑感〜

せっかくのNJCなので試合雑感をnoteに色々書こうかと思っていたのですが、熱狂しているうちに決勝戦が決まってしまいました。やはり時間がないと厳しいですね。ただそんな中で、唯一これは書いておかねばならないだろうという試合を見つけたので備忘録がてら書いておきます。ベストバウト、というわけではないのですが、語りたくなり、語り継がれる試合というのはあるものなのです。

NJC準決勝戦 棚橋vsSANADA

この試合、個人的にはかなり印象深い試合でした。棚橋に対するブーイングは地元SANADAへの大歓声の影響の余波であることは間違いないのですが、それ以上に観客のSANADAに対しての「祈り」のようなものを画面から感じてしまったんですよね。語弊を恐れずに言えば、コンディションの悪い棚橋に勝って欲しくない、ここは空気を読んでくれ、と言ったような感じというか……これは決して棚橋やSANADAのファンを否定しているわけではなく、プロレスは往々にしてそういった「空気」が形成されることがあります。近年だと2018年の1.4ドームのオカダvs内藤戦のような空気でしょうか。あれは僕は決まった当初から、内藤はドームまでにオカダとの差を埋めないと相当キツイだろうなあという認識で、プロレス大賞受賞もオカダに対する格の帳尻合わせのようにしか感じず、そのせいか当日の結果に驚きはなかったのですが、現地で見ていた人曰く、オカダ勝利の時の空気感は相当ヤバかったそうです。こういうのは現地にいかないと分からない部分が多く、それがまた現地観戦の魅力なのですが、今回の棚橋SANADAの試合はなぜか画面からそうした「空気」を感じてしまいました。勿論、これは単なる個人の感想なので、他の人がどう感じたかは分からないのですが……。

NJC前はほぼノーマークだったSANADAが支持率の高いロスインゴベルナブレス勢の唯一の生き残りとして勝ち進んだというのもあるでしょうが、それ以上に鈴木みのる戦での勝利で期待感がホンモノになった感じがありますよね。元来、NJCは春のG-1と銘打ってはいるのですが、規模やスケールではG-1に遠く及ばず、実態は選手の格上げの登竜門的な位置付けの強いシリーズで、それが今回MSGのメインという「副賞」が付き、新日に参戦しているほとんどの選手が参加者となったことで必然的にシリーズそのものの格が上がったんですよね。MSGという舞台が用意されたことでNJCもグレードアップしたことで、おのずと決勝進出のハードルも上がり、謂わばメインイベンタークラスの選手しか選ばれないのではという懸念も生まれたわけです。そんな中で迎えた棚橋戦。武藤敬司をルーツに持つ二人という構図ではあるのですが、それだけではない「格」に対する挑戦がそこにあったわけです。

そのせいか、当初想定した以上にこの試合に「重さ」が生じてしまい、試合を見ながら、自身の認識のズレを修正するのに忙しかったです。棚橋にブーイングが飛んでヒール化しましたが、攻めこそえげつなさがあったものの、棚橋は至ってクリーンでしたね。その反面、SANADAは相手に合わせるのが恐ろしく上手く、その器用さのせいか、棚橋が攻め、SANADAが耐えるという分かりやすい構図にはならなかったと思います。ただ、そうした分かりやすい構図にならなかったからこそ、前述の棚橋勝利ではないかという疑念が払拭されず、重みを増して観客にのしかかったわけで、こうしたプレイヤーの思惑を超えてひとりでに転がり出すあたりがプロレスの面白い部分でもありますよね。

棚橋の攻めに対して観客が意外なほど呼応せず、SANADAの一挙手一投足に大歓声を送る……。とにかくただひたすらに、SANADAの勝利を願って見守っているような印象を受けました。SANADAの合わせる上手さに加えて、棚橋は今回ハイフライを封印しており、そのせいか試合の終盤へのスイッチの切り替えが思うようにいかなかった印象もあります。オカダならレインメーカーポーズ、棚橋の場合はハイフライフローに行く前のトップロープを飛び越えるムーブという、分かりやすい終盤戦に向けてのエスカレーションがあります。しかし今回棚橋はハイフライが使えないため、終盤戦への調整に少し手間取った感があり、それが敗因だとも思っております。本来ならテキサスを出したタイミングが試合展開を一つ上に行かせる「スイッチ」だったのではないかと思うのですが、棚橋はテキサスを繋ぎとして使用する場合も多く、前述の通りの観客の棚橋へのリアクションの悪さもあって、いまいち移行しきれなかったですね。トーナメントで棚橋がほぼ全て違うフィニッシャーで勝ったのは、ハイフライが使えない代わりに終盤戦の起点となる技を観客に印象付けたかったという狙いがあったのかもしれません。それ以外にもフィニッシャーを変えることで相手に読まれにくくなるという点もあり、またフィニッシャーを完全に固定した現新日のスタイルで異彩を放つという計算もあったとは思います。テキサス、ドラゴン、ジャパニーズレッグロールと、この試合の分岐点になったのは今まで繰り出した全てのフィニッシャーでしたしね。東スポで語っていた通り、ハイフライに変わるフィニッシャーを作ることに迷いのあった棚橋ですが、そこをまんまとSANADAに突かれて負けたというのは美しくもあり、納得の結末でもあります。SANADAのフィニッシャーがスカルエンドというのも、棚橋のタップアウトは劇的でありながら、必殺技を使える人間と使えない人間の差を明確に示していて非常に良かったと思います。棚橋自身も、かつて散々批判された首固めを執拗に繰り出してSANADAを翻弄したのも、老獪さと執念があって良かったですよね。

安堵、そして歓喜に至る結末でしたが、最後のSANADAのマイクには非常に心を打たれました。お世辞にもSANADAはマイクが上手いとは言えず、寡黙で口下手な人間ではあります。しかしそんな人間がマイクを持つからこそ観客の心を動かすのですね。マイクで観客にスマホのライトを照らすように指示していましたが、あれはワイアットの真似などではなく、長岡花火の観客参加型の伝統的なフィナーレの一環である「光のメッセージ」なんですよね。元は花火師に対する観客からの感謝の念なのですが、ローカルを愛するSANADAらしい、地元で応援している人なら誰もが知っているネタを持ってきたというあたり、粋な演出だと思います。

さて、これで決勝はオカダvsSANADAに決まりました。同年代の二人であり、怪物vs俊英と言ってもいいかもしれません。またTNAでの経歴はオカダよりも上であるため、アメリカマットでの知名度も問題はないです。格の問題で言えばオカダ有利ではあるのですが、ひょっとしたらワンチャンあるかも?と思わせるだけの下地とポテンシャルはこのNJCでSANADAは存分に魅せたと思います。MGSという舞台さえなければ、SANADA優勝の可能性は相当に高かったでしょう。ただ、そうでないからこそ、挑む面白さがある。遅れてきた天才SANADAのリベンジが始まるのか、もしくは「主人公」オカダの復活となるのか。NJC決勝戦、目が離せませんね。