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日記:4/26 GWの計画を練る、ぱっつんボブ男

眠い…圧倒的に眠い。
ここのところ毎日午後に強烈な眠気が襲ってくる。どうしてだろう…

あっわかった!
なんか社会人?とかいう人たちがネムたいことばっかり言ってるからだ!

ネムたすぎるよ。それは眠たくもなるって……

○○

GW直前であるため、GWの予定をこねている。
GWとわいえ、前半4連休、間に2日挟んで後半4連休という形なので、こねられている旅行の予定は後半の方でまだ割と先の話である。

2泊3日で山奥のバンガローに宿泊だ!!
ここには、2年前のGWにも来ていて、その時にたまたま発見した洞窟へリベンジしようといった具合だ。

修験道の洞窟であり、観光客向けじゃないので、狭かったり急だったりするし、照明も無くて手持ちのライトが無いと真の闇なのだが、まあすごく雰囲気があって良かったのだった。

前回は時間が無くてじっくり探検する暇もなかったし、必要以上にびびって写真なども撮らなかったが、今回は二泊に延長したし、モラルの範疇で観察させてもらいたいと思う。

それ以外は何の予定もない。全然こねられてないやないか。
山奥なのでレジャー等もなく、まあたしか電波はあったので最悪いくらでも時間は潰せるのだが…… 釣竿くらいはもっていっても良いか。


前半4日間はそれこそ何もない。
つうか眠いし何かやるほどの気力もないし、旅行なら後半に強行軍があるからどこか行くような具合でもない。

やるか───「何もしない」ってやつを……


○○


現在住んでいる場所はアジア系の外国人が多く、たぶん技能実習生だと思われるが、工業地帯が近かったりなどしないので、謎だ。

素性などは正直いってどうでも良いのだが、最寄りのコンビニで働いていた方を見かけなくなってしまって悲しい。

辞めたのか帰国したのか、元々出向の社員だったのか完全に謎だが、名札の名前は中国風だった。
黒髪ぱっつんの二十代中頃の男性に見えて、背後の長髪はくくってお団子にしていた。

キツネ目で細身の男性だったから超セクシー…似合う…
というか、この俺も男でありながら黒髪ぱっつんロング(ボブカットだが)を貫いている身として、非常に親近感を感じる。

初めてコンビニで出会った時、相手もはっとしていた。
わかるぜ。長髪男は惹かれ合う。いや、語弊があるな。引かれ合うさだめ。

目が合ってはっとする。
これはパンク・ファッションに身を置く者にとっては当然の反応だ。
パンク・ファッション。然り、退屈な社会へ教順しない姿勢。福祉整備され、恭順してレールに従うだけで生存できるこの時代、あえて自分の路を探し、カタにハマらずに、生きようとして生きる。
そういったマインドの発露がパンク・ファッションであり、その流派の一つが黒髪ぱっつん。

金属バットの友保もよく知らないけどたぶん同じだ。目が合ったらはっとするだろう。

トー横とかは違う。ああいう、逆に精神的にマジョリティを形成してファッションを制服化するのはむしろ恭順だ。
パンクスは他者のあたたかさを求めながら他者を遠ざける、そういった自己矛盾をして永遠に苦しむものだ。それを究極に問い詰めたところに価値があり、美しい人間性が生じるのだが、折れて恭順する者は多い。でもどういう折れ方をしてもいずれにせよ救いはある。そういうものだ。


それで、その、謎のぱっつん男については、仲良くなれたかどうかは別として、たぶん何かしら感じ合うことはできたと思う。

どこへ行ってしまったのだろうか。謎のぱっつん男。
どうせ話す機会があっても何も話せなかっただろうけどね。


○○

GW、帰省するか否かを問う親からの連絡があったが、帰省はしない。
そもそも田舎で何もなく、親とは離れて暮らしていた期間が長いため他人行儀であり実家に居ても退屈なのだ。

それでもたまには郷愁を感じて帰るが、老け込む親や祖母の顔を見るとやるせない。

先々月の連休で帰省し、祖母に会ったが、いつ振りか、でもかなり老け込んでしまっていた。
数年前までは習い事をいくつもこなし、いつまでも若々しいと思っていたが、もう辞めてしまったようである。
しきりに物の名前を思い出せないことを嘆き、過去の同じエピソードを繰り返し話す様はまさに田舎の老婆であるが、物の名前を思い出せないのは、睡眠薬の飲み過ぎで脳が委縮していると思われる私も同じだ。25にして同じくらい出てきていないから安心していいよ、と言いたいところだが、可愛い孫がそんなジャンキーになっていることを知ったらそれこそますます老け込んでしまうだろうと思われるので、愛想笑いで話題を逸らす。


祖母は会うたびに同じ話ばかりするが、ほとんど過去の自慢話だ。
事業をいくつか経営し、それなりに成功したこと、NHKの歌自慢に出演したことがレギュラーメンバーだ。

どれもまあすごいのだろうが、事業に関しては興味がないし、NHKのものも応募すれば出られるだろうとしか思えないので(祖母の若かりし頃はもっとすごいことだったのかもしれない)興味が持てないのだが、その日は、では今日は帰る時間まで歌の話から拡げるか、と思いふとコーラスの話を振った。

祖母聞き流されると思っていたのか意外そうな顔をし、それから、これまで聞いたことが無いNHKのどじまんの舞台裏トークを聞かせてくれた。そして、A4のコピー用紙に手書きで書いた歌詞を(12枚だったはずだ。)取り出しラジカセを付けた。

まあ、一緒に歌おうということだろう…童謡だから私も知ってるものだと思ったのかわからないが、まあ、知らない曲だ。歌うこと自体は嫌いではないので、調子を合わせてみたが、合唱とは良いもので、これは想像よりずっと楽しく、美しい時間に思えた。

祖母は苛烈な昭和初期を生き抜いてきただけあり気難しく、私の母親にあたる娘とは絶縁状態だ。

気難しく几帳面な面ばかり見てきたから、接しづらくて気まずいなとばかり思っていたが、芸術を愛していてこだわりが強いのなら、それは母親よりずっと私に近い性格だろう。互いに何か気を遣って、語り合うことがなかっただけで本当はもっと仲良くなれたのかもしれない。

そう思ったから前回の帰省は哀しかった。
こういう思い出ができたから、たぶん祖母が死んだら悲しいと思う。他の親族が死んだ時は何も感じなかったが、それは内心の性格とかじゃなくて、単純に無関心だったからなのかもしれない。

まあ、生きているうちに会って話しておけ、という話だろうが、やっぱりGWは帰らない。会っても同じ話を繰り返して気まずいだけだろうから。

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