マリアになれない僕

mosoyaro

 最近の結衣さんが変だ。

いつもは物静かでパソコンに向かって淡々と仕事しているのに、ボーっと外を眺めてはため息をついている。
(ここはけやき通りの事務所で窓が多いから外がよく見える。
絵を描く作業部屋は光が入らないように窓はない)

お客様に出すお茶をこぼしたり。
1番驚いたのが、YouTubeでお笑いを見ている時に泣いていた。
僕は見ないふりをしてそっと外に出てきてしまった。

よく考えてみると3日前に市役所に大事な書類を出しに行った時からだ。
急いで帰ってきて

走って帰ってきたんですか?と尋ねたら

少しビックリする事があったと。

何にそんなにビックリしたのかと聞いたら

BTSのVがいたんです。韓国のスター。
市役所の広場に一人で。
と答えた。
僕は韓国のスターの事はよくわからないけど、BTSはかろうじて知っていて日本でも大人気のスターだから一人で広場にいるはずないって答えて、きっと見間違えですよと答えた事があった。
あの日からだ。

まさか本当に本人だった?
だけど、そもそも結衣さんはBTSがそんなに好きだったの?

パソコンに頭を何回もぶつけている結衣さんが不思議だった。 

その時

創にはわからないだろう。鈍感だから。
涼が現れた。

久しぶりだな。仕事も順調そうだし。

お前、また現れて。えっ、出てきて大丈夫?天国に行ったんじゃなかったのか?
涼は首を振り、
 
創のことが心配で天国に行く前に自由な時間をもらった。結衣さんの事も気になっていたし。

いや、結衣さんの事だけが心配で戻ってきたんだろ。僕はついでだな。まあいいよ、何が心配なんだ? 

僕が病気で倒れる前、結衣さんには付き合っている恋人がいた。

結衣さんが大学で怪我をして病院に運んだ時そこで出会った人。
僕は付き添いで行ったから。向こうも僕の事は知っている。
待合室で一緒に座っている時、偶然隣に座っていて、小さな女の子に話しかけられて一生懸命答えている姿が印象的だった。

結衣さんは怪我の治療で何回か通っていると、その彼と毎回待合室で会って自然と話すようになった。
彼は医学生で、その病院の息子だった。
結衣さんを見かけて綺麗な人だと一目惚れして
看護師さん達に次はいつ来るのか、時間は何時に予約しているのか聞いて待っていたらしい。

自然に付き合うようになって、将来を誓いあって、やっと医者になってこれから幸せになるって時に彼は国際貢献の医師団に志願した。
結衣さんは反対した。
危険な所に行く確率が高かったし、結婚したかったから。
だけど結局行くことを諦めなかった。
子供の頃からの夢だったらしい。
結衣さんはどうしても行くなら別れて欲しいと切り出したけど

2人は別れて彼は海外へ。
彼が旅立つ日、僕は結衣さんを空港まで乗せて行った。
だけど2人は合わなかった。
泣きながら彼を物陰から見送ったんだ。

それが4年前の出来事だ。

で?それを何で今更僕に話すんだ?終わった話だろ。今結衣さんの様子がおかしいのと関係があるのか?

相変わらず鈍いな。あるに決まっているだろ。3日前から変なんだろ。
それは、市役所にポスターが貼ってあったんだよ。国際医師団のシンポジウムの。
そこにその元彼の名前を見つけたんだ。だからおかしいんだよ。
韓国のスターを見たからじゃない。

僕は驚いた。
その元彼が福岡に来るのか?シンポジウムはいつなんだ?誰でも入れるのか?

明日、午後1時から。場所はアクロスホール。入場無料、誰でも入れる。福岡市が企画している。
気になるだろ?

次の日


結衣さんは体調が悪いと仕事を休んだ。

僕は結衣さんに見つからないように時間より早めに会場に行って座っていた。
結衣さんは僕の斜め後ろに座ったが僕には全然気づかない。
時間になり電気が消えた。


初めは九州大学の准教授の話で30分の公演だった。
医療機器が不十分な中での国際貢献は過酷なものだった。
だからこそ、日本は恵まれた環境だとよくわかってよかったと言っていた。
質疑応答が終わって次に彼の番がきた。

彼の名前は竹内 匠といった。

彼は苦労話より、医療が充実していない中でも人々は希望を失っていない話や、子供達の笑顔の話、これから自分たちに出来る事、未来の話をしてくれた。
とても話が上手くて1時間があっとゆう間に過ぎた。
見つからないように結衣さんを見た。
客席は暗かったからよくは見えないけど、多分泣いていた。
泣きながら彼の話を聞いていた。

彼は気づいただろうか?いや、暗いから見えなかったと思う。
このまま気づかないでいてほしい。
僕はそう願っていた。

僕は会場を後にした。
結衣さんもそのまま帰ったみたいだ。

僕は事務所に向かった。

今日は訪ねてくる人もいないだろうからアトリエにこもって絵を描こう。
そう思っていた時、事務所のドアが開いた。

さっきまでシンポジウムの会場で話をしていた彼、竹内匠が立っていた。

木村創さんのアトリエですか?
ここに夏目結衣さんと言う方がいると聞いてきたんですが。
僕はこんな者です。
名刺を受け取った。

知ってますよ。

居ますが今日は休みです。結衣さんにどんな御用件ですか?

どんなご関係ですか?の方が良かったか?

僕は結衣さんの

と言いかけた時、結衣さんが入ってきた。
ビックリして言葉が出てこない感じがわかった。

結衣、僕だよ。4年ぶりだね、元気だったかい?
何から話そうか。君の実家に行ったんだ。そしたら今福岡に住んでるって聞いて。

何しにきたの?
今更話すことなんてないでしょ、あなたとは4年前に終わってるし。どうしてここまで来たの?
ここは私の職場よ。帰って、創さんに迷惑よ。お願い。

じゃあなんで今日来てくれたんだい?
会いに来てくれたんじゃなかったのかな

気づいていた。

たまたまよ。
そう言って彼を無理矢理ドアの外に押し出した。

今回日本には何年か居ようと思う。
また明日来るよ。話がしたいんだ。

私は話すことなんてないから。

彼は帰って行った。
結衣さんはドアの前で泣いていた。

大丈夫ですか?返して良かったんですか?
追いかけなくていいんですか?

聞かないでください。
もう終わった事なんです。いまさら、ごめんなさい。今日はこのまま帰ります。

涼、どう思う?見てたんだろ、どうしたらいい?
涼はその夜僕の前に現れなかった。


おはようございます
昨日はごめんなさい。

僕は構いませんが、大丈夫ですか?今日も来るって言ってましたが。
何なら僕が追い払いますが。

今日きたら話をしようと思います。その時は少し抜けますね。

彼はやってきた。
約束通り僕は黙って結衣さんを送り出した。

           つづく

#福岡好き
#私小説
#画家

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