創作ノート② ‪オレオレ詐欺、「しない」と「してはいけない」の間の気まずい間について。「今すぐ現金、そんな時、(中略)テアトルエス!」

新作「今すぐ現金、そんな時、(中略)テアトルエス!」で書かれるのは、「オレオレ詐欺」という犯罪と、その中心、もしくは周辺にいる人物達だ。詐欺をしている人、詐欺師を捕まえようとする人、詐欺に手を染めようとする人。多かれ少なかれ全ての登場人物が「オレオレ詐欺」という犯罪に振り回されているので、そういう意味では本作のテーマは「オレオレ詐欺」という犯罪なのかもしれない。

ただ、実は一番最初に企画書を提出した時点では、「オレオレ詐欺」という犯罪について強い思い入れがあったわけではない。ただその事象については、水槽の底に舫う藻のように、私の意識の底にもやもやと絡んではいた。
きっかけは、『人間の条件』という公演を主宰した時に実施していた、フィールドワーク部の活動内容である。

フィールドワーク部では、実際の舞台で演じる俳優とは別に演技経験がない人々も対象に一般公募をし、集まってもらった人たちに「人間の条件」について考えてもらい、舞台の幕間で発表してもらう、ということをした。その時の参加者の一人、若い女性が幕間にて発表した内容が、なんとはなしに印象に残っていたのだ。その内容はざっくり言えば、「私はオレオレ詐欺はしていいと思う」という内容だった。
当時は主催者の一人としてバタバタしていたので、彼女の発表をじっくり拝聴できたわけではない。だけど若くて意思の強そうな彼女のその主張は妙に心に残り、その主張に「いや、絶対ダメでしょ」と即座に言えない自分や、私が顔を知っている経済的に厳しい状況におかれた若い人たちの現実とあいまって、たぶん自分でも気づかないうちに、ゆっくり発酵していったのだと思う。
もちろん私も発表をした彼女も、実際にその犯罪に手を染める確率は大変低くはあるけれど、「しない」ということと「それはしてはいけない」という良心との間には、気まずくて奇妙な間があった。その間が気になったのだ。

作品を書くにあたって振り込め詐欺(オレオレ詐欺の正式名称)関連の資料あたって調べたところ、最近のオレオレ詐欺は組織化されていて、逮捕リスクの高い仕事―被害者から金をうけとったり、振り込まれたお金をおろしたりする―は、生活に困った中高年やアルバイト気分の若者が利用されることも多いらしい。資料にはその他にも、ベンチャー企業を立ち上げるようなノリでオレオレ詐欺グループを運営する大学生の証言とか、いわゆる優秀な大学をでていい会社に入ったはずの人間が「自分の人生はこんなものじゃない」という思いから犯罪に手を染めたりといった事例が書かれていたが、派遣切りにあって家を失い、犯罪行為と知りつつオレオレ詐欺の下っ端をしなくてはその日何も食べられないという30代男性の証言が私のなかで尾をひいた。「お金をひきだすだけ」「お金を受け取るだけ」のハードルなら超えてしまいやすいだろうし、それで破格のバイト料をもらえるとなったら、その誘惑には抵抗しにくいだろうと思う。まして経済的に困窮していたら。今の日本にはわりと身近に「犯罪をおかさなければ食えないくらい困窮している人間」がいて、彼らは生活保護などのセーフティネットに運よくかからなければ、犯罪組織の下っ端として回収されて搾取されつつ、それでもその日は食える、暮らせる日々に縛り付けられてしまうリスクにさらされている。

前述のフィールドワーク部には他にも、シングル家庭で育ち、高校と大学に進学するための奨学金で、卒業と同時に900万円の借金を背負うという19歳がいた。私の知っている子にはその奨学金を親に使い込まれて大学をやめざるをえなくなった子もいる。私自身も、アラサーのワーキングプアで経済的にはいつ路頭に迷っても不思議じゃない生活だ。頼りない不安な日々のなかで、「今すぐ現金? そんな時にできる簡単なバイト、あるよ」という悪魔のささやきにのるチャンス、罠にかかるリスクは、思ったよりも簡単にそこにある。
個人的な素養としては、私はいつも犯罪に走る側の人間へ気持ちがシンクロするタイプだ。

一方で、おばあちゃん子の私は、もし自分の祖母がオレオレ詐欺に騙されて財産を奪われ、困ったり悲しんだりするようなことがあれば、犯人を許せないだろうし、恨むし怒ると思う。祖母が傷つけられたことに比べれば、犯人となった人間の事情など、たぶんまるっと無視してしまえるだろう。

どちらの側にも立ちきれないもやもやを出来るだけ正確に表現すること、それぞれの立場の主張をフラットに舞台上に提示すること。
どこまで成功しているかはお客様に委ねるとして、作家的にはそれを志して書いた。


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