【超短編】奇跡

確かにその光景を目撃した。吉谷さんは目の前で、ペットボトルの水をコーヒー色に変えて見せた。種も仕掛けもわからない素敵な手品に拍手を送ると、吉谷さんはため息をついた。
「信じてないんでしょう」
「すごいよ、どうやってやったの?」
「この水、飲んでみて」
吉谷さんは先ほど店員が置いたグラスを示す。ペットボトルの色水の方を飲めと言われるかと内心穏やかではなかったので、話がわからないなりに安心した。
「なに?ここの水がすごくおいしいとか?」
「いいから。ゆっくり、半分くらい飲んでみて」
言われた通りに口を付けると途中から味がついた。思わず口を離すと、吉谷さんは「ね」と自分の水を飲んだ。私のグラスの水は、確かにコーヒーになっていた。
「手品とかじゃないの。本当に水をコーヒーにできるの」
私は二秒で解を出す。
「吉谷さん、原価のかからないカフェがやれるよ」
「やりすぎると貧血になるから、そういうのは無理。ワインなら奇跡なのに、アルコールじゃないとキリストにはなれないのよ」
頼んでいたアイスコーヒーが来た。さっきの方がずっとおいしかった。十分奇跡だよ、と言ったけど、これくらいの奇跡じゃ足りないんだね、というのは口に出さなかった。

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