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ネコのように振舞う女の子と男性の話

タイトルはまだない。
処女作ではないけれどこの名義では初めての創作物です。1週間で完結する形にしようと思いましたがあまりにも短いのでまとめます。

『目覚め』

「んにゃぁ~……」

 目覚めたのはAM8時。この頃は明るくなるのが早くて困る。まだ寝ていたいと思うのに、目覚めてしまう。ひとまず、寝床から這い出て伸びをする。少し寝不足だけど、気分はなんだか悪くない。
 肌寒い気もするけど、なんとなく身なりはそのままに朝ごはんを貰いに飼い主さんの元に向かおうと思う。ベランダを通って窓を3回ノックする。彼の朝は早い。なんでだか知らないけれど、決まって私より先に起きて、窓からほど近いソファーに座ってコーヒーを手にしている。

トントン、コツ。

「はいはい、おはようございます」
 カラカラと小気味の良い音と共に、餌皿代わりの灰皿を手に持った彼がこちらを覗き込む。私は知っている。この灰皿は彼の元恋人が泊まりに来た時に使っていたものだって。彼らは愛し合った後、1本だけ煙草を吸う。でも、知らないふりをして、にゃ~んと鳴いてその皿から与えられる幸せを享受するのだ。

『飼い猫と野良猫』

 最近、とある女性、いや、ネコがベランダを訪ねてくるようになった。きっかけはなんだったか忘れてしまった。タイミングは主に朝、そして時々夜。3回のノックが合図。
 朝食を摂らない私の代わりに、彼女にささやかな朝食をくれてやる。皿を差し出すと、綺麗に全部平らげる。その時の鳴き声は喜んでいるように聞こえる気がする。そう思いたい。だっていつしか彼女が自身の生きがいのようになっていたから。

コン、コン、コン

いつものように挨拶をしながら窓を開ける。今日は餌皿を変えてみた。なんだかその皿を見たくなくなった、味気ないと思った。可哀想だと思った。中々皿が出てこないことに首を傾げる彼女。一呼吸おいて差し出された皿を一瞥し、ぺろりと舐めて何処かへ行ってしまった。
「にゃーーん」と一言を残して。

『猫の自我』

飼い主サマの様子が変だ。少し前から朝食の質が上がった。窓辺で本を読んでいる回数が減った。コーヒーが空になっていることが増えた。遂に今日は差し出されるのがおさがりの灰皿じゃなくなった。
どうしていいかわからなくて朝食は舐めるだけ舐めて置いてきてしまった。仕方ないから缶詰でも開けて食べようか。なんだか外に出たらいけない気がしたから。
「いただきます」
 箸でひとかけずつ摘まみながらゆっくり咀嚼する。頭の中でぐるぐる回る感情と共に。情に甘えて生きていた。それなのに、向こうからの感情に色がつくことがこれほどまでに怖いと思わなかった。そう、怖いと思ってしまったのだ。彼がこちらを見つめすぎることが。
「にゃーーん」そう呟いてみたが、何も変わる気はしなかった。

『きまぐれ』

 しとしとと雨音が聞こえる。静かな部屋で朝を過ごすのは何日目だろう。寂しさを通り越して心配が芽生え始めてしまった。彼女は生きているのだろうか。元気だろうか。食事は摂れているのだろうか。私には関係ないはずの彼女の調子が心配で仕方がない。
 窓辺で待ち続け、今日も珈琲が無くなってしまった。原因はきっと皿を変えたことだ。あの日から窓をノックする音を聞いていない。お隣のドアが開く音も。きっと彼女は隣の部屋にいるのだろう。ほとんど音は聞こえないが、聞こえないからこそそこにいるといえる。
「あー、クソ」
 悪癖の片鱗が見え、頭を掻きむしる。全部全部何処かへ行ってしまえ。ありのままの私を受け止めてくれる人などいないのだから。空になったコップに珈琲を注ぎ直し、皿の前で手を合わせる。朝食はあまり好きではない。喉が詰まりそうになるから。

『ネコとヒト』

 家を出なくなってどれくらいの日が経っただろうか。時計もスマホも見ていないからわからない。何回朝が来たっけ。何回朝を無視したっけ。そろそろ食事のストックが心許なくなってきた。それでも外に出るのはなんだか怖い。どこか知らない世界になってしまっていそうで。
 もう食べ飽きた缶詰めもあと4つ程になってしまった。仕方が無いから通販でも使おうか。それでもインターネットも開く気にもなれなくて、芋虫のようになってしまう。こうやって暮らす限り猫でも芋虫でもさほど変わらないような気もするが、世界に潰されてしまうちっぽけな身体なんてあんまりにもごめんだった。
 独りぼっちの世界で、もう忘れてしまったそんなことが今更口をついて出た。
「どうして私は猫になりたかったのだろう」

『なんでもない1日としよう』

なんだか最近眠れなくなった。食事が酷く味気なくなった。いや、文字通り味を感じられなくなった。何を食べても砂のよう。スポンジのよう。このままでは私の方が生命の危機に陥ってしまうのではないだろうか。彼女の心配なんかより先に。
 未だに彼女は出入りをしていない。彼女の部屋に出入りするものもない。私から餌付けをしに行ってしまえばいいのではなかろうか。彼女を待つ必要などない。だって彼女が心配で扉を叩くのだから。そう思ってしまえばなんだか気持ちが楽になって来た。買い物に行こう。そういえば、私は彼女の好物すら知らない。まぁ、追い追い知っていけばいいだろう。だって私は彼女を愛してしまったから。待つことには慣れている。
「ふはは……」
 軽い足取りで買い物に向かう。今日はぐっすり眠れそうだ。そんな予感がした。

『迫る足音』

コンコンコン

 小気味良い音が部屋に響く。それがとても不気味に感じられた。誰だろうかなんてきっと一人しかいない。では何故だろう。私が顔を出さないから心配されてしまったのだろうか。それとも何か目的をもってきたのだろうか。
 恐る恐る覗き穴から外を見ると、目が合った。切れ長の見覚えのある目と。その瞬間心臓が警鐘を鳴らす。バクバクと煩くエラーを訴え、ろくに中身の無い胃袋から不快感を吐き出しそうだった。震える手で鍵を開け、ドアノブを握る。
「お久しぶりです。お元気にしていましたか?」
 聞きなれた声、だけど、なんだか心が酷くざわざわする。力なく開いた隙間に手足を差し込まれ、まるで取り立てのようではないか。穏やかな声のはずなのに、笑っていないように見える目と共に、潜在的な恐怖を掬い上げられるような心地がした。
「私、すごく心配したんですよ……?」
 ぱくぱくと口を開閉することしか出来ない私を余所に、彼はぺらぺらと私の心配を述べる。顔を出して帰った朝のことやら、しばらく顔を見せなかったこと、手入れのされていない髪や、少しこけた頬など。私が気にしていなかったことを彼は気にさせる。頭が回らない。私が悪いのか、顔を見せなくて、こんな状態になって。
「あぁ、ほら。これ買ってきたんです。貴女の食事です。どうせろくに食べれていないだろうと思いまして」
 恐る恐る差し出されたビニール袋を受け取ろうとするも、想定外の重さに取り落としてしまう。あぁほら、なんて言いながら彼は袋を拾い上げ、こちらを見つめる。底の見えない瞳で、スポンジみたいになった私を貫くようにして。
「ふふふ、貴女に一つ提案があるのですが、私と共に住んでみてはどうでしょう。暖かい部屋も、食事も風呂もすべて私が用意しますよ。ねぇ、私と暮らしましょう?」
 ようやく開いた私の口からは『にゃあ』という鳴き声しか出てこなかった。

『迎えに来ました』

ノックは3回。チャイムは敢えて鳴らさない。だって私には彼女がそこに居る確信があったから。
「あ、あの……」
 初めて聞いた彼女の声、そこに居るのは二本足で立つ女性。開いたドアにすかさず手と足を差し込むと、ビクッと彼女の肩が震えた。私は貴女を救いに来たのだから怖がらなくても良いというのに。
「お久しぶりです。お元気にしていましたか?」
 笑いかけると、彼女の顔は青ざめているように見え。震えている。可哀想に。栄養が足りないのか、きちんと寝れていないのだろうか。早くご飯を食べさせて、暖かい布団で寝かせてあげないと。
「私、すごく心配したんですよ……?」
 まるで、熱帯魚のようにお口をぱくぱくとさせ、何かを言おうとしているのだろうか。愛らしい姿に、心配が口から零れて止まない。そんなお顔しないで、私がお世話してあげますからね。
「あぁ、ほら。これ買ってきたんです。貴女の食事です。どうせろくに食べれていないだろうと思いまして」
 調達してきた食料を手渡すと、彼女は手渡してしまう。あぁ、手荷物程の重さも支えられないなんて。もっと早く私が気が付いていればよかった。食事を与えるだけでは足りない。そう確信してしまったのだ。
「ふふふ、貴女に一つ提案があるのですが、私と共に住んでみてはどうでしょう。暖かい部屋も、食事も風呂もすべて私が用意しますよ」

 少し間をおいて聞こえた鳴き声を、私は肯定と捉えることにした。

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