『優しさ』は白く燃える

「王都の連中が言うには、この国には3つの癌がある」

鬱蒼とした森の奥にある、古びた家屋の一室。壁一面の本棚に見下ろされた老婆は静かに言った。

「1つ目は貧弱なお世継ぎ。まあ在り来りだ。2つ目はバカな嫡男。無能な権力者は最悪さね。で、3つ目が。ヘタレの王子」

杖を振り、宙に浮いた鉄輪を炎に包む。魔女は振り返り、楢の机に縛りつけられた青年に、侮蔑も顕に笑いかけた。

「で、当事者の感想は?」

「…それは」

「それは?」

「ひとえに僕の力不足だ。民を不安がらせ、申し訳なく思っている。でも」

「あ、そ」

魔女は玉蟲色の液体を火中に注いだ。それは瞬く間に気化し、信じがたい悪臭が立ち込めた。

端正な顔に涙と鼻水を滲ませ、王子は身悶えした。魔女はニタニタと笑った。楽しくてたまらないのだ。一頻り笑うと、彼女は告げた。

「…『ミューズの炉』は心臓に嵌める魔具だ。当然2度と外せない。だが、命を燃やす見返りに、アンタは強大な力を手に入れる」

「…3日…」

「それは最長だよ。程度によっちゃ10秒と持たんさ。だがまあ、アンタにゃ一瞬の輝きも過ぎた話さね?」

「…ええ。為すべきことのためには」

口惜しさが滲む声色に、魔女の頬が緩む。だが興味はすぐに本題へと移る。

(さて、コイツは何色に燃えるのかね?)

ミューズの炉は、人によって違う色の炎を燃やす。激情の赤。悲しみの青。怨嗟の黒。それらが混ざり合い、美しい色彩を生み出すのだ。数々の魔術を極めた大魔女にとって、それは数少ない未知。

「じゃ、始めるよ」

返事は待たない。胸ぐらを無造作に切開し、炉を押し込む。炉は肋骨や血管をすり抜け、心臓にピタリと嵌まり…燃焼を始めた。

跳ねるようにのたうつ王子を他所に、老婆は炎に見惚れていた。淡い青をまとった白い輝きが、落ち窪んだ瞳を染めていた。

(…綺麗だ)

捻れたプライドが、称賛を押し留める。初めて見る色合い。それは彼女の歩んだ道から、最も遠い所にある色だった。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。