Spine Dynamics 療法

監修 脇元幸一

執筆 尾崎 純・嵩下敏文・島谷丈夫

Ⅰ.はじめに
1)臨床推論とその限界
2)還元論と全体論

Ⅱ. Spine Dynamics療法と重力場のルール
1)重力場のルール
2)人体運動学
3)ニュートンの運動3法則
4)力学的エネルギー
5)力学的エネルギーの特性

Ⅲ.物体特性と身体機能
1)物体特性と運動力学
2)身体機能と運動力学

Ⅳ.身体剛性・身体柔性の評価1)身体剛性の評価
2)身体柔性の評価

Ⅴ. Spine Dynamics療法で得られた知見
1)筋出力抑制:見かけの筋力低下
2)脊柱アライメントの変化
3)WBIと脊柱弯曲可動域との関係
4)筋出力抑制に関する知見のまとめ

Ⅵ.外傷・障害の発生
1)外傷・障害発生に関する運動力学
2)関節痛
3)関節・靭帯の外傷
4)ROM制限(筋スパズム、見かけ上のROM制限)
5)筋の柔軟性低下
6)筋外傷

Ⅶ.治療方法
1)身体剛性の回復
2)身体柔性の回復
3)行動変容
Ⅷ.生体順応反応
1)順応拘縮(関節拘縮)
2)順応変形(骨・関節変形)

Ⅸ.おわりに

参考文献・資料


Ⅰ.はじめに


身体全体からみた患部障害像形成過程の推察を行うには、個々から全体を捉える 還元論的思考とともに、全体から個々を捉える全体論的思考を加えた仮説検証を行 うことが必要である。このことを踏まえ、我々が行っているSpine Dynamics療法 について説明したい。Spine Dynamics療法とは、運動力学(Kinetics)を基にし た全体論的臨床推論を可能とし、脳の姿勢制御評価と治療選択の仮説論証を行う治 療法である。


1)臨床推論とその限界

 肩関節の運動痛を有する患者を例に挙げて考えてみたい。その患者に対しセラピ ストは、患部の痛みや機能障害など、患者のあらゆる情報を集めて評価を行う。そ の結果、① 肩関節の拘縮、② 肩甲上腕リズムの異常、③ インナーマッスルの筋力 低下が認められたとする。この場合、①の問題に対して肩関節のモビライゼーショ ン、②の問題に対して肩関節-肩甲胸郭関節周囲の筋促通、③の問題に対してCuff exerciseといった、それぞれの問題点に対する治療方法を選択する。その際、患部 と周囲機能の関係について仮説を立て、その仮説に沿ってアプローチを行う。しか し、目標としていた治療効果が得られなければ、また別の仮説を基に評価ならびに 治療を選択することになる。このように治療方法の選択は、評価結果に準じて行わ れるべきであり、同じ病名であったとしても各患者に合わせて行わなければならな い。 

このような仮説検証型の思考は臨床推論(Clinical Reasoning)と呼ばれ、近年 広く臨床現場に用いられている。臨床推論とは、セラピストがクライアントとその 家族および他の医療チームメンバーと共同し、臨床データやクライアントの意思・希望、専門的知識から導き出された判断などを基に、治療の意義、到達目標、治療 方針などを構築する過程である 1)と定義されている。臨床推論は、類似した症状 であったとしても画一的な治療方法を選択するのではなく、各患者の要素に合わせ て個別の判断を下すことが重要となる。しかし、各患者に合わせた評価・治療を実 施し、各問題点が解決したとしても痛みの改善が得られないという経験があるので はないだろうか。そこには、セラピストの技量もさることながら、原因の捉え方の 違いから機能的問題点を見落としている可能性がある。


2)還元論と全体論 

物事の捉え方には、個々から全体を捉える考え方と全体から個々を捉える考え方 がある。これらは還元論と全体論と呼ばれ、今現在も議論が続く考え方である。


① 還元論(René Descartes;1596~1650) 

物事の全体は個々の集合によって成り立っており、個々を理解することで全体を 把握し理解することにつながるという考え方である。物事にはそれを構成する要素 が多種多様であり、さらにそれらが複雑な関係を有している。そのため、一つの物 事を理解するために各要素を一つ一つに分解し、それらを個別に分析することで複 雑に絡み合った関係や物事の性質、構造を解釈していくことが還元論的思考である。


② 全体論(Willard van Orman Quine;1908~2000) 

物事の全体は一つであり、そこから分解された個々は異なる性質を持つ。全体は 個々の集合体であるが、全体は個々の総和以上の性質を有している。つまり、個々 だけの理解では全体を理解したことにはならないという考え方である。物事は全体 的な構造を持って存在し、多種多様な要素は全体構造の一部を担うパーツであると 捉えられる。そのため、各パーツに分解したところで全体構造は見えてこない。全 体の構造や機能が理解された上で、各パーツの意味を解釈していくことが全体論的 思考である。 

例えば、木の葉の一部が病気になり変色したとする。葉自体に問題があると考え、 変色した葉に対して薬をかけることや葉を切り取るなどの対処を行い、悪くなった ところが良くなればこの木は元気になったと考えるのが還元論的思考である。これ に対し、木の葉が変色したのは葉の問題だけではなく、周囲の葉や枝、幹、根、ひ いては土壌にまで原因があると考え、これらに対する対処を行うことが全体論的思 考である(図Ⅰ-1)。


これを医療の現場に置き換えてみると、筋力が低下しているから筋力トレーニン グ、関節可動域(Range of Motion、以下ROM)が低下しているからROMトレー ニングを行うことが還元論的思考にあたる。一方、患部の痛みや機能障害は結果で あり、その結果が生じたのはなぜかを考え、他部位の機能や姿勢、さらには生活習 慣・生活環境までを含め、広い視野で原因仮説を立てて対処することが全体論的思 考となる。

 還元論的思考に偏ると物事を小さな視点で捉えやすく、還元論的思考のみで展開 された臨床推論では治療が上手く効果を示さないといった結果につながりやすい。 このため、還元論的思考に加え、全体論的思考から仮説検証を行うことが必要とな る。


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