魔法少年もとくん☆マギカ       第3話「2つはひとつ」

鎧が外れた魔女。

巨大な筋肉の腕、繋がる手錠、図太い脚、繋がる鉄球。

なんで?隠れてた?いや、違う。もともと鉄格子だったのは、お飾りだったってこと?そういえば、聞いたことがある。使い魔も、ある程度の人間を食うと魔女になるって。それが今だったってこと!?と、ナナが思った矢先、巨大な腕が振り上げられ、ナナめがけて飛んできた。

逃げる体力のないナナは、ガントレットを盾にしそれをしのごうしたが、吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。

ガラガラと落ちる壁。中央にはナナ。

それはまるで、蜘蛛の巣の中央に捕えられた蝶のようだった。

 もとくんはそれを見ていた。いや、見てることしかできなかった。目の前にいる女の子が傷ついていく姿を。

 「なんだよ、せっかく魔法少年になったのに、せっかく誰も傷つけないって祈ったのに、こんなの、何も変わらないじゃないかー!!!」

その叫びに共鳴するように、本の隙間が輝かしく光っている。

ドクンドクンと波打つように、光っている。

「開けってこと?」

もとくんは気付いた。今までの戦闘中、一度も本を開いていないことに。

「そうだよ、僕の武器は本だ。相手を殴る道具じゃないじゃないか!」

ペラペラとめくられるページ。そして、一番光り輝いているページで止める。すると、

「メェー。メェー。」

一匹の小さなひつじのぬいぐるみが飛び出した。

「え?これが僕の武器?かわいい。けど、え?これ?」

「メェー。」

なんだか拍子抜け。目の前の魔女と比べたら、月と米粒くらいの差がある。

ように感じた。

「でも、これでやるしかないんだよな。よし、行くぞ!」

開かれた本を片手に、誰も傷つけない。これで誰も傷つかない。という顔になるもとくん。

「メェー。」その場にふさわしくない、可愛い声で鳴くひつじのぬいぐるみ。

魔女に走り出すもとくん。

召喚したひつじは、魔女には目もくれず、一目散に逃げた。

横目でそれを見たもとくんは、立ち止まり「ウソだろ、なんでだよ、戦わなくちゃ!」と思う。

メェー。

一目散に逃げたひつじは、ある一点に向かっていた。

それに気づくのに、時間はかからなかった。

壁を駆け上がるひつじ。到着したのは、ナナの元だった。

メェー。ナナの足のほうから、どんどん登っていくひつじ。胸元まで来ると、ひと声「メェ。」と言って、顔をうずめた。

うずめて数秒。

「な、なにしてんのよ!」

ナナが叫ぶ。片手でひつじを掴むと、地面に叩きつけるように投げた。そして、ナナもまた落下していった。

「なんなのよ、そいつ!」

ナナが叫ぶ。

「知らないよ!」と、もとくん。

ひつじはもとくんに抱きかかえられたまま、メェーと鳴く。

魔女が大きく振りかぶり、今度は鉄球を叩きつけてきた。

慌てて逃げる、ナナともとくん。

「そいつ戦えるの?」とナナ。

「いや、わかんない。だって、魔女から逃げて、君のところに行っちゃったし。」

「君が呼んだんでしょ?その本から!だったら戦えるでしょ!2人であいつ倒すわよ。」

「うん。」「メェー。」

地面に降り立つ2人と1匹。しかし、ナナはダメージが残っているらしく少し崩れた。この時ナナは不思議に思った。あれだけの攻撃を受け、壁に叩きつけられたときは満身創痍だったはずなのに、もう動けないと思ったのに、今こうして動いている。何か変だ。

しかし、その考えに頭を向けている時間はない。今は、目の前の魔女を倒すことが先決だ。「行くわよ!」

 2人と1匹が魔女に向かう。いや、1匹は、ナナへと向かい、また足から登り、胸元に顔をうずめる。

ナナはまた赤くなり、外そうとするが、そこに魔女が自分を踏みつぶす攻撃をしてきたので、慌てて、その攻撃を避ける行動に出た。

素早くよけると、ナナはガントレットで魔女の足首に攻撃。あまりダメージは入ってないようだった。

もとくんは、攻撃を避けながらそれを見ていた。

「あれ?」

もとくんは気付く。さっきよりもナナの動きが機敏になっている。反対に、もとくん自身がだんだん疲れて始めた。

「ちょっと君、このひつじ、なんとかしなさいよ!」

「そう言われても!」

2人の会話が続く。

 「言っておくけどね、私のソウルジェム、こんなに濁っ・・・・・て。」

ナナは、発見する。

自らのソウルジェムは、深く濃い青に輝いていた。濁りがほぼ消えていた。

「え?さっきまで濁ってたのに。」

キュウベェも驚く。

「ナナ、何をしたんだい?グリーフシードを使ったのかい?でも、君は持ってなかった。」

「そうよ、キュウベェ、あんたも知っているじゃない。私には濁りを取る方法なんてないって。」

そう。ナナには、ソウルジェムの濁りを取る手段などなかった。ナナには。

「メェー」ひつじが鳴く。「まさか、この子!?」

ナナはもとくんのほうを見る。

もとくんは、ぐったり倒れていた。さらに、今にも魔女に踏みつぶされようとしていた。

「もとくん!」

急いで駆け寄り、もとくんを抱きかかえ、魔女の攻撃から逃げた。

「君、なにしたの?」

「な、なにもしてないよ。」

「ちょっとソウルジェム、見せて。」

透き通った薄い青だったはずのもとくんのソウルジェムは、どす黒く濁っていた。先ほどまでの、ナナのソウルジェムのように。

「君、何か魔法使った?」と問いかけるナナに対し

「特に何も。そ、そのひつ、じを、召喚、し、しただけだよ。」

声もだんだんと、かすれていくもとくん。

「は、やく、ま、魔女倒さ・・・。」抱えられながらも、魔女を何とかしなきゃ。と考えるもとくんに対し、

「ちょっと待ってなさい。私が何とかする。休んでて。」

そういうと、監獄に置かれているようなベットにもとくんを寝かせ、ナナがきりりとした顔になった。

ひつじは、胸元にはいない。肩にちょこんと乗っていた。

「メェー。」可愛らしく鳴くひつじ。

指先で羊のあごを撫でるナナ。

ナナの胸元にあるソウルジェム。

先ほどまであったはずの濁りは、もうすべて取り除かれていた。

「行くよ。終わらせる!」

その言葉に呼応するかのように、ガントレットが光り輝き、そして巨大になる。その巨大さは、さきほど放ったものとは段違いだった。目の前に魔女に影を落とし、そのまま叩き落とす。

大きな地響きの後、耳を貫く音、そして、津波のような土煙。

魔女は消え、カラーンと、グリーフシードだけが残された。

あっけない。先ほどまでの激しさは微塵もない。

一撃。

万全の力を発揮することができれば、ナナの前を阻む魔女など、居ないといっても過言ではなかった。

ただし、ソウルジェムの濁るスピードは、ほかの魔法少女と比べて早かった。それだけの魔力を使わないと維持できない。いわば、諸刃の剣。

自分を守ること=他人を守ること。

他人を守ること=自分を守ること。

2つの意味が重なった祈り。

本来1つであるはずの祈りが、2つなのだから、そうなってしまうのは必然かもしれない。

「このグリーフシード、あと2回は使えるね。どうするんだい?ナナ。これは君の物だよ。君が魔女を倒したのだからね。」

キュウベェは、表情を変えずに起きた出来事から推測できる答えを出した。

「キュウベェ、あんた時々冷たいこと言うよね。」

ナナは、もとくんのそばへ行き、抱きかかえた。

ひつじが心配そうに、もとくんの顔を覗く。

「メェー」

「大丈夫よ、あんたのご主人、今元気にさせてあげるから。」

そう言うと、もとくんの濁ったソウルジェムにグリーフシードを当てる。そうすることで、ソウルジェムの濁りはグリーフシードへ移り、ソウルジェムの輝きは元に戻る。

そう、こうすることでしかソウルジェムの輝きを戻すことはできなかった。もとくんが魔法少年になるまでは。

辺りが歪み、教室へと変化する。

バシュンと、ナナともとくんの服が変化する。

「メェー」羊も、安心した鳴き声で消えていった。

目覚めていくもとくん、辺りが教室へと戻っているのを目の当たりにして、叫ぶ。「立川さん!」

立川あさみは、教台のうえで気を失っていた。

もとくんの叫ぶ声に反応し、ゆっくりと目を開ける立川。

 自分がどうなっていたか、記憶がない。

ただ、どことなく懐かしい声を聴いたような気持ちでいた。

「も、とくん?」

「立川さん、大丈夫!?」

「あれ?なんであたし、学校に?」

「よかった。よかった。」安心した声を出しながら、目を潤ませているもとくんを見て立川は、さらに混乱した。

「下校中じゃなかったっけ?」何度も、もとくんに質問を投げかける。なぜ学校なのか、自分は何をしていたのか、なぜもとくんが目を潤ませているのか。

「全部後で話す。今日は、一緒に帰ろっ?」目をさらに潤ませながら、笑顔で言うもとくんに対し、ちょっとだけ呆れた溜息を吐き、

「わかった。ちゃんと話してね?」と答える立川。

「もちろん!何度も話しちゃうかも。」

「ちゃんと聞くわよ。」

  

『クスクス』

あんなことがあったはずなのに、なぜか笑ってしまう。

月明かりに照らされる2人。

教室から出るとき、もとくんは「あの子」がいない事に気付く。でも、探そうとはしない。今は立川さんを無事に送り届けることが、最優先だと思ったから。それに「あの子なら大丈夫だろう。」という、安心感も交じっていたから。

街灯が両サイドに並ぶ歩道を歩く。遅い時間ではあるのだが、お互いにスマートフォンを持っていないので、連絡手段がない。持ってくればよかった。ちょっとだけ後悔しながらも、無事でいる立川を横目に、ニコッとする。

立川も、何があったかわからないけど嬉しそうなもとくんを横目に、ニコッとする。

2人の距離は、街灯が映し出す影のように、近づいて行った。

「まったく、あいつ。ちゃんとわかってるんでしょうね。自分がどんな存在になったか。」2人を見つめるナナがつぶやく。

唯一無二の魔法少年。

唯一無二のソウルジェムの濁りを除去できる魔法効果。

これを知っているのは、今のところナナとキュウベェ。

「ほかの魔法少女に知れたら、大変なことになる。あいつ、自分でそのことに気付いてないみたい。それに魔法少女、いや、魔法少年になったことで、これから魔女たちと戦うってことも知らないみたい。あーあ、やっかいなことになっちゃったなぁ。まあでも、あいつ居なかったらあさみちゃんのこと助けられなかったし、私も危なかった。それでチャラにしてあげるわ。キュウベェ、あんたも協力するのよ。」背筋を伸ばしながら、さらに呟く。

「って、キュウベェいないし。」

 「僕たちは魔法少女を魔女にして、そのエネルギーを宇宙へ還元してきた。これは、今まで進化の過程で重要なことだった。でも、たった一人の少年を魔法少年にしたことで、その理(ことわり)が崩れ去ろうとしている。今まで起きるはずのないことが起きてしまった。ソウルジェムの濁りの除去能力。少年を制御するために、研究材料として少年を加えたのに、制御できないどころか、この宇宙は終わってしまう。なぜそんなことが起きた。選別もランダムだったはず。少女のような健気さや優しさを持った少年なんて、いくらでもいたはず。それなのに、なぜこんなことになった。」

「訳が分からないよ。」