魔法少年もとくん☆マギカ       第1話    「誰も傷つけない」

 僕はインキュベーター。この宇宙を続けるために、少女たちの願いを叶え、魔法少女とし、魔女になるその瞬間のエネルギーを宇宙へ還元してきた。

少女ばかりでは、永遠に次の進化へと導けないだろう。このあたりで少年も入れるべきだという結論に、僕たちはたどり着いた。しかし、今までの情報だと、少年に対しあまりにも情報が少なすぎる。制御できない可能性が高い。ここはひとつ、少女のような健気さや優しさを持つ少年に的を絞り、情報収集をするべきだという結論に至った。


「今日の日直は誰だ?おう、あさみともとくんか。今配った答案、あとで持ってきいてくれ。」

 単なるテストかと思いきや、目玉焼きには何をかけますか?という、先生の娯楽だった。

どうやら、また彼女とうまくいかなかったらしい。

直接聞けば答えるのに、こんな遠まわしなことをするから、恋愛うまくいかないんじゃないか?と、クラス全員が思ったに違いない。

「ねぇ、立川さん。」

少しおとなしく、男の子とは思えない声の高さ、柔らかさで声をかけた。

先生からも、友達からも、家族からも、もとくんと呼ばれるその子は、昨夜変な夢を見ていた。

「でね、なんか白くてつるりとしてるんだけど、柔らかそうで、目が赤いの。その変なのがさー・・・。」

「ひとつ願いを叶えるから、魔法少年にならないか?って、訊いてきたんでしょ.バカバカしい。何度も聴いた。もう、朝からその話しかしないんだから。」

立川あさみは、一緒に登校している最中からずっと聞かされてちょっと呆れながらも、そういう話は嫌いじゃないらしく笑顔で答えた。

学校が終わり、お互いの家までの帰り道にも同じ話をするもとに対し、

「いい加減にしてよね、もう。いつまで同じ話を続けるのよ。すごくリアルなことはわかったけど、これ以上言うと怒るからね。」ちょっとだけイラッとしたみたいだ。

「わかったよ。だってさ、立川さん。ちゃんと話聞いてくれるんだもん。好きだよ、そういうところ。」

無言で殴られた。なんでだ?

次の日から、立川は妙によそよそしくなった。

話しかけても、今までとはどこか違う。恥ずかしそうな印象を受ける。

休み時間、偶然ほかの女子の話が聞こえてきた。

「もとくんが、あさみに告ったんだってー。しかも昨日!」

「あさみ、顔に出やすいからなぁ。」

「もとくん、気づいちゃってるんじゃないのさすがに。」

「カップル誕生!大ニュースよね!」

女子の笑い声に、もとは居ても立ってもいられなくなった。

「立川さん!」

「な、なによ、急に!また昨日のこと?」

もとは、必死にあさみを探し呼びつけた。

「あのね、さっきね聞いちゃったんだけど、僕が立川さんに告ったって。僕、何のことかわかんなくって・・・。」

立川は、真っ赤な顔をして

「そ、そうよね。私も全然わかんない!そろそろ授業始まっちゃうから行くね!」

授業までには、あと10分も休憩がある。もとは不思議に思った。

帰り際、再度もとは立川に話しかけた。

「ねぇ、どうしたの?なにかあった?」

「もう、話しかけてこないで。お願い。もう、何も話さないで。」

この時、初めてもとは、立川のことを傷つけてしまったことに気付いた。

「立川さん、ごめん。ごめんね。」

「・・・・・。」

「好きって言ったのはそういう気持ちじゃなくて、いいところだなぁって言う気持ちで・・・。」

「・・・・・。」

「だから、ごめん。」

「・・・・・。」

溢れる涙をこらえながら、無言で歩く立川。

もう何も言えなくなったもと。

2人の距離は、夕日が落とす光によって作られる影の分だけ、どんどん離れていった。

 もとは、自分の部屋にこもり、ふとんを頭からかぶり、今回のことでずっと苦しんでいた。

なんで勘違いをさせてしまったのか。好きという表現を使ってしまったことで、立川さんを傷つけてしまった。

 何時間経っただろうか。電話の音がなり、母が出た音が聞こえた。そして

「ねぇ、ちょっともとくん!あさみちゃん知らない?」

飛び起きた。

「え?どういうこと?」

「あさみちゃん、まだおうちに帰ってないんだって。もとくん、今日も一緒に帰ってきたんでしょ?だったら、知ってるでしょ?早く言いなさい。まったく帰ってきて早々に、自分の部屋に籠るんだから・・・。」

もとの耳には、その言葉は入らなかった。

立川さんが、まだ帰ってない?僕が傷つけてしまって、家に戻れない?どうしよう、そんなにも傷つけてしまった・・・。

「母ちゃん、僕、行ってくる!」

「行ってくるって・・・どこによ!」

僕は、母の制止も聞かず家を飛び出していた。

「どこにもいない、どこいった?」

息を整えながら、呟いた。

ふと目をやると、白くて、つるりとしてて、柔らかそうで、  

赤い目をした生き物が、遠くに見えた気がした。

夢を思い出す。

魔法少年になってよ。

そんな声が聞こえた気がしたが、頭を振って現実に戻る。

辺りをきょろきょろしていると、先ほどの生き物が交差点を渡る影が見えた。

その生き物の後を追うように、もとくんは走り出した。

 ここは・・・。学校?

薄暗い学校。いつも通っているところとは思えないほど、陰湿で恐怖を駆り立てる場所に感じた。

奥で、何かが動いた。夢に出てきた白い変な生き物。赤い目がこちらを見ている。

逃げた!

急いで追いかける、もと。

場所は自分の教室。いつも座る席に、誰かいる。

「立川さん!」

「あれ?もとくんじゃない。こんばんは。ふふふ。」

奇妙な笑顔で、何かをしている。

「帰ろうよ、立川さん!みんな、心配してるよ!」

「大丈夫だよ、今からね、神様のところに行くんだから。ふふ。」

何の冗談だろう。いつもと違う立川に対し、異常なまでの恐怖を感じた。

手にはカッターナイフ。授業で使ってそのままにしてあった。首元に当てる立川。

「いっしょにいこう、もとくん。ふふふ。」

恐怖で一歩も動けないもとくん。

やめて!心で叫ぶが、声にならない。

やめてよ!立川さん!声が出ない。

僕は、誰かをまた目の前で傷つけてしまうのか・・・。

気が付くと、その場所はもう教室ではなく、たくさんのハートが並ぶ異様な空間だった。周りで動く砂糖菓子のような生き物。ガシャン!ガシャン!牢屋を叩く金属の大きな音が聞こえる。いまだに立川は、首元にカッターの刃を当てて笑っている。そのまま、力を込めた・・・。

「なにやってんのよ!君、男の子でしょ!」

声が聞こえた瞬間、立川の姿が消えた。

辺りを探すもとくん。すると、

「間一髪、助けられた。ったく、私が来なかったらどうなったか、わかる?」

誰だろう?あまりにも濃い青が神秘的で、本当に神様なんじゃないかと思うほどだった。

「来るよ。」

「へ?」

周りの小さな生き物と比べて数倍の大きさがある「鉄格子」そのものが、こちらに向かってくる。

「今回も使い魔か。なんでこうも魔女と出会わないんだろう?ソウルジェム、こんなにも濁ってるのに。」

何を言っているんだろう、この子は。使い魔?魔女?ソウルジェム?

「君、名前は?」

「みんなからは、もとくんって呼ばれてる。」

「もとくん下がってて、早く!」

鉄格子の間から、でっかい鎖が飛び出した。

慌てて後ろに下がるもとくんとは違い、濃い青に身を包んだ神秘的な少女は、真っ向から進んでいった。

ガチャン!

目をつぶるもとくん。恐る恐る目を開けると、飛び出した鎖を腕で受け止める少女がいた。

腕には手甲が付けられており、ガチガチと音を鳴らしていた。

「きゃあ!」

余りにも鉄格子の力が強いせいか、少女は空高く打ち上げられた。

「結構手ごわいわね。こんなのが魔女じゃないなんて、ほんとツイてない。でも、見捨てるわけにもいかないし。」

ガシャン、ガチャン、ガチガチ。鉄と鉄がぶつかる異様な音が鳴るたびに、もとくんは目をつぶり、震えていた。

目の前で異様な怪物と少女が戦っているという光景は、現実離れしているが、現実だと受け止めなければいけないと本能的にわかり、恐怖で震えていた。

明らかに少女の動きが遅く、力も弱くなっているのを感じたのも、その恐怖を強いものにしていた。

「もう、いいかげんに・・・!」

地面に大きな鎖を叩きつけられ、土煙で目の前が見えなくなった。

「あああああーーーーー」

少女は床にふせ、ボロボロになっていた。

僕のせいだ。もとくんは思った。

僕が立川さんを傷つけなければ、立川さんがこんな風になることもなかったし、目の前で戦っている彼女もこんなにも傷つくことはなかった、と。

なんでこうなっちゃうんだよ。

もう誰も傷つけたくないよ。どうしたらいいの。

どうしたらいいんだよ!!!心が叫んだ。

「やあ、もとくん。僕と契約して、魔法少年になってよ!」

白くて、つるりとしてて、柔らかそうで、赤い目をしている生き物が、そう僕に呼びかけた。

「キュウベェ?な、なんでそいつなんかに。」

少女は床にふせながら、呟いた。

「魔法少年?」

「そう!魔法少年。一つだけ君の願いを叶えるよ。使い魔や魔女と戦うには、そうするしかない。そうしなければ君は、この戦いに参加することはできない。見てるだけだよ。それでもいいかい?」

「いやだ、もう誰も僕のせいで傷ついてほしくない。」

「じゃあ、君はどんな祈りで、魔法少年になるんだい?」

「誰も傷つけない。」

「それが君の祈りかい?」

「うん。」

「わかった、今日から君は、魔法少年だ!」

もとくんの胸から、ソウルジェムと呼ばれる宝石が飛び出した。

色は、薄いスカイブルー。

その宝石を両手で包み、祈るようなポーズをした。

すると、

魔法少年が現れた。

手には本。

これで闘える。motokunは、使い魔へと立ち向かった。

少年は、まだ知らない。

一つの願いが、全てを変える。

ということを。