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朝を告げる音

 人は朝の訪れを音で知ることができる。小学生のころ、盲目のお年寄りが学校を訪れた。確か校長先生の友人で、マラソンランナーだった。大会前なのか、朝の始業時間前に校長とグラウンドを走るようになっていた。伴走ロープを持ってピタリとくっつきながら走る2人の姿がものめずらしく、いつもサッカーをして遊んでいた私や友人たちは一緒になって走った。

「私は時計がなくても朝になると分かる。なぜだと思う?」。そう訊かれたのを覚えている。「外が明るくなるから」と答えるのが精一杯だったが、答えは違った。

 <鳥の鳴き声>だ。

 翌日、私は布団の中で目を閉じたまま朝を待った。じっと耳を澄ませる私に聞こえてきたのは、ランナーが話していたものとは異なる音だった。母がフライパンで何かを焼く、<じゅーじゅー>という音。これが私にとっての朝の訪れであり、初めて音で何かを意識した瞬間だった。

 ブラインドランナーと伴走者をつなぐロープは<きずな>と呼ばれる。健常者でも見えない絆を、その人はしっかりと握りしめていた。目に見えるものが全てではない。盲目のランナーの方が、よっぽど世界が見えていた。

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