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単発ボランティア3つの感想と活動の意義について考えてみた

 こんにちは。りょうです。
 今回は僕が今までに経験したボランティアについての感想とボランティア活動の意義・必要性について書いていこうかなと思います。僕は今のところ3つのボランティアを経験したことがあります。これらのボランティアが最近すべてひと段落したので、これらについて思ったことを整理していこうかなと思います。




マラソン大会の運営スタッフ

 人生で一番最初に行ったボランティアがこれです。この時ぼくはランナーの誘導を行いました。具体的には三角コーンを並べたり声で選手を誘導したり、あとは一般の通行者に対し選手の邪魔にならないよう脇道への誘導をしました。なかなか活気のあるイベントの運営を行うことができて、経験として一つよかったかなと思っています。
 超余談ですけど、この大会運営を期に、走る側としても参加してみたいなと思い、マラソン大会に出たこともあります。↓

↓実際に参加したのはこれです。



海岸清掃

 2つ目のボランティアはこれです。定番モノですね。よくあるイメージ通り、海岸のプラスチックごみを中心に集めていました。

 集めてて思ったこととして、マイクロプラスチックの回収が大変すぎるなという点があります。参加者が100人近くいたこともあり、トングで拾えるぐらいの大きなゴミは初めてから割とすぐに片付きます。問題はマイクロプラスチックです。一応マイクロプラスチックについて説明すると、波や岩に打たれて0.1mmぐらいまで砕けてしまったプラスチックのことです。こいつは小さすぎてトングで掴むことができないので、指を使って手作業でとることしかできませんでした。しかもこれがもう大量にある。。。とてもじゃないけど一日ばかりで片付けられる量じゃありませんでした。こんなのいくら時間があっても足りないよ。。。これどうすればいいんだろう?



街中の清掃

 これは都会の道路沿いの清掃を行うものという、これまた定番モノのボランティアです。これは今のところ計3回行ってきました。

 集まったごみの特徴として、まずタバコの吸い殻が一番多かったです。特にサラリーマンが休憩がてら集まりがちな公園です。足元を見てみるとそれはもう山のように吸い殻があふれかえっています!しかも植木の陰になっているところにこっそり捨てられた吸い殻がもうたくさん!まぁ最近煙草を吸うことができる場所が昔と比べ少なくなってきたというのもあって捨て皿が街中にないという事情もわかりますが、ちゃんと持ち運びの捨て皿を持ってほしいなと思います。あとはプラゴミもよく見かけました。これは割り箸の袋みたいな小さなプラゴミが多かった印象です。

 あとこのボランティアの良さとして、たまたま出会った人とお話しながら活動をすることができるという点もあります。挨拶がてら仕事について、あるいは学業について聞いてみることで普段会わないような職業の人や学生と会うことができるのも新鮮だなぁと思いました。



全体的な感想

 全体的な感想として、簡単な作業とはいえ実際に体を動かして地域貢献をするという活動はやってみてよかったなと思えるものばかりでした。ぼくは主に地域清掃系のボランティアに参加してみましたが、やっぱり座学や知識として街をきれいにする必要があると知るよりも実際に体を動かして体験してみることでその必要性を体で理解することができるのがいいかなと思います。
 ほかには、自分に自信を持つ一つのきっかけにはなったかもしれないなぁと思っています。今まで経験したことのないコミュニティの中に入って簡単な作業とはいえ活動を共にするのは普段なかなかやらないことなので、その経験をちょっとでも積むことができたのはよかったなと思います。

 一方で、これらのボランティア活動を経て本当の意味で世の中の役に立ったと言えるような活動ができているのか、活動中ずっと悩んでいました。例えばたばこの吸い殻についてですが、ボランティアの日に清掃したとしても今のままではまた他の誰かが吸い殻をきっと捨てるので、街のごみをどうにかしてなくすという問題の根本的解決にはなっていないなと感じています。マイクロプラスチックにしろ、手づかみで回収するのはあまりにも時間的コスパが悪すぎます。こんなのを延々とやったってまた次のプラスチックが流れ着くので、いつまでたっても終わりが見えないなと思います。

 以上をまとめると、地域貢献を体で理解するという点や即興のコミュニティで活動をすることで自信をつけるという魅力は見つかったものの、本当の意味で世の中に貢献したのかという疑問が残ったまま終わりました。


ボランティア活動の意義・必要性について

 ただ、僕なりにボランティアの意義についてこの記事の執筆を期に考え、ひとつそれらしい答えをひねり出してみました。
 社会が変わるのを待つより、異変に気付いた人が先手を打って(たとえ効率が悪かろうと)対策を行い、社会が変わるその日までその活動を続けるのが結局一番世の中のためになるからやる。ぼくはこう考えました。

 先ほどマイクロプラスチックの例を挙げました。このマイクロプラスチックをどうにかしたいのであれば、発展途上国含め全世界のごみ処理施設を充実させ、少したりとも川や海にプラスチックが廃棄されないようなシステムを作ればいいでしょう。でもそんなのは夢物語すぎます。何年何十年かかっても実現できそうにありません。だからといってじゃあ解決できない問題だからとほったらかしにするわけにもいきませんよね?ビーチが汚れきってしまって人々が来なくなってしまいますし、海の方も誰かがマイクロプラスチックを回収しなければ魚がそれを食べてしまい、人々は魚を食べることができなくなってしまいます。

 またたばこの吸い殻の例についても先ほど挙げました。たばこの吸い殻の問題をどうにかしたいのであれば、たばこを吸うすべての人が持ち運び用の捨て皿を持つというルール・義務を課せばなんとかなりそうですよね。でも今日道端にたくさんそれが捨てられているということは、そのルールが浸透しきっていないということです。それならそれが常識として浸透するのを待つより気づいた人が先手を打って掃除したほうがいいという話になりそうです。



 今回はボランティアを期に社会貢献について簡単ながらぼんやりとその義務・必要性について考えてみました。この記事を見て少しでもボランティアに対する見方が変わったと思えていただけたら、書いてよかったなぁと思います。僕としても、時間が取れ次第引き続き何かしらのボランティアを続けていこうと思います。
 今回はここまでです。読んでいただきありがとうございました。

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