或る女

パンをかじると、前歯になにか硬いものがあたる。取り出してみると、金色の硬貨だった。普通なら、そのまま怒りに任せて購入した店に飛び込むところだが、彼は呆けたように硬貨を眺めながら、残っていたパンを平らげる。
見たことのないデザインで、どこの国のものかも分からない。だけど、なんだかとても素敵なもののように思える。彼はそれを綺麗に洗ってハンカチで包み、机の奥にしまい込んだ。
夜、ベッドで横になりながら机を眺めていると、安っぽい木目がほんのりと光っているような気がして、そんなにまであの硬貨に入れ込んでいる自分のことが少し可笑しく思えた。
次の日の朝、彼は妙な音で目を覚ます。やかんの口から蒸気が吹き出しているような、退屈を噛む山鳥の鳴き声のような、遠くまで伸び広がる、長くて高い音。音源を探して天井を見上げたと同時に、彼の周囲200メートルの世界が蒸発した。
後に残った大きな窪地の中央には、一枚の美しい金貨だけが残されている。

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上森 康大

ベリーショートストーリー

布団の中でぐるぐるしながら書き留めた、ベリーショートなお話
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