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眠れぬ夜に思い出したい"いい夜"集

日記を失くしてから、ずいぶん困ったし、正直いまも困ってる。わたしは、この“いい気分”を、どこに書いたらいいんだろう。FacebookやTwitter、Instagram、tumbler、Googleドキュメント…。とりあえず、いろんなインターネットに散らばせたけど、どうにもおさまりが悪い。そもそも、忘れっぽいわたしにとって、どこに何が書いたかわからないから不安だ。よくない。眠れない。よくない。夏っぽさのない夏なのに、残したい夜が多い。それは、いい。


ということで、今夜も良く眠れますように、インターネットにバラかした、"いい夜”だけでも抱きしめやすく、noteに集めました。

女子高生と会った日の夜

目の前に座る過激な女子高生に「なんでそいつら殺したいって思わないの?」と言われて、考えていたら、隣に座っていた赤ちゃん(ぶーちゃん)がソフトクリームを食べて「おいちー!」と両手を挙げた。一緒にいたお母さんに小さな声で謝られて、こちらは微笑む。

かわいいね、と言いたくて前を見たら女子高生が烈火のごとく怒っている。冷房が壊れているとかなんとかで、店内が熱い。ソフトクリームがでろでろに溶けたクリームソーダが、不健康色の蛍光グリーンから、健康色のパステルグリーンに変わって、想像以上にまずそうだし、実際問題まずかった。

自分が怒られたくないばっかりに、上手に誰かを怒れないこと(ひとは「優しいと大変だね」と苦笑する)で、誰かが代わりにドワッと怒ってしまったりすると、ひどく絶望的な気分になる。バランスは取れているのかもしれないけど。

眠る前に、ちょうどよくやわらかさを保ったアイスクリームにかき氷のシロップ(メロン味)をたらしたものを食べた。予想通りチープな味がして、安心できた。いい夜だった。



健康診断の日の夜

健康診断の待ち時間って、どうしてあんなにも退屈なんだろう。病院に携帯の電波が良くないという都市伝説を頑なに信じてる自分がアホみたいに思えた。となりの若い女性らスマホを親指でスワイプし続けている。文庫本の一冊ぐらいなら手ぶらと変わらないのに、更衣室で躊躇したわたしの頬を、戸惑いなくグーパンしたい。

看護師さんの履いてるストッキングのつま先が、でろでろに伸びてて、ぶよぶよな肌色が、ピンクのサンダルから浮いてた。暇だと、人の足元にばかり目が行きがち。病院まで履いてきた穴あきスニーカーを買い換えようと心に誓った。

ここ数週間で、急に人から「痩せた??」と聞かれることが多くなったなとは思ってたけど、いざ数値を見ると、そりゃ言うわな、という落ち込み具合で、咳ごむように笑った。看護師さんは親切で、「何か不調があったら婦人科へ行くように」と大真面目に良い人だった。気をつけます、と答えて視力検査へ。

右、左、上、左斜め下、わたしは何に気をつけるつもりなんだ。口から出まかせで、意味不明だし、いまになってもわからない。

食事をとるタイミングを逃して、18時に朝昼夜をいっしょくたにしてやった。なにも食べてないせいで、なにを食べてもいい気になって、丼ぶりに野菜とブロックベーコンたっぷりのミネストローネと5枚切りの食パンにたっぷりチースをのせてトーストしたやつをガツガツ胃におさめた。もうひと押しのつもりで、缶ビールも喉をゴクゴクいわせて身体にいれて、ようやく“満ち満ちている!”と思える。満ち満ちたまま寝て、いい夜にしたいので、お風呂は明日の朝にする。



ムーミン展に行った日の夜

ムーミン展に行ったら混んでいて、15分待ちと看板が出ていた。舞浜のアトラクじゃあないんだから、と思ったら、ほんとに列ができていて驚いて、列に加わった。20分待った。

目の前に並んでいた、赤い髪の女の子(本当はピンクに染めたらしいが、3日で色落ちしたそう)が、「見たことない」と言いながらムーミントロールを指差す。学芸員っぽいスタッフのお姉さんが「作品に近づきすぎたり、指をさしたりするのはご遠慮ください」と姿勢正しく、控えめな音量で繰り返し、女の子が首をすくめた。可愛らしくて憎めない。

少し猫背で、でもお洒落なマダムが、『ムーミン谷の彗星』の挿絵を食い入るように見つめ、静かに涙を流していた。傍に立つには若すぎる男性が、繋いだ彼女の手の甲を、優しく指で叩いている。旦那か、息子か、もしくは燕か。邪推すぎて、自分にがっかりしたが、あまりにも映画的で、目に焼き付ける。

窓のない空間に人工的な光がさすのが、谷っぽく、ムーミンと美術館的施設の相性の良さに、外に出てから気づいた。

フィンランドってどんなお酒を飲むんだろうな、と思いながら、レジを通ったばかりの缶ビールを眺める。今夜も、きちんと眠って、いい夜になればいい。



映画館はレディースデーな日の夜

よくわからないなと思いながら、でも映画はいいよね、と思う水曜日。先週、フィクションを必要としなかった人生について、人と話したことを思い出す。お疲れ様でした。

店内の冷房がよく効いていて気持ちよかったのだけど、魔法瓶の中が生ぬるくて、その塩梅を楽しむ。夏の到来を感じる事象が今年も増えた。

仕事中にいじらなかったiPhoneに、LINE電話の通知が2件、同じ女の子(先日婚約して、来週届けを出すらしい。うれしい)。マリッジブルーじゃないかと思って、水仕事をしながら電話。酔っ払ってただけとの事。ささくれに流水で、鈍痛。電話をしながら電車に乗った、今日だけ。

疲れた顔しか乗り込まない水曜日の山手線で、ただただ、わたしが一方的に大好きな女の子からLINE。会いたい。

無くした日記が見つかって、中身を見たら全然知らない〝わたし〟が3人いて、みんな好き勝手に書いててよかった。大きな女の子の字で、「Yは心で5回死んだ」って書いてあった。元気に生きてると思うし、日記は再来年捨てる。全部イレギュラーで、いい夜だった。



新宿で飲んだ日の夜

久しぶりに、新宿のゴールデン街で飲みながら仕事の打ち合わせをした。レモンサワーが甘くてジュースみたいだったけど、チョビチョビ飲んだらちゃんとアルコールの味がするのが面白かった。

軽快に杯を乾かす打ち合わせ相手が、いつもなら笑顔で済ませる嫉妬と嫌味を、うっかりまともにくらってつい人前で「うるせーな、性格ブス!」と叫んでしまった、と落ち込んでいたのを慰めてたら店が混んできたので、出た。普段優しいからって、何をぶつけてもいいわけではないよな、と当たり前のことを思う。花園神社ではじめて猫をみたので、小さい顔を一生懸命撫でて、喉をごろごろいわせてやった。

新宿三丁目まで移動して2件目。以前忘れて帰った日記を放置してた店で、そのときに好き勝手に日記が書き足されていたのが面白かったので、結局その日記は常設してもらっている。みたら、また新しい他人の日記が増えていて、特によかったのは、奥さんとの喧嘩の詳細が事細かに書かれた最後、ぐちゃぐちゃと一行黒塗りされた下に「明日の朝、目があったら謝る」で締めくくられたやつで、そのぐちゃぐちゃで無かったことにした一文を想像しながらハイボールを飲んだ。思想も会話もインターネットも、意図的に残さなければ無かったことにできるけど、手書きは跡が残るので、良くも悪くもだなぁと思う。

お酒が美味しくて、めずらしくよく喋ってたので、写真を一枚も撮らなかった。仕事自体はうまくいきそうで、あらゆる働き手と生き方は全て尊いので、お互いにとにかく自分も人も軽んじずにやっていきましょうね、などと言ってたら私だけ改札に引っかかったけど、いい夜だった。


燻製とバーフバリの日の夜

3連休中日の夜に、仕事をしていないのは一年半ぶりだった。遊びに行った友人の家は、当たり前だけれど、誰かの生活がギュッと詰まったから分かる、癖みたいなものが見える可愛い場所だった。

なにより、どんどん美味しいものが出てくるのでずっとニコニコした。焼きたてのまんまるで白くてすべすべのパン。フライパンで湯がいたトウモロコシ。同じフライパンで燻された燻製のパレード。実家みたいだった。

ベーコンとかチーズとか、味玉とか、もともと味があるものが、燻されるとさらに味がギュッギュッと詰まって、ジュンワリするものだから驚いた。全部美味しくて、食べすぎたので、お腹がもうはちきれんばかりだ。

食べながら、『バーフバリ』を初めて鑑賞する。かつて、友人はもちろん、憧れのあの人も夢中になって讃えた王は、小さな画面でも魅力いっぱいだった。王も姫もすごくて、いや、姫の力強さに圧倒されて、そういえば最近観た『アラジン』も王女は美しく力強かった。
インド映画はとにかく歌って踊る。これでもかと言うほど大勢で、息ぴったり乱れずに踊るものだから、だれか、私みたいに鈍臭い人がいて、美しいユニゾンをぶち壊さないものかとハラハラした。だれもかれも、動きがすべてが完璧だった。

わたしだけ終電で、タクシーを呼んでもらい、帰った。帰りしなに握り締めていた千円札。友人にもらったもの。なんでそのままもらったんだろう。降りるときに必要な分は、自分の財布から出した。

美味しい思いをして、お腹いっぱいでスカートがきつくて、隊列の乱れない歌と踊りに興奮したまま、シャワーを浴びた。LINEの通知がポコポコと現れては消え、「また遊ぼうね」と言い合う。遊び足りないぐらい、いい夜は、延長戦希望だわ。ほんとに、ラブい夜だった。

最後まで読んでくださりありがとうございました。スキです。