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夏はなんでも眩しく、瞬きよりも短い

目が覚めたとき、部屋の中に陽が満ち満ちていて、耐えられずに、また瞼をおろした。目がくらむような朝ばかりの夏。窓の外でセミが鳴いていて、きっとうだるように暑いにちがいない。冷房がついたまま、ひえた部屋の中なのに、げんなりしてしまう。まだ、朝なのに。

シーツの上で、スマートホンを探す。冷えた布の感触が、きもちいい。意味もなく指先を泳がせたい。そんな誘惑を我慢して、充電コードにさしたまま放り投げたスマートホンを掴んで、顔の近くまで引っ張りこむ。液晶画面は、白くて細いフォントで、「13:43」と表示されていた。

そうだ、夏は、朝だと思ったら昼で、1日があっという間なんだった。

うめきながら起き上がって、そろそろと洗面所へ向かう。床までキンキンに冷えている。どこにでも冷えた空気がいっぱいで、肌にあたると気持ちよかった。

生きてる?

“ポン”と軽快な音でLINEが反応していることがわかる。画面をみると、友人からの完結で物騒なメッセージが、表示されいて、思わず笑った。彼女はいつもこうだ。

なに?とだけ返事を返してベッドにスマートホンを放り投げ、遅い時間の洗濯にとりかかる。太陽はてっぺんから少し(ひとによっては、”かなり”かもしれないけれど)傾いてきていて、でもどうせ部屋の中に干しちゃうから、あんまり関係ないな、と思う。本当は、朝から外に干して、ゆるい風をうけて小さくはためく洗濯物たちをみて、清々と気持ちよくなりたかっただろう、と思う。

シーツの上で、スマートフォンがヴーヴー唸っている。
電話だ。彼女からだ。手に持っていたハンガーにTシャツをくぐらせて、窓のサッシに引っ掛ける。スマートフォンの唸りは長く、観念して、画面を指で軽く抑える。

もしもし?

なぜか口元が緩んでしまった。何笑ってんの、と板の向こうはいぶかしげ。なんでもないよ。なんでもない、と繰り返すと、嘘みたいに笑えてきてしまって困った。

生きてるの?生きてるよ。死んでなくてよかった。本当にそう思ってる?新しいワンピースをおろそうと思ってるの。いいね、最高じゃん。うん、だから19時に百貨店の上でね。うん?百貨店の上でビール飲むからね、じゃあ。

プッ

スマートホンで電話をしたとき、受話器を置く重さを感じられないから、終わりがわからなくて戸惑う。味気ない、とも違って、なんだか、いつまでもまだ通じている気がして。

液晶画面にうつる数字を確認する。19時まであと4時間ほどあった。もう何ご飯になるのかわからないけど、ゆっくり食事をとって、服を選んで、化粧をするには十分時間がある。

なに着ようかな。彼女はワンピースだといっていた。あわせたほうがいいだろうか。取るに足らないことばかり考えて、日が沈んでからの集合でよかった、と関係のない部分に安堵した。

わたしたちが百貨店の上でやることなんて決まっていて、百貨店の上、つまり屋上庭園でビールを飲むこと。夏の生ぬるい風が、夜は気持ちがいい。水玉のロングワンピースを纏った彼女は、じっさいより幾分か若く見えて、ビールじゃなくて、カルピスの方が似合いそうだったし、19時じゃなくて14時の方が似合いそうだった。対してわたしは、黒いノースリーブのワンピースの下、レギンスで対して見えない足を隠すような格好をして、まぶたにラメをキラキラさせている。

涼しくはない。生ぬるい。過ごしやすくはない。過ごしにくくもない。

夏の百貨店の屋上は、そんな感じだ。ビアガーデンが併設されているので、バーベキューと飲み放題でしっちゃかめっちゃかエリアと、出店でほそぼそとビールとおつまみを注文できるしっとりエリアに別れている。その空気の真ん中あたり。わたしたちが、いちばん過ごしやすいエリアはいつも境目だ。

屋上のいいところは風が抜けるところだと思う。汗をかいた青島ビール瓶を煽る彼女を見ていて、余計に自信をつける。全体的に照明のライトのせいか、輪郭がぼんやりしているものの、彼女の向こうで、都会のネオンがギラギラ光っていて、目は痛い。

夏の日差しが似合いそうなワンピースだね、というと、当たり前でしょ、返ってくる。
まぶたがキラキラしてて目に優しいわね、といわれて、当たり前でしょ、と返す。

深い意味のないやり取りをしながら、気がついたら、館内放送が21時閉店を告げる。のそのそと帰り支度をするひとたちを見送る。なすの牛に乗って帰るみたい、と彼女が漏らすのを耳が逃さず、死者にしないで、縁起でもない・・・とため息をついた。きっと来るときはキュウリの馬。ニヤつきすら愛らしいのは、なんなんだろう。

生ぬるくなった青島ビールをグッと喉の奥に流し込んだ。さらけ出された白い喉に、ライトがあたって、目がくらむ。夏だからだろうか。なにを見ても、美しさを期待してしまってしかたない。夏だから、とぜんぶ言い訳にしたい。夏は、あらゆる日常をドラマチックにしたがることを許される季節だと、毎年思う。核心にいたらぬまま、駆け抜けてもいい気分になって。

夏は短い、とひとは言うけれど、そうだろうか?

昨日みた天気予報では、今年の暑さは9月末まで続くでしょう、といっていたけど、それって結構長いと思う。お盆をすぎて、8月が終わると夏も自然に消滅する気持ちになっているけれど、それはそうと、じゃあ、夏の始まりはいつだったんだろう。暑さを感じはじめた7月?7月から9月までが暑い夏なら、季節としては結構順当だと思えてくる。短くもなんともなくない?

一昨日、ツイートで「夏はもう終わっていて、みんなが気がついてないだけ」というのを見かけて、ちょっと呆然としてしまったけれど、それだって、うすらぼんやり短い、瞬きしてる間に終わった気分、なんて思っているだけで、ほんとうはしっかり寝て起きて食べて、日々を消費してきていた。

夏はほんとに、短かったのか。今日はほんとに、短かったのか。
起きるのが遅かっただけだった・・・かも・・・・・・?

はあ、もう帰ろっかぁ。どうにも頭が疲れてきて、手に持っていた青島ビールの空壜すらぬるくて、投げやりな気持ちになっていってしまった。彼女の目が、ちょっとつり上がって、不満げな猫みたいになる。

ちょっと、ぜんぜん飲み足りないんですけど。続きは冷房ガンガンの部屋でお願いしまーす。ええ~もう、ビール買ってそっち行こ。うちかよ。

帰るっていったのは自分なのに、なぜか後ろ髪ひかれる。そんな気のせいに従って、振り返る。白いライトに照らされているのがまぶしい。今日は朝から(正確には昼から)まぶしかったのに、夜になってもまだ、まぶしいままだ。

目を細めたら、涙がでてきて、ちょっと嫌だった。ぜったいに、350ml缶じゃなくて、500ml缶を買って景気よく、夢見よく日付を超えると誓う。先に立ち会っがって出口へ向かう、ほろ酔いなカルピスワンピースの背中を追った。

最後まで読んでくださりありがとうございました。スキです。