近未来2

POLICE in 2117 完結

 3-25、終幕

 井澤はすっかり意気消沈しているように見える。本当のところはどうなんだろう。

「井澤賢介さん、取調べを始めます」

井澤は今まで拘束されていた手首を捏ねている。

「あなたは何が間違っていたんだと思いますか?」

「人選だ。バカを使うんじゃなかった」

「それではあなたがしようとしたことは正しいと思いますか?」

「もちろんだ。私が目指す社会は不公平のない完璧な社会だ」

「今でもかなり公平な社会だと思いますけどね」

「能力もないのに優遇されてるおまえらにわかってたまるか」

「どこが不公平なんでしょう」

「住居のあり方も、エネルギーの分配も学問の公平さもない。みなが公平にすべきだ。どうしてボックスはみなが同じものに乗っていないんだ?」

「それは社会への貢献度が差となって表れてるんじゃないですか?不公平と呼べるほどの差じゃない。住居もそれぞれ決められた条件を基に決められ、エネルギー分配も同様になされている。無駄遣いをしなければ使い切って困ることはない。学問も自由だ。ほぼ希望したことが学べる」

「希望したことが学べるだと?評価はどうなんだ?まともに評価できるシステムがない」

「評価は完全とは言わないまでもかなりの公平さが保たれていると思いますよ」

「バカな。何をたわけたことを」

「あなたの論文を読みました。あなたの論文は人を納得させるに至っていない」

「それは読む能力が足りないからじゃないのか?」

「あなたの論文は奇をてらっていないところは評価できます。しかし、内容は結論に早く飛びつきすぎる帰来がある。たとえば『集光性繊維の可能性分析』ですが、あなたはもっとデータを積み上げるべきだった。耐熱温度が35℃だということは製作してみてわかったんでしょ?うちのラボで1日でわかりましたよ。その上脆い。強度を増すために炭素繊維とペアで使わなければならない。もっとあらゆる可能性をあたるべきだった。着眼点はあんなにいいのに」

「ちゃんと使えているじゃないか」

「悪いとは言っていない。結論に至る道筋が早計すぎると言っているんです。あれでは夏の間は運搬にも冷蔵が必要だ。しかし健康診断の検査装置としては非常に有用です。もっとデータをとって長所と短所を明確に示していれば世界的な発見だと言われたかもしれない。あの内容では人を説得することはできない。論文とは人を説得するものです。あれでは独りよがりの戯言だと言われてもしかたありませんよ。説得できるのはせいぜい倒産しそうな町工場の社長くらいのもんです」

「おまえなんかにわかってたまるか。私は、私は・・・」

井澤がその拳で机を叩いた。

「井澤さん。あなたにお訊きしたい。あなたは取り巻き連中とどのような通信手段を取っていたんですか?」

「バカが。人に気取られるような手段は取らない」

「あなたは“R”を利用して取り巻き連中がどこにいるかを把握した。これは不正プログラムですね、違法です。そしてそこにレプノイドを遣いにやった。違いますか?」

「なんだ。町工場のやつに訊いたんだろ?」

「まだ会っていません。今、うちの者が逮捕に向かっています」

井澤は横を向いた。彼の中にどんな感情があるのかは分からない。

「負けたよ。あんたには。だけどな、私の描いた未来は明るいんだ」

「それはそうかもしれない。それなら正当な手段で訴えればよかった。あなたはやり方を間違えた」

「バカ共は誰もおれの正しさがわからないからだ。耳を貸さないからだ」

「どうしてあなたはそれを人のせいにするんですか?ご自分の100本近い論文が何故受け入れられなかったか、どうして検証してみようとしなかったんですか?それさえしていればもっと他の道が見えてきたはずだ」

「ああ、そうかい。私は間違っていた?それならそれでいい。永遠に不公平な社会で暮らせばいい」

「現実は改善の余地がないわけではないだろう。そう思う誰かがそれを主張して改めていくかもしれない。あなたはあなたの論文と同じように結論に飛びつき過ぎたんですよ」

「もうおれはお終いだ」

「そうでもない。これからも時間はたっぷりある。ご自分の論文をもう一度見直す時間がね。刑務所の中でも言論の自由はある。そこから論文を発表すればいい。それが価値あるものならばいつか誰かが評価するはずです」

「そんなことがあるはずがない」

「色眼鏡で見ない賢者はこの世にはたくさんいると私は信じています」

井澤の険しい顔が少し緩んだ気がした。

「そうだろうか・・・」

「あなたは私たちとあそこで自爆するつもりでした。あなたはあそこで死んだんです。生き返って新しい人生を謙虚に生きてください」

井澤は俯いた。何を思っているのかは分からない。

「ひとつ聞かせてください。何故あなたは額の痣を取らなかったんですか?」

「私の母は私を産んだ時に死んでしまった。母の写真にもこれと同じ痣があるんだ」

「そうですか。あなたが殺し屋に使った河本兄弟には親がいない。ご存知の通り彼らには血縁がいない。彼らは二人きりなんです。でも彼らにもやっぱり親はいたんですよ。あなたのお母さんと同じように。そしてあなたが邪魔で殺した人にもやはり親はいる。生きていると死んでいるとに拘らずです。そのことを考えてください」

井澤の目から涙が零れた。その涙は美しい涙と信じたい。

「ありがとう。以上、取調べを終わります」

「待て、おまえは。おまえの両親は」

「私が20歳の時、二人とも自殺しました」

井澤は両腕を机に叩きつけると、そのまま突っ伏して泣き始めた。

松尾と米田が逮捕されてきた。彼らの供述で名前の挙がっていなかった5人の取り巻きも逮捕された。それで全員であることは河本の供述で確認した。


 翌日、病院からポリスが目覚めたと連絡が入った。由莉奈にも連絡してみんなで駆けつけた。

「目覚めたんですって?いいですか?」

「会えますか?」

みんなが吉野医師のところに集まった。

「どうぞ、会ってあげて」

治療室に入ると相変わらずプールに浮かんでいる。

「ポリスどうだ?」

「女性の妊娠を妨げる意図があったんですね」

「おまえ何を言ってんだ?」

「キニーネですよ。キニーネとレボノルゲストレルです」

「なんだおまえ、プールに浮かんでそんなこと考えてたのか?」

「ずっと気になってたんです」

「勉強熱心だな。それよりも早く元気になっておれの横に立ってくれよ」

「いえ、まだまだ私はクロードさんの後ろです」

「まぁどっちでもいいから早く立ち上がれ。梶原の赤ちゃんと競争だ」

              POLICE in 2117 完

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