#120 さよならよりも

 人との別離れ、というのは毎年のように起こる。望まずとも起こってしまうものである。今年に限ってそのことが強く悲しい…より寂しく感じてしまうのは、やはり1年を通して鬱屈とした雰囲気であったからだろうか。

 時折Twitterのトレンドを眺めていると、知った名前がランクインしていることがある。その人の身に何かあったのではないかと、毎度毎度ドキッとさせられる。恐る恐る中身を見て、「なぁんだテレビ番組に出演していたからだったのか」とホッとさせられることもあれば、えぇっそんな……。と唖然させられることもある。
 何にせよ、心臓にはあまり良くない。設定で人名だけ非表示にできないか、なんて思ったりもする。

 尤も、そのような感情を抱いたのは、ネット上の事象だけではない。私のよく知る存在もまたひとり、ふたりと旅立って行ってしまった。そこまで距離が離れていたわけでもないのに、看取ることすらもできなんだ。
 葬儀に立ち会うことができたことは、せめてもの救いであろうか。それすらも叶わなかった人も多いだろう。本当に「嫌な病気」が、世界に蔓延してしまった。

 彼ら、彼女らは最期に何を想っていたのだろうか。
 もっと生きていたかった、と想っただろうか。
 さほど思い残したこともないから、ある程度満足はしていると想っただろうか。

 どちらにせよ、それは残された側の憶測でしかない。想いを知る術は、最早私には与えられていないのだ。


 未だに、彼らにもう会えないという実感が沸かない。彼らの住んでいた場所を訪ねても、迎えてくれないことは分かっているのに。手を合わせるその先に、彼らの写真が置かれているのが視えるのに。
 もし今際に立ち会えていたのならば、その事実もこれでもかという程に受け止めることができていただろうか。涙とともに、"悲しみ"として刻まれていただろうか。

 宙ぶらりんな自分自身の気持ちに、慰めなのか気休めなのかは定かではないが、裏を返せばそれはまだ希望があるのではないかと問いかけてみる。「もう会えない」、ことでもない。きっと「また会える」。
 未来のことは何一つ分からない。だが今のところ未だ、私は生きている。そして彼らに、きっといつの日か再会できるとしたら。それまでの長く短い"猶予"の中で、一体何ができるだろう。

 麻雀。麻雀かぁ、近頃は対人する機会も増えてきたけれど、お世辞にも勝率が高いとは言えない。折角…例えばメンタンピン赤ドラ2枚、ドラ2枚確定でアガリ牌によっては三色もプラスされるという中々の手を揃えたというのに、他の人に先にアガられておじゃんになってしまうことがしばしばある。放銃はそこまでしないけれど、点数は一向に増えない。やっとこアガってもしょぼい役。
 賭けようものなら、あっという間に素寒貧コース確定である。まだまだ鍛錬は必要だなぁ。

 ピアノ。演奏は出来ないことも無いけれど、習っていた時よりは流石に鈍っているだろう。恐らく、最後に出た発表会の曲もロクに弾けない自信は大いにある。久々に恩師と連絡を取り合って、またイチから練習しようかしらん?

 味噌。やはり味噌汁というのは味噌が味の決め手になるので、これが違うと印象が全く変わる。いつも実家のものを使っていただけに、切らした時に市販品を購入して作った際は、特にそのことを強く実感したものだ。
 とはいえ、私は味噌の作り方をちゃんとは存じていない。作る過程で色々気を遣うことも多いだろう。幸い、知っている人はいるので彼らから手ほどきを受けてみようか。それはそれで、また違った味わいになるしれない。
 まだまだ料理は修行中の身であるが、いつか自分手作りのモノを使って料理を振舞ってみるのも面白い。

 彼らとの想い出の中からでも、思いつくものはそれなりにある。それらを磨いて、いつか腕前を披露するなんて機会があるとしたら…どんな反応を見せてくれるだろうか。褒めるだろうか、まだまだだねと返すだろうか。まぁそれ以前に「お前誰?」と素で言われそうな気がするが、それはそれで。


 「さよならだけが人生だ」、なんと悲しい言葉であろうか。それが人の世の常なのだとしたら、来年も再来年も、その先もずっと…受け止めなくてはならない。彼らは手を振ってくれるだろうか。目を離した隙に、何の素振りを見せることもなく消えてしまうだろうか。
 だけど何となく、ひねくれている分けでもなく「さよなら」とは言いたくないのだ。別離れだからってその言葉しか贈ることができない、なんてことはあるまい。掛ける言葉は他にもある。


 さよならよりも、またね。

 いつかまた、貴方がいた時のように過ごせたら。