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アブダクションラインでデザイン思考を理解した話

私にとってOOUI本で得た一番の収穫はアブダクション・ラインを知ったことでした。デザインする際の、感覚のようでいて理屈がついて回るのそれをずっと言語化できないでいたので、「形が先、ロジックはあとから見いだされる」のシンプルな表現はまさに天啓のように感じました。
アブダクションについて調べ回っていると、どうやらそれがデザイン思考の原理の1つになっているような様子。ビジネス開発のフレームワークだよね……程度の認識だったデザイン思考に、1回くらいちゃんと向き合ってみようと決心し、ついでに社内のLTで発表してみました。

以下、社内のLTで発表した内容を再編集したものです。

デザイン思考ってなんだろう?

デザイン思考(デザンシンキング)とは、デザインコンサルファーム「IDEO」が提唱したデザイン手法を活用してビジネス上の課題解決に導くためアプローチ方法であり、デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動をとりいれた問題解決志向の思考法を指します。
スティーブジョブズがiPodを生み出したした画期的なプロダクト開発手法だと話題になったことことから、特にビジネスシーンで注目されるようになりました。今では各社各機関が「ビジネスを成功に導くためのプロセス」として独自定義し、事業活用を図っています。

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富士通のデザイン思考Gartner社提唱の事業検討プロセス例

教科書的なデザイン思考ってどんなんだ?

フレームワークとしては、スタンフォード大学のデザイン研究所d.schoolが提唱した「デザインシンキングの5段階」が有名です。d.schoolでは、ユーザーに対する共感をもとに最善の解決策を提案する問題解決志向のアプローチとして、5つのフェーズに分けたマインドセットを定義しています。(2021年現在、この5段階も更新されているようだけどまだ調べきれておらず)

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デザインシンキングの5段階

1. EMPATHIZE【共感】
ユーザーや顧客の思考・行動を注意深く観察・理解し、ターゲット自身も自覚していないニーズを見い出す

2. DEFIME【問題定義】
EMPATHIZE(共感)で得られた情報からインサイトを掘り下げ、根本的な不満や課題を明確化する

3.IDEATE【発想・創造】
明確化した課題を解決するアイデアを、想像力を膨らませ発想を飛躍させて、思いつく限り発散する

4.PROTOTYPE【試行】
IDEATE(発想)でだした解決案をプロトタイプとして具体化し、実現性の確認をする

5. TEST【検証】
できたプロトタイプを実際にユーザーに使ってもらい、その様子を観察する方式で評価・検証する

そして、TEST(検証)で得られた結果は、再度EMPATHIZE(共感)へ戻り更に分析され、改善を重ねていくことになります。

Point.1 共感とは観察と理解

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起点になるEMPATHIZE【共感】は、理解観察に言い換えることができそうです。
イノベーティブな問題解決を行うには、ターゲットとするユーザーや顧客が自覚できていない潜在ニーズを掘り起こす必要があります。根本的な問題の洗い出しにつなげていくため、ターゲットの置かれた状況、考え、行動を注意深く観察し、自分ごととして捉えて深くリアルに理解する、それが共感です。相手を思いやり同情という形で気持ちを寄せるSympathyとは異なる感情移入の仕方になります。

Point.2 メソッドではなくマインドセット

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またメソッドではなくマインドセットであることも重要です。
ステップのように5つのフェーズを順番に進めてくことにこだわらず、DEFINEで問題定義したいけどいまいちニーズが掴めないから1つまえのEMPATHIZEに戻ってユーザーリサーチをやり直す、プロトタイプ作ってみたけどアイデアに矛盾があって成立しなかったから発想をやり直す、まったく的外れな検証結果になってしまったので問いの立て方を見直すために問題定義からやり直す、など柔軟にフェーズを移動することになります。
結果的に、後工程の結果によって、前工程にも変化が現れる非線形のプロセスが描かれます。

デザイナーからみたデザイン思考、ってアブダクションそのもの?

私個人としては、ここまでかなり納得はできるものの、その仰々しさがいまいち腑に落ちません。じゃあデザイナーがしっくりくる思考手順とはなんなのか?よく言われるのは「作ってから理由を考える」です。

たとえば会社のロゴ案を作ろうというとき、手を動かす前に頭の中にぼんやりした「もっともらしい、あるべき形」が先にきます。この「ぼんやりした形」は抽象的で言語化できない状態ですが、紙と鉛筆でラフを描いたり、デザインツールで実際のデータを作って具体へと移していくことで「ぼんやりしたあるべき形」の解像度があがっていって、本当にそれが「あるべき正しい形なのか」を実証していくような感覚です。
この思考の手順を書籍「オブジェクト指向UIデザイン」では、アブダクション・ラインという言葉で説明しています。

優れたデザイナーは、抽象から段階的に選択をして最終的に具象に到達するのではなく、一気にもっともらしい具象を掴み、そこから最初の抽象へとリバースエンジニアリングのパスを通します。
形が先にあり、ロジックは後から見い出されるのです。
上野学「オブジェクト指向UIデザイン─使いやすいソフトウェアの原理」P47, 2020


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お行儀よく1−2−3−4と順番に抽象から具象へ思考を移動させるのではなく、始めにゴールに近いもっともらしい具象を掴んでから、そのもっともらしさが本当に正しいのか確かめるように、抽象へと逆向きに思考を走らせます。

アブダクションがイノベーションを生むらしい

このアブダクション・ラインとは論理学の世界では仮説的推論と呼ばれ、発想を飛躍させて新しい解を見出すことでイノベーションを生む考え方と言われているそうです。
仮説的推論とは、結果から原因を推測し仮説を構築していく考え方です。
対して、演繹的推論は大前提に解が含まれ、また帰納的推論は多くの具体例から共通項を探して結論を正当化します。この2つはすでに顕在化している解に向かってロジカルに導く手法なので、新しい解は生まれません。
デザインシン思考がイノベーションに繋がる思考法としてビジネスシーンで注目されている理由は、新しい解を生み出していく考え方である仮説的推論を有効に機能させる仕組みにあるようです。

※ アブダクション思考については、書籍「デザインマネジメント論」のV-3 デザイン推論で詳しく解説されています。(面白い話なのでまた別の機会に)

このへんで私はふと気付きました。
形が先にあり、ロジックは後から…の理屈、エンジニアもやっているやつでは?​と。以前一緒にお仕事をした熟練エンジニアが「頭の中でもう組み上がってる。あとはキーボード打つだけ」と言ってたのを聞いたことがあります。また、プログラミング言語には型の特徴があって、SQL,Scalaなどの宣言型は全体像が先にみえてるとか?(JAVA,Rubyは命令型・手続き型と呼ばれ段階を踏んで結果にたどり着くらしい)
たまたまデザイナーの思考の癖を端緒にしたから「デザイン」思考と呼ばれてるだけで、デザイナーじゃなくたって皆普通にやってるやつだよね?

日常生活のデザイン思考

デザイン思考がデザイナーに限定された思考手段ではなく、仮説的推論を上手に機能させ、解を実証していく考え方を指すのであれば、私達は日常生活においてどんなときにアブダクションを機能させ、無自覚にデザイン思考をしているのでしょうか。こじつけ感も否めませんが、以下のように考えてみました。

例えば「今日のディナーに何を食べますか?」という質問をされた場合、その答えはどうやって決めるでしょうか?
はじめに〇〇が食べたいと感じた時、頭の中で閃いたものはなんですか?
食べたいとおもったもの、それが本当に自分が正しく食べたいものだったか、わかるのはいつですか?

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上の図に、ディナーを考える手順の一例を示しています。
① とても空腹だ、ジュージュー焼けた肉が食べたい。【形が先・理由はあと】
②どこに行って食べようか、家で作ろうかな、冷蔵庫に肉はあったかな【共感・問題定義】
③冷蔵庫あけたらひき肉と豆腐しかなかった。仕方ない、麻婆豆腐なら作れそうだ。【発想・プロトタイプ】
④いざ作って食べてみたら、麻婆豆腐も美味しくて満足した。空腹が満たせれば焼き肉じゃなくても良かったようだ。【検証】

「焼いた肉が食べたい」という初期のニーズは「こんなのが食べたい!」という形が先にきて、理由はあとからついてきます。
そして肉が食べたいという仮説を具体化するために、お店を探したり、食材を考えます。実際作る段になったら材料不足が判明し、焼き肉というアイデアは実現できなかったので、再度発想し直して麻婆豆腐を作り事にしました。いざ作って食べたら麻婆豆腐でも十分に満足できてしまいました。
顕在ニーズの解は焼き肉だったけど、潜在ニーズの解としては空腹を満たせる美味しい食事、で十分だった(かもしれない)
前の工程の結論が後の工程の影響によって変化し、実証することで潜在ニーズの解を得ることができたプロセスを辿っています。日常の何気ない試行錯誤とその結果も、無自覚なデザイン思考が潜んでいるのではないでしょうか。

関係ないですが、いらすとやさんに麻婆豆腐とひき肉・豆腐の絵があったことに非常に驚きました。まさかあるとは。

まとめ

- デザイン思考とは、だれしも日常的に行っているマインドセット
- 形が先、理由はそのあと。本当にその形が正しいかは、やってみて初めて分かる

突飛な解を出すために突飛な問いの立て方をしてみたり、エッジケースにフォーカスして隠れたニーズがないか探したり、柔軟に泥臭く非線形プロセスをたどることで革新的な解を見出していく、それがデザイン思考の肝なのかなと私は理解しました。
たしかに「誰のためなの?何のためなの?なぜその要件なの?これでいいの?(なんなら要件見直しも含めて)」まで遡ってグルグル考えないとデザインを形にすることはできず、しかもそれでアウトプットされるは出来るだけ精度を上げた仮説です。また結局なにが正解だったのかはユーザーに問わなければ判断できないということも、我々デザイナーは十二分に理解してます。
このダークマターをダイヤモンドに精製する泥臭い作業が、ビジネス開発で行う戦略的デザインのフレームワークとして磨き上げられてるのかと思うと感慨深いものがあります。