放課後問答

 いつもの教室、いつものグループ、いつもの笑い声。そんなありふれた音たちが飛び交う中、ふと何かが通り過ぎたように静寂が訪れることがある。そんな時、ショートヘアーの彼女は目鼻立ちの整った顔を笑顔からスっとどこか遠くを見るような顔に変える。その瞬間時が止まったように感じて、その不思議な雰囲気を纏った彼女を見て、とてもきれいだと、思った。最近はその回数が多い気がする。こういう顔をしている時,彼女は何を考えているんだろう。

 チャイムが鳴る。

 新しくできた雑貨屋に行くといってでみんなは連れ立って教室を出ていった。懐が寂しい私と帰りが逆方向になると言って彼女だけが教室に残った。
 「行かなくてよかったの?」
彼女が声をかける。
 「んー。まあ家の近くだしいつでも行けそうだしいいかなって。そっちこそ行かなくてよかったの?」
 「なにか私に話でもあるのかと思って。」
 「だれが?」
 「あなたが。」
 「私が!?」
 「だって最近私のことじっと見ていることが多いから。なにか話したい事でもあるのかと思って。」
 「あ…。」
 見ているということはこちらも見られているってことか。まあいい。私はなんとはなしに,といった雰囲気を取り繕いつつ聞いてみることにした。何が彼女をそんな顔にさせるのか。
 「あー。私そんな顔してた?」
 「たまにね。最近は多い気がするけど。」
 「多分考え事しているんだよねー。なんだかふと急にいろんなこと思い出したりしちゃって。」
 「それって辛いこととか?」
 「そういうことの時もあるしそうじゃない時もあるかな。」
 「ちなみに今日の議題は?」
 「今日の晩御飯が三日連続のカレーに確定していることかな。」
 「ダウト。絶対はぐらかそうとしているでしょ。」
 「ひどいなあ。」
 へらっとした顔で笑う。
 「人からはほんの些細なことにしか見えなくても当人にとっては大ごとってのはよくある話でしょ?」
 「カレーが?そんなに嫌い?」
 「いや,カレーは冗談だけど。」
 「やっぱりはぐらかそうとしている!」
 「まあまあ。ちょっと言い訳させてよ。」
 彼女は手のひらをこちらに向けて私を制する。こうもはぐらかされると余計気になる。
 「セカイ系のストーリーってあるでしょ?私けっこうアレって的を得ていると思うんだよね。」
 「どの辺が?」
 「世の中の出来事は大なり小なり個人的なエピソードだってこと。」
 私は眉間にしわを寄せる。
 「主人公とかがさ,ほんの些細なきっかけで急成長して世界を救ったりするでしょ?あれって現実でも結構起こっていると思っててさ。」
 「それって大河ドラマとかの見すぎじゃない?」
 「そうかもね。でも,誰にでも些細な心の動きがあるんだしそう考えることもできるんじゃないかな。その些細なことで世界が動いているんだよ。たぶん。」

 チャイムが鳴る。校門を出る人影が増えているのが窓から見える。

 「だからさ,たとえどんなに小さなことでも何につながるかわからないんだからそれで悩むってことは悪いことじゃないんじゃないかな。それが人からは滑稽に見えたとしても。」
 「だからカレーで悩むのも仕方がないと?」
 「そうそう。」
 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべる。
 「ホントに言い訳だったわね…。」
 私は机に突っ伏す。
 「で,実際のところ何を考えていたわけ?絶対に言いたくないって感じじゃないし。」
 「ちょっと恥ずかしいからね。」
 「言えないほど?」
 「いや別に。」
 「じゃあ教えてよ。」
 「えーっとね,ずっとこのままではいられないこと。ろうそくが短くなっていくことを止められないこと。」
 「えーっ。それってどういう…」

 最後のチャイムが鳴る。
 「あ…。」
 「帰ろっか。」
 彼女はそう言って席を立つ。
 私たちは教室を出なければならない。

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