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2013年から始まった、曽我部恵一による自分の持ち札を全て捨て、そして取り返す行為。

去年の暮れ、サニーデイ・サービスはYouTubeの公式チャンネルにある動画が投稿された。映画「GOODBYE KISS」である。それは、2018年に亡くなったバンドのメンバーであり、彼らの一生の中のほんの一握りの盟友である丸山晴茂を追悼の意を込め、同年の暮れに行われたワンマンライブ「サニーデイ・サービスの世界」「サニーデイ・サービスの世界 追加公演 "1994"」の映像をまとめたものである。これは2019年内限定で閲覧可能であったもので、今は非公開になってしまっている。

そして、今年2020年の始まりの日に彼らは昨年のライブ活動休止からの復活を知らせた「雨が降りそう」という曲を発表した。雨が降る手前の湿った空気から溢れたような、素晴らしい歌と映像だった。そして僕は液晶の前で思った。この曲、このアルバムのための期間だったのか、と。

この曲調は2013年以前のサニーデイ・サービス、および曽我部恵一の楽曲においてあまり考えられないような曲調であった。それ以前の曽我部恵一といえば、パンクとロックの精神を前面に押し出したバンド「曽我部恵一BAND」とソロとして時々見せるアコースティックの弾き語りのメッセージの強いものだった。サニーデイ・サービスもその頃、10年余りの冬眠から目覚め、過去の楽曲やそこそこの楽曲を出す(そこそこ良い、っていうことですよ)、なんというか中年バンド感が否めなかった。

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しかし、このロックンロールおじさんのイメージをぶち壊す化け物の様なアルバムが二年連続で彼の手から放たれた。「超越的漫画」と「まぶしい」、である。どちらのアルバムもリード曲だけ聴くと、ロックの人のソロアルバム、という感じもする。しかし、中身を聞いて欲しい。「超越的漫画」は彼がカレーライスを作る風景を淡々と描いた曲、あべさんの家に行く少し不気味な曲、などパンク・ロックの精神でメッセージを絞り出し、「キラキラしたいんだ いつもぼく はいつくばったって かまわない」と叫んでいた男とは思えない、普通の子持ち男性の日常の1ページがすくい出されていた。これまでの楽曲で聞き手と自分とで行っていた「コミュニケーションしようぜ」という感覚を、彼自身「嘘っぽい」、とインタビューで語っていた。

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そして、4ヶ月というスパンで発表されたアルバム「まぶしい」、である。このアルバムは、とても難しい。同じ主題の曲が二つ入っていたり、Aメロで途切れたしまう曲が入っていたり、タブラに合わせて「とんかつ定食を食べたい」という感情だけを歌っていたり、「あぁマリア」という声をループしたり、時々「僕らにはいつだって今しかないんだから」や「ひとりぼっちでは干からびてしまうから」などと大事なことを何気なく歌ってみたりする。実生活におけるサビまでいかない、瞬間的に終わってしまう感覚から、心のどこかに沈んでいる、大事なことまで、全てを彼は吐き出していた。そして、曲調にも転換期がきており、ロックからダンスミュージック、ヒップホップを感じる作品まであった(2010年にPSGをフューチャーする曲を発表していたが、この時は自分自身で韻を踏むような行為もしていた)。そして彼は衝撃的なことをこのアルバムのインタビューで語っていた。「ロックには飽きた」、と。

元々、曽我部恵一は自分のモードが変わりやすい人である。サニーデイ・サービスというバンドの最初期もフリッパーズ・ギターが引用してきた60年代の洋楽から70年代の日本語ロックへとモティーフを変えたし、それを提げたサニーデイの解散から、パンク・ロックを掲げた曽我部恵一BANDへの変革もまた、ファンを驚かした。しかし、ここまでモードは変わってしまうのだろうか。もちろん、この「ロックには飽きた」とはロックンロールという音楽に対する否定ではなく、ロックンロールの精神に対する「飽き」の宣言である。『「これがロックでしょ」とか「この人の生き方はパンクだわ」とか、もうそういうのはいい。普通でいい。』、と彼は語っていた。そして、曽我部恵一BANDを一度やめてみるという意味を示すことも語っていた。それらは、これまでの彼の活動の否定ではない。「自分の可能性っていうのは、いろんなところに、考えもしないところにあるんだなと思って。」と彼が語っていたように、彼の可能性を探る冒険を始めたのである。彼はこの頃、誰かに曲を書いてもらいそれを歌ってみたい、とも言ってた。

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その後のソロ作品やサニーデイ・サービス「Sunny」は、なんというかふわふわした、今にも消え入りそうな感情を溜め込んだような曲たちだった。僕はこういったオーガニックでアコースティックな風味も好きなのだが、この頃に曽我部恵一が先程言った冒険をしていたか、と言われると難しい。それまでもやっていたことをやっているようにも感じるし、日常から溢れだ出たたわいも無いことを歌っている、とも言える。

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そして2016年、サニーデイ・サービスから衝撃的なアルバムが発表される。名前は「DANCE TO YOU」。ジャケットは大滝詠一などのナイアガラを思い出させる、小田島等によるもの。このアルバムについては彼は、「最初はアナログ・テープを回して3人だけで1週間ぐらいでサラーっと録ろうっていうイメージやってたんですけど、ドラマーが途中で体調の問題でリタイアしたりとか、思っていたスタジオの期間で全く何も録れなかったので僕が個人的にパソコンとプロ・トゥールス持って、練習スタジオとか事務所のスタジオとか、自宅で録るっていう事をしてました。ドラマーがいないから自分でマイク立てて叩いて録ったりとか、ベースが必要になったら電話して弾きに来てもらったりとかしました。最終的には、あんまり普段の生活と線引きできないようなレコーディングになっていったって感じですね。最初にあったバンド的なグルーヴの追求とかはなくなりました」「前作まではバンドになりきれてなかった気がしますね。確かに『Sunny』なんかは3人で和気藹々と録音して、ツアーもやって、渋谷公会堂で久々にワンマンもできた。バンドっていいよねって作品ですよね…今回もそういう風にやりたかったんですけど、期せずして、90年代にバンドをやっていた頃にうまくいかなくて行き詰っていた状態に近くなってしまって。“作品作りって、これぐらい大変なんだな”っていうところに戻っていった感じです。そういう意味で、とてもバンド感があると思います」「いい音楽はすべからくダンス・ミュージックだと思いますね。心が躍るっていうのは体が躍るのと全く同じことです。敢えて、ダンス・ミュージックって標榜してやっていくことに意味があると思っているんです」「このアルバムに関して言えば、説得力とか重みを出したくなかったんです。ロックはそれがない方がいい。いつでも新品の方がいいっていう世界で勝負したかったんです。この形になる前は、サイケデリックな組曲とかが入っていて、引き出しの多さを見せつけるみたいな感じで作ってたんですけど、そういう手癖とか身についた技が嫌で全部消しました」と答えている。

自身創設のレーベル「ROSE RECORDS」が活動中止しかけるギリギリまで作った難産なアルバムは、曽我部恵一の手グセ、つまり持ち札を全て消して作り上げたものである。「DANCE TO YOU」の一連のインタビューを読むと、彼の「まぶしい」の時に語っていた可能性を探る冒険を思い出させた。つまり、この冒険は続いていたのである。そして、その一つ目の到達点としてこのアルバムが完成されたのである。

そして、この「手札を全て捨て、自分の可能性を探る行為」は続く。それは同年の「Popcorn Ballads」、翌年の「the CITY」である。前者は日本ではほぼ初めての試みであるストリーミングのみでの音源発表という形で発表され、徐々にマスタリングや曲順の調整が行われ「完全版」としてストリーミングとフィジカルで発売されており、後者はこれまた日本では珍しい、ストリーミングとレコードのみである。また、楽曲数もそれぞれ多く、各アルバムのスパンが短い。

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「Popcorn Ballads」は、戦時下の男女をテーマに、中間の楽曲で区切り「戦中」「戦後」を描くCD二枚分の超大作である。C.O.S.A. & KID FRESINOや泉まくらとの共演から見受けられるように、ヒップホップの感覚を出しつつも、ナイアガラ・サウンドな「花火」、ファンキーな「青い戦車」「クリスマス」「虹の外」、オートチューンやトラップビートなどの近年注目される音楽のギミックをふんだんに盛り込んだ「すべての若き動物たち」「クジラ」「透明でも透明じゃなくても」、あるいはサニーデイ漂うメロディアスな雰囲気、などバラエティあふれるアルバムであった。

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「the CITY」は、「まぶしい」の頃にも見受けられたちょっとしたフィーリングを一曲にするという観点は変わらず、一曲目の「ラブソング2」の「Fuck you」の連呼を象徴するように、前作以上に増えたMARIA、MC松島、MGFなどをかき集めフューチャーしたヒップホップの楽曲群を中心としたアルバムだった。

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そして、彼の「手札を全て捨て、自分の可能性を探る行為」は「2010年代以降の楽曲に影響させるスタイル」を見出した。それらを注ぎ込んだのがソロ名義で「the CITY」と同年の2018年に発表された、「ヘブン」「There is no place like Tokyo today!」である。「ヘブン」は彼が憧れていたヒップホップへの介入、「There is no place like Tokyo today!」は現在の技法を使ったポップミュージックの再確認であった。特に「真珠」は素晴らしい曲である。

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これら「the CITY」「ヘブン」「There is no place like Tokyo today!」を発表した2018年の5月に前述のことが起こった。丸山晴茂の死去である。そして2018年を明けた2019年、サニーデイ・サービスはライブなどの全ての活動を一時休止し、アルバム制作に集中することを発表した。そして年末、彼らは前述の動画を発表し、年が明けた。「雨が降りそう」、という曲である。

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「雨が降りそう」は彼の、彼らの到達点であり、丸山晴茂について「きみがいないことはきみがいることだなぁ」と歌った「桜 super love」を収録した「DANCE TO YOU」の熱く濃いポップを感じ、そして「Popcorn ballads」以降の「近年の楽曲への影響」を感じるサンプリングやビート、あるいは2013年「超越的漫画」と2014年「まぶしい」で一度置いてみた強いメッセージをも感じる。つまり、彼は一度捨てた「手札」をもう一度見返し、今必要な物のみを取り返したのである。

僕は今春に出る予定のサニーデイ・サービスのアルバムを楽しみにしている。それは、曽我部恵一が吟味した手札が全て入っているはずだからである。そして、この作品を超越したとき、彼ら、そして彼はどんな作品を生み出し、生み出し続けるのだろうか。まだ、冒険は続くのだろうか。しかし、一つ保証されいるのは、彼と彼が生み出し続けるものそれらは「キラキラ」したものである、と。

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