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【七転び八起きの六起き目④】

【七転び八起き】マガジン

 ラスベガス大会は不運だった。

 パフォーマンス用の生地の配合を勘違いしていて、いざ本番ってタイミングで使えないってことが分かり、急遽主催者が用意していた生地を借りて挑むことに。
 「大丈夫、勝てば問題ない」
 とか言ってみたけど、まさかこのタイミングでいつもの生地が使えないとは思ってもみなかったトラブルだったのでかなり動揺したよね。
 結果的には惜しくも4位で予選敗退。確かに手放しに素晴らしいとは言えないパフォーマンスではあったけど、やれるだけやったとは思うし、出場者たちにはなぜ敗退なんだと不思議がられるぐらい微妙なジャッジではあった。
 ハッキリと言うけどアメリカでアメリカ人に勝つには相手よりちょっと上手いぐらいじゃダメだ。圧倒するぐらいじゃないと勝てやしない。これはもう文句とかではなく、そういうもんなんだよ、身に染みているからこそアメリカで成功している日本人たちを誇りに思う。
 マスターズ部門でのタクちゃんのパフォーマンスは前年より良かったと思うが、それでもスコアは伸び悩んだ。イタリア大会とアメリカ大会は全く審査基準が違うけど、1ヶ月しか間がないのでフリを全部組んで完璧にしてから臨むタイプのタクちゃんには不利な条件なのかもしれない。
 ただ、この年のアメリカではお互いに何か手応えを感じる瞬間があったから、それほど落ち込みはしなかった。

 そして迎えた4月のイタリア大会。
 この年から料理部門にもエントリーしたからとにかく準備が大変で泣きそうになりながらイタリアに向かったよね。潤沢な資金があれば何日か前にイタリア入りして買出しや仕込みをするんだけど、ギリギリのスケジュールで時間がない中で準備するから着いてからもバタバタで。
 料理部門は日本とイタリアとでは手に入る食材の種類も違うし、環境の整ったキッチンもないし、実際に自分も参加してみて初めて理解したよね、こんなにハードなのかと。
 さらにアクロバット用の生地も2人分用意しないとならないから大忙しだ。

 料理部門は初出場ということで、笑えるぐらい緊張していた。制限時間は25分だったかな、そのくらいあるのにすごい焦るんだよね、いつもなら10分あれば余裕なのに、細かい作業が緊張で雑になってしまう。
 いざってタイミングで帽子を被らないと減点になると知って、慌ててお土産用のITALYってドンと書いてあるキャップを買ってコック服にそれを被って出場した。まるで観光客が突然大会に出てしまったかのような風貌、写真で見るとホント笑える。
 せっかくだからフリースタイル部門もそれを被ってそのままパフォーマンスしたんだけど、もしかしたらそれが良かったのかもしれない。

 フリースタイル部門は前年の最下位という反省からとにかくミスがないように、キャッチミスのドロップが1番怖かったから丁寧に技を繋ごうと考えていたけど……いざ自分の番がスタートするとテンションが上がって大好きな音楽に合わせてもう楽しんじゃって、ラストは前日に思いついた新技、大技を試しにぶちこんでみた。
 あのパフォーマンスは最高に気持ちよかった。あとから動画で確認しても本当にやり切った顔でフィニッシュしていたもんね。まさかのノーミスでのフィニッシュ。
 終わってからの大歓声でもう今回は大満足だったんだけど、スコアボードに点数が表示された瞬間が1番パニック。
 「たぶん、今のところトップスコアです」
 タクちゃんにそう言われてもしばらくは信じられずにただただ肩で息をしていたぐらいに。

 あとから聞いた話、タクちゃんはそのスコアを見て、自分だけ予選落ちしたらヤバいと焦ったらしい……それが本当に嬉しかった、自分のパフォーマンスがタクちゃんにプレッシャーを与えられたってことがね、なんだか嬉しかったんだ。
 そしてその後タクちゃんはとんでもないスコアを叩き出して首位通過、自分はなんと3位で初のファイナル進出を勝ち取った。

 史上初、本場イタリアの大会でファイナルに進出する6人の中に日本人が2人。
 そんなことある?

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