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【七転び八起きの五起き目⑤】

【七転び八起き】マガジン

 売上的なピークを過ぎて、ただ、そこからは観光地としてのピークが始まる。海の日が終わり、その後は夏休みがスタートするから、当然、家族連れの観光客が増えるわけだ。
 夏休み前にピークが終わるってのは夏の観光地としては意外かもしれないけど、やはりそこはラベンダーの状態に左右されることなので仕方ない。パンフレットの表紙に載ってる分にはいつでも先狂ってるラベンダーだけど、実際のピークはとても短いんだ。

 集客数じたいはむしろ増えているかもしれないけど、家族連れが主体になると客単価は下がるから売上は上がりづらい。ソフトクリームとメロンパンはよく売れてる。シェアしやすいというのはピザのメリットでありデメリットでもある。
 それでも恐ろしいほど人がいるからもちろん毎日それなりに売れるんだけどね。

 8月の中富良野の雰囲気が1番好きかもしれない。とみたメロンハウスの広い芝生で子供たちが戯れ、ソフトクリームやカットメロンに長蛇の列。太陽の下でみんなマッタリとカレー食べたりピザ食べたりとうもろこし齧ったり。

 生地を伸ばしてピザを焼く、毎日その繰り返しだったけど、下手くそだったから1枚1枚、毎回焼くのも伸ばすのも楽しかった。
 旭川の飲食店は回転数が少ないから、例えば東京で1年働いて焼く枚数をこなすのに旭川だと5年〜10年かかる。そんなんじゃ差は広がるばかりだ。そう思っていたけど、中富良野のこの場所なら都会の繁盛店にも負けない枚数を焼くことができるから、ここで上手くやれば世界選手権で良い成績を残すことも可能だと思った。
 実際、この短い期間でピザアクロバットも含めて全てのスキルが何段階も上がったと思う。そのくらいやはり数をこなすってのは大事なことだ。

 そして手元には現金。
 8月の終わり頃にカードローンを一括で返済して、滞納していた家のローンも全て支払った。もちろん仕入れの支払いなども払った上でね。もちろんこれは伏線と呼べない程度の前フリなんだけど。

 ちなみに9月の中富良野は嘘みたいに暇になる。秋の北海道は急に寒くなるからお花畑を見る気分にもソフトクリームを食べる気分にもならないだろう、ピザも外で食べるのは辛い。
 ただ、この季節はたくさんの修学旅行生たちが訪れるからそれはそれで楽しかった。ピザアクロバットを披露すると彼らはみんなでお金を出し合ってピザを買ってくれるから、それが何だか嬉しくて。

 そして10月は地獄である。
 一応バスはたまにくるんだけど、寒いから誰も外でピザを食べたいとは思わないしね。朝から雨なんか降ってたら誰も来ないし。それでも1日も売上ゼロってことはなかったけど、それはただの起きやすい質素な奇跡だと思ってる。
 10月に3日間雨だった時は流石に気が滅入りそうになって、さらに借りてきた漫画が彼岸島だったから気分はどんより。
 それでも最終日はびっくりするほどのお客さんが来てくれて、ひとりで大混乱に陥ったのが忘れられない良い思い出。

 五起き目は完璧な復活劇で、もう転ぶことなどないように思えるだろ。それでもまた転ぶのがマヌケなピザ屋の悪いところでもあり、良いところでもあると思うんだ。

 さぁ、転ぼうか。

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